2 【生き方】ピンチはチャンスの解釈〜大切な人のピンチをチャンスにできるのは私
タイトルだけ見ると,すごい傲ってるなw
いや,,
ピンチはチャンスって正直しっくりきてなかったんです。
ピンチだけど,これを乗り越えるために試行錯誤して,結果,成長した的な意味でしょ?その成長の過程で得るものがありました的な。
ん〜〜〜ピンチはピンチやし,チャンスと捉えられるかは時間の問題というか,後付けというか,,,
逆境を乗り越えて強くなりました的な感じなんだとしたら
生きてることを辞めない限り,ピンチなんて絶対チャンスだし,それはピンチがチャンスなんじゃなくて,ピンチだった過去を作り替えてるだけというか…
ピンチ自体がチャンスなんじゃなくて,ピンチに直面したあとの行動次第では,その行動がその人を成長させる「チャンス」になりましたっていうことでしょ?厳密に言えば,その行動がチャンスなのではなかろうか。。
チャンスって「機会」だから,ピンチの結果成長したんだとすれば,成長のチャンス(=機会)は行動にあるわけで,ピンチじゃないでしょ。行動のチャンス(=機会)がピンチなんでしょ。
いや,過去を作り替えること自体は素敵なことだと思うよ。
キングコング西野さんの(また登場),近大のスピーチとかめっちゃ感動したし,ほんとその通りだと思うけど(聞いてない人,ほんと聞いて!!)。
ピンチはチャンスって表現するのはなんか違うなって。。
ピンチ=チャンス,じゃないやん。
ピンチのち,行動=チャンスやん。
というひねくれ思考でして。。。
そんな中でお笑い好きの私は休日に見たい番組を決めて,その時間まで死ぬ気で仕事して,お笑いで思いっきり休んで楽しんで,また仕事をするというのがお決まりなんですが…今日は,10人旅を楽しみに仕事をしました。
で,今日,雨上がり決死隊のホトちゃんが,10人旅とその後のさんまさんの向上委員会に出てて…めちゃくちゃ周りに助けられてたわけ。
それを見てて,ああこの人すごく愛される人なんだなって思ったの。
それまでの誠意ある生き方がこういう時に現れるんだなって。
きっとみんなが「ホトちゃんを助けよう」「助けたい」って思ったんだと思う。
ほら,誰かがピンチの時とかって,グラデーションはあるにせよ,
ざまーみろ派
と
助けたる派
に別れるじゃない?
そんな中でテレビだからってのは一旦置いておいて,ホトちゃんを助けたろうって思っている人がいっぱいいるんだなって
素敵だよね
で,ピンチはチャンスってのを思ったわけ。今,ホトちゃんめっちゃチャンスやんって。
たぶん世の中で言われてるピンチはチャンスってのとは違う解釈なんだろうけども…
ピンチの時に人の優しさを再認識できるから,そこで身の回りの人に感謝するチャンスが生まれるんだなって感じた。
BUMP OF CHICKEN大好きなんですけど,その中のsupernovaって歌で,
熱が出たりすると気付くんだ 僕には体があるってこと
鼻が詰まったりすると 解るんだ 今まで呼吸をしていたこと
(BUMP OF CHICKEN supernove 冒頭部分引用)
って歌詞があって,まさにだなと。
もちろんそのチャンスをどう活かすかは自分次第だけど,
そこで生まれた「感謝」のチャンスを,しっかり捕まえて,感謝を伝えて,その気持ちを忘れないでいれば,いずれくるピンチもまたチャンスになるんだろうなって。だって,その人が感謝してくれる人だってわかってたら,周りも助けてあげやすいから(理由はあとで書くけど,助ける側も色々考えちゃうと思うのよ)。
まあ,この解釈も
ピンチのち,周りの助け=チャンスだから,ピンチのち,行動=チャンスと同様,ピンチ=チャンスとは違うんだけども,
私の解釈は,自発的な自分の「行動」が入って無くて,あくまでも自分はピンチの状態のままステイしてたら,周りの助けが訪れて感謝のチャンスが舞い込んでくる的なイメージでいえば,ピンチ=チャンスだなと。
(※大前提として,助けてくれたら感謝の気持ちがわき上がるのが人間だというのがありますけど。。。そこは原則異論ないかと)
しっくりキターーーー
でだ!!
しっくりキタだけで終了させるのはもったいないからもう少し考えてみた。
私自身も最近色々ありまして,意外と友達いたんだなとか,思うことが結構あったから余計に考察を深めることができたのかもしれないけど…
誰かがピンチの時に手を差し伸べるって結構勇気いると思うんだよね。
野次馬だと思われるかなとか,一人になりたいかなとか…
そういう思いで私自身が大切な誰かに手を差し伸べるのためらったこと,少なくなかったの。
でも自分が結構ピンチだったときって,やっぱ手を差し伸べてくれた人には感謝が生まれるのよ。いるよ,中には。こいつ野次馬根性で来たなとかって人も(笑)。
でもね,それでも,その野次馬に対してですら,感謝の気持ちはあるわけ。あ,純粋野次馬とはピンチ時に会わないし,万が一会ってもしゃべらないから,ここでいう野次馬とは,純粋な優しさじゃなくて,野次馬を持ち合わせてます的な人って意味ね。
で,わりと私「ほっておいてほしい」とか「一人が好き」的な側面も持ち合わせてるから,いわゆるさみしがり屋さんとか誰かとつるんでいたい的な発想は少ないタイプなんだけど…
それでもピンチのときは,手を差し伸べてくれる人の優しさがとってもしみたし,感謝が大きかったね。。
私流解釈でいうと,ピンチがチャンスになるのは,周りの助けがあって初めて成り立つことだからさ…大事な人がピンチだったとき,そのピンチをチャンスにしてあげられるのって「私」じゃん!!って思ったのです。
私流「ピンチはチャンス」は,私が手を差し伸べることで完成するのです!
でこっからが,我ながら感動したんだけど,
その人がピンチな出来事をチャンスにできたとき,そこで生まれる感謝っていうプラスの気持ちが原動力になって,何らかの行動を起こして,それが後々振り返ったときに成長できたって思えたら,そこで過去を塗り替えられることができたら…嬉しいなって。
世でいう「ピンチはチャンス」にもなるなって。
すごくない?(笑)
ホトちゃんを見ていて,私も助けてもらえる人になれたらいいな
こういうときに人間性って出るから,ホトちゃんみたいに周りが助けたいって思える人になりたいなって気持ちはもちろんあったよ。直感的にはそっちが先の感情だったかも。
でも,そのためには課題があまりにもありすぎて,どっから手をつけたらいいかわかんないし,そもそも周りに○○してもらえる人になりたいとかってさ,他人の行動を予測しなきゃいけないから不可能だし…どういう時に周りが助けようと思うかとかって無限の可能性がありすぎて無理〜って思って,
10人旅だけ見て,仕事再開しようとしたら,向上委員会でもホトちゃん出てるから,そのまま見てたら,ネプチューンのホリケンがめちゃくちゃホトちゃんを助けようと頑張ってて…
そこで,今回のネタが降りてきました!
自分がどうするかは自分次第だから,比較的すぐ実践できるし,もしかしたら,そういうことの積み重ねでホトちゃんみたいに助けられる人になれるのかもしれないし…
とにかく,大事な人のピンチをチャンスに変えてあげられるのは私という考えを大切にしたいなと思ってメモ☆