のりたま昔話 マホ太郎~第2話~
~3~
タップダイスが夜空の住む村へとたどりついたのは、とうに日の沈んだ戌の刻のことでした。このあたりは娯楽という娯楽もないため、村人たちの中には、すでに灯りを落として寝ているものもある始末です。
「野宿は堪忍だ。さっそく、夜空のもとをたずねるとしよう」
タップダイスがそういって村の中ほどまで進むんだその時、微かな笛の音が彼の耳に届きました。どうやら、音は、さらに村の奥の方から聞こえてくるようです。
「旅のお人か?今日はツガルの人間たちの奇祭の日、ここから先へは行かぬ方がよろしい」
タップダイスが振り返ると、青森山田高校野球部のユニフォームを着た老人が1人立っておりました。
「ご老人、ツガルの奇祭とは?」
「…ツガルの将棋指しに伝わる風習じゃよ。2年に1度、クソガキの血を彼らの御祭神に捧げる忌々しき祭りじゃ…」
「伝承では聞いたことがありますが、すでに廃れたものと…」
老人の目が怪しく光ります。
「…マホ太郎がいる街には近づけなかったと聞いておる。歌のせいだけではない、マホ太郎が御自ら将棋を指し、ツガルの者共を屠ることさえあったという」
これにはタップダイスもたいへん驚きました。マホ太郎の歌が村を守ることは不思議ではありませんが、マホ太郎が将棋を指すということは知らなかったからです。
「ご老人、今奇祭が行われているということは、クソガキが生贄にされようとしているということですね?そして、その者は街から連れ出されたと」
「そうじゃな、確か、キッドとかいう…」
しまったと言わんばかりに顔を歪めたタップダイスは、トマホークを片手に走り出しました。
~4~
タップダイスは、残念ながら間に合いませんでした。
祭壇の中央にはミイラとなったキッドの死体が横たえられ、その周りを大勢の男達が囲みます。どうやら、夜空の姿はないようでした。
タップダイスが村人に気づかれぬよう、そっと桂を跳ね、トマホークを撃ち出すと、途端に祭壇は燃え上がり、村人たちは蜘蛛の子を散らすかのごとく逃げ出しました。
「哀れなキッドよ…マホ太郎さえいれば、お前もこのようなことにはならなかっただろう」
特に悲しくはありませんでしたが、タップダイスがキッドの死体に近づき黙祷を捧げていると、背後から、
「縺ゅ∋縺薙≧繧?」
ツガル人の言葉です。はっとタップダイスが振り返ると、そこには件の人物であるりんご畑の夜空が、先ほどの老人に連れられて立っていました。
「ご老人…なぜ、ここに」
「あぁ、なんと忌まわしきことか…」
老人はキッドの死体に目をやり、しばし沈黙すると、ことの顛末を語りだしました。
奇祭は、本来は迷信めいたものであり、マホ太郎が現れクソガキの血を生贄に捧げることが出来なくなった後も、村人たちは不自由なく暮らしていたこと。しかし、数ヶ月前、謎の八朔が村に現れ畑に呪詛を放つと、そこは柑橘類しか育たない土地となったこと。キルデビルヒロサキの気候では蜜柑は育たず、このままではりんご畑は消滅する寸前であったこと。
「つまり、困り果てていた村人たちは、マホ太郎が消えたことを機会に、再び、意味を持たぬであろう奇祭に手をだしたのですね」
「愚かなことじゃが、わしも止められなんだ…」
ふたたび、沈黙が流れます。
「縺帙s縺悶″縺セ縺ェ縺カ」
夜空が口を開くと、老人の顔色が変わりました。
「それはまことか、夜空」
「縺ェ繧√°縺溘?縺輔@」
夜空の言葉を老人に訳をしてもらうと、その八朔はマホ太郎を攫ったと思われる将棋サークルの一員であり、強い棋力を持つ夜空を勧誘するため自分のもとを訪れていたというのです。
「なるほど、それならば話は早い。奴らを問いただせば、マホ太郎とこの村を一度に救えるかも知れません」
老人も然りとうなずき、タップダイスにいいます。
「わしも同行したいが年には勝てぬ。夜空が着いていくといっておるが、こやつの言葉を解る者となると村にも少ない。…このクソガキを生き返らせるのが話が早いじゃろう」
「出来るのですか!?」
「奇祭で行われる秘術は魂のみを奪うもの。故に、このクソガキはわし達のいう死者とはまた違う。まだ術より時が経っていないゆえ、明日の日暮れまでに魂をもとに戻せば間に合うであろう」
「して、魂を戻す方法は?」
「幾つかあるが、この辺りの術士では、のりたまの一派でないとは言い切れぬ。少々遠いが、美濃の毒電波使いが確実じゃろう」
美濃の毒電波使いは、タップダイスも耳にしたことがある高名な術士です。
「夜明けとともに出立すれば間に合う。今日はわしの家で休むといい」
気づけばもう子の刻。タップダイスは、ミイラキッドに布を被せると、夜空ともども老人の家へと向かい、暖かくして眠りにつきました。
明朝。
「それではご老人、行ってまいります」
「うむ…村のことはわしに任せ、まずはマホ太郎を救うことを考えるのじゃ。じんば、ひぐらし、夜空を頼むぞ」
老人はいつの間に声をかけていたのか、夜空のお供として、じんばとひぐらしという2人の村人を一行に加えていました。2人とも、なかなかの棋力の持ち主のようです。
こうして3人の仲間を得たタップダイスは、一先ずキッドを救うため美濃の毒電波使いのもとを目指すのでした。
つづく
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