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# ぼちぼち、いこか

約2年前に書いたものを見つけた。
わたしはいつから「書く」ことに億劫になったのだろう。わたしは留学中、どこから言葉が湧き出していたんだろう。

留学中は自分に馴染みのない場所で生活をし、毎日新たな刺激を受けるのは当たり前のように思える。けれど、わたしにとっては考え事にもならないような悩み事にうなだれ、頭から全ての髪の毛が抜け落ちてしまいそうな感覚にとらわれる忙しい毎日を、日本で過ごす日常の中で多く感じるような気もするのだ。

わたしは2年前、留学から帰国して半年ほど経った頃、なにを考えていたんだろう。

2020/08/27の記録

留学から帰ってきて、あっという間に復学して半年以上が過ぎた。

去年は毎日が「初めての連続」というか、どこか落ち着いていない日々を送っていた。だからこそ、寝入るまでの時間がだいぶ長かったことが多いなあという記憶がある。

そのときは、日本に帰国して、実家での暮らしに戻ってからというもの、ぐっすり寝れるもんだと思っていた。日本に帰国したら、毎日大きないびきをかきながら、ぐっすり寝る日々が来るだろうなあ、と。

しかし、実際にはなかなか夜の寝つきは良くならない。あくびは何度もしてしまうが、眠りにつくまでソワソワしてしまう。どうしてだろうか。

そういえば、最近卒論の書き始めに向けて、テーマ選定がはじまった。わたしは優柔不断が大いに邪魔して、何を研究したいのかいまいち決め切ることができない。そんな状況は、今の指導教員である師匠のもとで勉強したい!と思った2年ほど前から、ほとんど何も進歩がないような気がしていた。

周りは「難民に関して研究したいです!」「野生動物と人間の関係について興味があります!」などと決まっている学生ばかりで、なんとなくいつも焦りを感じていた。

わたしだけテーマが決まらない。
みんなはもう方向を定めた状態で、わたしはどうしたらいいんだ。

よく考えると、わたしの優柔不断さによって、自分が興味関心があるテーマを一旦ひとつにまとめてみることができず、いつも〇〇に興味があります!と、師匠とお話しされていた周りの人が羨ましくてしょうがなかった。

わたしも、何か1つのことに必死になって頑張ってみたい。

今回卒論テーマ案を考える際に、ふと思った。自分は心の奥のどこかでこんなことを思いながら、自分自身のことについて引け目を感じてきたんだと。

そんなとき、24時間テレビで山中教授が自分の研究人生を振り返られているときがあった。

そこで、山中教授は研究の一貫性の有無の必要性に関して疑問を投げかけていた。

2年後のわたし

わたしはいま「このテーマについて関心がある!」といったような自分の熱中するものがない、と悩んでいる。
呆れるほど、2年前と悩んでいることが大して変わっていないし、そこに対して騙し騙しで生活してきたのだなと悲しくなる。人に対して妬みを感じるヘドロにまみれていることも、面白いほどに変わらない。そんな自分に対して、呆れ、失望し、無気力になっている。

そんなことを日々思い出さないように、傷に触れないように、なんとなく過ごしてきたと思っていたけれど、でも確かに錘を引っ張っているような感覚があるのだ。

今日はめずらしく朝4時に目が覚めた。
ボーっと夜が明けていく空を見ながら、空に中身を吸いとってもらった。ちょっと隙間があいた自分の身体に、今日はなにを詰め込んでみるかな。




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