ワタシやったらどうする?「ぼくが生きてる、2つの世界」「画家と泥棒」「AINU PURI」*2024年12月に観た映画
本を読んでいて、ワタシやったらどうするやろ?
って、あんまり考えへん気がする
とにかくその世界に入って行こうとするかナ
けど、映画やと ワタシやったら…と想像したり
「こうするなぁ」と答えがあったりする
なんでやろ?
今月も世界の広さ深さにガーンと殴られるような映画の数々
久しぶりにブータンの映画も観たし
アジアからアメリカ、ヨーロッパ、北欧
あなたなーら、どうする〜♬ の連続
ぼくが生きてる、2つの世界(日)
CALL ME DANCER(米)
Back to Black エイミーのすべて(英・仏・米)
画家と泥棒(ノルウェー)
クラブゼロ(英・独・仏・デンマーク・カタール・オーストリア)
お坊さまと鉄砲(台・仏・米・ブータン )
リトル・ミス・サンシャイン(米)
AINU PURI(日)
かいじゅう(日)
市民捜査官ドッキ(韓)
シェイプ・オブ・ウォーター(米)
花嫁はどこへ?(印)
セカンドステップ 僕らの人生第2章(米)
ぼくが生きてる、2つの世界
コーダ(聞こえない親から生まれた聞こえる子ども)という言葉が
広がったのはあの映画の影響かな
この映画がコーダの話となんとなく知って
あんな感じの映画なんやろうなーと思いつつ観た
全然ちがった・・・
「取り上げないで」
「お前、かわいそうなの?」
「同情はいらない」
ろう者の言葉が刺さる
何もできない訳じゃない、ただ聞こえないだけ
聞こえる人と共に生きてゆく社会で
”関わる事”を彼らは恐れてへんし、むしろ関わろうとしてる
たくさんのろう者が出てはった
そして自分の道を探そうともがく”聞こえる彼”の拠り所はろう者
孤独で無力な自分ができる事は幼い頃からの経験
彼も苦しんだ
父も母も苦しんだ
…でもさ、ソレってろう者とかコーダ、関係なくない?
みーんな誰でも大人になる前(大人になっても)もがくし
親は子どもの反抗期やら進路で胸を痛めるし
そこにそれぞれの家庭の事情が絡むのは、ハンディがあるなし関係なし
ここでも感じたなー
”人と比べることの意味のなさ”
”距離を取ることで視点が広がり見えてくる事がたくさんある”
自分が望まれて生まれてきた
とても愛されてきた
…そういう事がホンマにわかった時にジャンプできるんや
呉美保監督の映画は初めてやった
原作が素晴らしかったんやろうし脚本も良かったんやろけど
あのお家や家族一人ひとりをあんなにリアルに…大注目の監督やな
CALL ME DANCER
帰り道、踊ってみたくて困った
彼みたいに綺麗な指先までの表現をマネしてみたくて…
あんなに柔らかに軽やかに踊れたら、どんな気持ちやろ…
豊かではないものの大学へ行かせてくれた親がいて
彼は並外れた情熱でダンスにのめり込んで行く
できないステップを一晩でモノにして先生のレッスンに出る
チャンスや幸運に恵まれても
好きなダンスを極めてるとしても
それで収入を得なければ誰かの世話になるしかない
彼の焦り=師匠の焦り
プロとして生計を成り立たせる事の困難さを
情熱と練習でじりじりと前進させる彼の意志の強さよ
バレエを始めるのに遅い早いがあって
いくら才能があっても年齢が…と言われるんや、男性でも
(女性は特別な事をしなくても年齢を言われるけどー)
でもレッスンに次ぐレッスンで
鍛え上げられた体の美しい事、そして滑らかな動き
才能があっても容姿に恵まれても掴めない皮肉な現実
何としてでも自分だけなら食べていけるやろ
そやけど両親や妹の結婚まで背負わんとあかん
どう考えるか、やな
たくさんお金を得られるけど本意ではない道
お金を得られる当てはないけど楽しい道
師匠や両親との関係が良くて美しかったナー
Back to Black エイミーのすべて
エイミー・ワインハウス…名前は知らんかったけど
タイトルの歌はいつも聴いてるラジオステーションでよく聴いてたー
なかなかパンチのあるカッコいい声と歌い方のシンガー
歌詞は自分の経験から書くと明言 なかなかに赤裸々
アルコールをガンガン飲みながらのライブ
メジャーデビューをしても自分のスタイルを貫く
堂々とエイミーで生きてる彼女の強さと自信に憧れるくらい
あそこまでのめり込む恋から醒めて
あのタイミングから、また変われたのになぁ・・・
27歳やって…死んだら終わりや
音楽の才能があるから、売れたから、容姿が人より良いから
何かを持っている人をワタシはうらやむけれど
持っているから無敵、しあわせ、満たされる…訳ではないのやな
持っている人にとっては、それが足かせになったり
当たり前すぎて”ありがたさ”もなかったりするんや
あのどん底を生き抜いてくれたら
また一段と人々に伝わる歌を書けて歌えたやろうになー
人より濃ゆい時間を過ごしたとは思うけど
あの経験を持って年を重ねた時に
エイミー自身が満たされるしあわせに出会えたかもしれんのにな・・・
画家と泥棒
最初、ドキュメンタリーやと思ってへんかった
OUTCAST FILM FESTIVALの1本
そやけど、まるで脚本があるかのよう
ベルティが泣いた あの時…確かにお芝居ちゃうなー
106分と長くない映画なんやけど
ちょうどベルディとバルボアの友情が試され始めるあたり
眠気が…(観たいのに)
男女でも、お互いにパートナーがいる大人同士でも
泥棒と被害者でも友情は成立するんや
お互いに”大事な友達だ”と自分の中ではっきりしていれば
男女は兎角、どちらかが恋愛感情を抱いたり
それを恐れて距離を取ったりして、せっかくの友情が壊れがち
←ワタシの印象に過ぎないけど
バルボアの人間性がユニークなのよね
ベルディに「また会えるかしら」とか、アトリエに呼んだりとか
盗まれた絵を探したり(危ないところにも行った)
ベルディとバルボアの心からの熱いハグは
とてもとても美しく、うらやましいくらい
こんな友達が会える距離にいたら、素敵や
クラブゼロ
イニシエーション・スリラーって言うんやって
怖い、確かに怖い
成長期の子どもが、あんな食事でええ訳ない
ノヴァク先生の目的がわからん
教祖みたいなものになりたかった?
彼らをどこに連れて行ったんやろう?
「おかしいのとちゃうか?」と疑う感覚はとても大事
理由が説明できなくても、なんとなくで十分
おかしいと離れて行った生徒は”まとも”やな
何やら宗教的で「ハムーーー」という謎のコーラスは不気味で
学校の校長室や教室、生徒たちの家のデザインやインテリアは
非日常的、モデルハウスみたいな、どこの国かわからん感じ
少食は良い事だと思う
でも、それはもっと大人になってから
彼らが食べるひと口は”食事”ちゃうやん
確かに”ハイ”になるやろう
でも正気じゃなくなるやろうし、普通に歩いたり会話したりも
できなくなると思うけどなー
うむむー ノヴァク先生は一緒に死ぬ人を求めてたんやろうかー
お茶のパッケージが怖かった
ノヴァク先生のどこか人間離れした感じも
あれを”栄養学”と言ってのける感覚も”おかしい”
ラストシーンはなんやろね
えらい長回しやったみたいやけど
お坊さまと鉄砲
以前観たブータン の映画がとても良かった
同じ監督と知って
なんとブータン では選挙がなかったんや!(驚)
2006年に模擬選挙が始まるのやけど
ウラ村の人々には「なぜそんなことをするのか?」状態
なぜならまだテレビがあるお家が少ない、情報が少ない社会で
たまに豚料理が食べられるのが楽しみな人々の暮らし
「欲」がないのよ
選挙があるから考えの違う人同士が対立する
応援に熱が入るあまり隣人に憎しみが生まれる
何と皮肉やろかー
日本の着物に似た服を着て、顔つきもワタシらに近い
アジア圏になるのかな?
ワタシは彼らがうらやましく感じたよ
相手を敬い、礼儀正しく
ラマや仏教思想が生活に根付き
貴重なテレビを村人みんなで楽しむ
素朴で静かな暮らし
ご飯も美味しそうやったなー
冒頭の収穫直前の豊かに実った一面の麦畑と
ラストのピンクの花畑、ソバっぽい(日本では白い花やけど)
何の花かわからんかったけど、あんな場所を歩いてみたいわ〜
リトル・ミス・サンシャイン
真ん中が「マイ」やと、なんかええ話っぽいけど
この「ミス」がキモなのです
2006年の映画で
サーチライト・ピクチャーズ設立30周年記念で話題の過去作を上映中
いろんなところでタイトルを聞いていたので、気になってた
前髪を目の上ギリギリにして口を聞かないお兄ちゃんに引っかかる
諦めの境地って感じ
嫌々、旅に付き合うのやけど変化が大きいの
これが家族…とため息が出るような見事な個性爆発ぶり…
祖父と父の何かを強く否定して自分が正しい!感じ
男性によくあるパターンなんやろか
オリーヴの「負け犬になったらパパは私を嫌いになる」発言は切ない
次から次へと起こるトラブルにだんだん笑えてくる
みんなで押して1人ずつ飛び乗るバスも段々息が合ってくる感じやとか
必死で行ったコンテストも散々やったのに
帰りはなんとなく”いい感じ”の雰囲気になったのは
やっぱり”家族”やからやね
言いたい事を言い合い、ぶつかり合っても
問題は何ひとつ解決していなくても
なんとなく仲直りって言うか
うやむやにまた日常へ…ができるのが”家族”やと思ふな
いい話じゃなくて凸凹、ジグザグだからこそ
そうそう、あるある
なのに後味がよろしく、さわやかな気分
リトル・ミス・サンシャイン
サーチライト・ピクチャーズ30周年企画
AINU PURI
「山女」を撮った福永壮志監督の
アイヌの人や家族、文化を撮ったドキュメンタリー
何やら内臓を料理して食べる家族
美味しいおいしいと大喜びしてる本人・妻・子ども
料理するのは男性・夫・父
その男性が主人公らしいのだが
彼につながる祖先や家族の写真を見ているとやはり北の地だけに
他の民族との交流を感じさせる顔貌
今時の日本人の生活を営みながら
アイヌ民族の伝統や慣習を重んじ、カムイに感謝して生きている姿
鹿を撃ち、カムイに感謝を捧げ、解体し商品として売る
今のワタシらの暮らしは”売られている物を買う”暮らし
彼らは狩猟→食べられるように解体・加工
→仲間や家族と分かち合って食べる暮らし
今の今まで生きていた獣を撃って
(カムイに感謝を捧げ)温かい内臓や血液に触れながら捌き
ありがとう、と食らう喜びよ
我が子にそれを教える父の姿や言葉
必要な分だけ取る事や取った後の慣習など
彼らの暮らしの深さ豊かさ 考え方にワタシらが知らん豊かさを見る
同じぐらいの年代の男性3人
それぞれの暮らしやアイヌの伝統を守り引き継ごうとする姿
川に泳ぐ立派な鮭をマモリで獲る姿
自然のすぐ側に生きる彼らの姿こそ
今、ワタシらが学ぶものがめっちゃある気すんねんけど
北海道の先住民族
彼らが守り大事にしてきた土地や自然、文化や慣習を
ワタシらリスペクトして、奪ったものは返して
彼らに日本の法律を押し付けるのではなく
もっと話し合って彼らを尊重する方向へ持っていかなあかんのんちゃう
かいじゅう
年末のバタバタした時に実に良かった
とても静かで中身のどっしりしたドキュメンタリー
ひらがなで「かいじゅう」というタイトルに引っ掛かった
絵描きさんの話だと知った
西村さんの内側に何があるんやろう
”ちくら”とお天気の事ぐらいしか言葉はない
終始笑って、タバコを吸う彼
絵を描く大胆な手法に目を奪われた
直接絵具を垂らしたり、酒瓶の底を使ったり
赤や黄色の上から黒を垂らし、ほぼ黒にしてしまったり
繊細でお行儀の良い絵より、ワタシは好きやな
20歳前から精神的な病気が出て
本人も家族もずいぶん苦しんだみたい
妹さんの「病気を治すために生きてるんじゃない」という言葉に
当たり前なんやけど、妙に納得した
表現をする人というのは
止むに止まれない気持ちをどうにかしたくて表現をするんやな
西村さんの場合、絵を描かずにいられへんのや
その気持ちがだんだん変化してゆくのやろうけど
(生きてゆくには経済的に自立する必要があるからね)
なんてピュアでシンプルなんやろうと感じた
そうそう、タイトルは
西村さんは絵を描く時に唸りながら描く
無意識のようやった
それを姪っ子さんが「かいじゅう」と名付け
西村さんを「かいじゅう」と呼ぶ
なんて優しくて繊細な”かいじゅう”やろか
こんな風に病気を抱えていても生きている人がいる
何度も自殺未遂をして、今笑って猫を撫でている人がいる
(この猫ちゃんは彼の死にたい気持ちを感じ取る!)
病名は出てこない
病気を持つ画家、ではなく
西村さんは類稀な画家で、病気もあるという描き方が
とても美しかった
不安や焦りがどこにもなく泰然としている彼は
やはり只者ではないと思った
市民捜査官ドッキ
いや〜〜〜やっぱり韓国映画、間違いない
何度も笑って、何度も目を覆って…さわやか!
ドッキの流血など本物の血液に見える
振り込め詐欺のメンバーは闇バイトなのね
(そりゃそうか)
女性同士の友情がよろしくて
目下の事情を仲良しの仕事仲間に言えへん
でも、それは仲間に心配をかけたくない…から
仕事仲間と警察はコメディタッチで
一番ギリギリなのはドッキを騙した彼かドッキか?って感じ
「罪深き少年たち」のソル・ギョングの奥さん役で
強烈な印象のヨム・ヘラン(覚えとこう!)
コメディアンヌであり、勘の良いベテラン俳優✨
「高速道路家族」のあの人がドッキ役 ラ・ミラン
(この人も覚えとかな💦)
こういう若くもなく美しくもないフツーな人を
主人公にする韓国映画やるなぁ(誉めてるし!)
女性たちがたくましく全開バリバリに対して
男性の情けない事よ・・・💧
人を騙すような仕事に就く彼らにも事情があり
弱みを握り暴力で支配する元締の容赦の無さに寒気がする
実際に起こった事件からできた映画とか
ドッキのモデルとなった人は捕まった元締の示談には応じず
人を騙したお金で示談にされるのはどうか
うんうん、そういう真っ当な視点で欲に走らない人には
ささやかでも心温まる幸せがあるのよね
シェイプ・オブ・ウォーター
サーチライト・ピクチャー設立30周年記念企画
まだ記憶に新しいのやけど、かなり忘れていて
今のワタシの驚きたるや…
聞こえるけれど話せない…声帯の障害で話せない主人公
隣人で助け合う高齢のゲイ、職場で何かと世話を焼いてくれる黒人女性
そしてブラジル アマゾンから拉致された彼
主要人物はみんなマイノリティ
社会的には片隅に追いやられてる彼らが活躍するねんナ
この辺りは記憶あり
そやけど…初っ端から主人公が〇〇〇〇〇〇〇〇
それがサラリと描かれる 日常のルーティーンのように
性は当たり前で本能的なものやのに
なぜにこう…抵抗があるのやろ?…ワタシがそうなん?
ギレルモ・デル・トロ監督の世界観は刺激的!
なんとなくノスタルジックでありながら最先端の考え方や発想で
目を覆う残酷さと”ピュアすぎて恥しい”を同じ土俵に載せ
映画館の上に住み、TVで見たステップをすぐ踊れる主人公を据える
ありのまま…という言葉がチラシのように世間に溢れ
その意味の解釈はそれぞれ…なんやけど
ハンディがある人にとっては”ない人”より重いコトバやわ
ふたりの間に言葉があったとしても意味がない
そんな異なる生命同士、どう関係作ります???
ドアの隙間をタオルで埋めて水が防げるはずもない(笑)
水でバスルームを埋めて愛し合うロマンチックなラブストーリー
←いや、知らん人が読んで?となるやろけど
こういう物語が成立する”愛”というモノに
焦がれる人が多いのは当然ちゃー当然でございますよ
最後にサリー・ホーキンス最高★
花嫁はどこへ?
持参金がいくらだとか、何を持ってきたかだとか
結婚を何やと思ってる?
最初から家レベルでの話で「いつの時代?」
以前ケニアに旅した時、女性と牛を交換する文化を知った
牛20頭が最高レベルで、その判断は男性がするとか
そして一夫多妻制…勘弁してくれ💧
恋愛結婚がスタンダードではないらしく
損得感情でお嫁さんを選ぶ???
相変わらず突っ込みどころ満載のインド映画(笑)
ヴェールを被って顔を見せない
夫の名前を声に出してはいけない
謎のルールやしきたりに「はぁ?」と言いたくなる
心細くて泣いてたプールと何やらワケありっぽいジャヤ
それぞれ自分の足と頭で動き出す←ワタシには当たり前なんやけど
女性は何もできない、結婚して夫に養ってもらうしかない
ってのが、どうもインドの女性が受ける教育らしい・・・
「なんで女性は何もできひんって思ってたんやろ…」
みたいなセリフをプールが呟くのよね
自分にできる事がある!と知ることから世界が開けてゆくねん
そして相変わらず善人と悪人がはっきりしているんやけど
ディーパクの村の警察官が賄賂を要求し平気で受け取りながら
ジャヤを解放する手助けをするという「この矛盾だらけこそ人間」
この人(いつも何かを食べていて受け口なのが謎)が
一番美味しいとこ、持っていったやん
プールとやっと再会できたディーパクが彼女の手を離さずに
家族は車で先に帰し、彼女と2人で歩くシーンが「きゃー」
話はシンプルやのにワタシもちょっと泣けた
後半、鼻を啜る音があっちからもこっちからも
「きっとうまくいく」のアミール・カーンがプロデューサーやて
自分の幸せに向かって歩くんやで、と
セカンドステップ 僕らの人生第2章
現題は「Between The Temples」!?
ユダヤ人の先唱者が主人公…のっけから「それ何?」
ユダヤの独特の文化が次々に現れて混乱の渦に巻き込まれる
カーラの声が、ワタシどうも居心地がよろしくなく
ザラザラと凸凹と「なんじゃこりゃ」とお話は進んでゆく
ベンはある事から立ち直れなくてヤケのやんぱち状態
情けなくてブサイクで見てられへんのやけど
家族が懸命に女性を紹介する←余計なお世話〜やめなはれ
まわりの思惑やら再会した人に振り回されているうちに
普段しない経験をして吹っ切れてゆくのやけど…
あれはないわ・・・
なぜそうなる?と心の中で突っ込み
まさかコレで終わらんよね?と思ってたらエンドロール
・・・なぜそうなる?
そう、尽くキモチわるい、ざわざわさせる展開で
落とし所がコレですか?
2024年大晦日にこの終わりはないわ・・・
ってさせるところが狙いなんでしょーか
バット・ミツバの最後に
「あなたの人生の次の幕が上がりました」みたいな言葉
要はそういう事なんやろうけど…
うーん カーラは「これもありか」と
思ったんやろか…なんかそれっぽい気がしてきた
女性側がセックスした男性を「私のもの」と思い込む
←これって割と世間では男性的思考では?
そう、コメディ要素が散りばめられてるかも
ワタシがもし
「リトル・ミス・サンシャイン」のお兄ちゃんやったら
あの後、どうするやろ?どんな道を見つけるやろ?
「かいじゅう」の西村さんみたいに絵が描けたら
どんな絵を描いて、どんな暮らしをするやろ?
「市民捜査官ドッキ」のドッキさんやったら
あの彼を助けよう=元締を捕まえようとしたやろか?
職場の同僚やったら、ドッキさんと一緒に青島に行ったかな?
…想像するとキリがないのやけど、結構遊べます(笑)
お正月、時間があったらやってみて下さい
ワタシらがどんなに恵まれているか幸せか、わかるかも
(知らんけど)
映画の主人公や登場人物を観ていて
この瞬間、どんな選択をしているか?が
きっと自分とは違うことの方が多いやろうな
だからこそおもしろくてエンターティメントになる
楽しんだ先に、自分の選択に意識が向いたら
そこから先が変わってくるんちゃうかと思うねんよ
2024年、大晦日まで映画を観に行き(全て映画館で鑑賞)
136本の映画を観ました
これを血肉にエネルギーにして
2025年も広く世界を見渡し深く思考し
ささやかやけど豊かに暮らしたいナ