【才の祭小説企画】サラダ
今日の夜ご飯に、サラダを作ろうと思った。
息子がシステムキッチンの向こう側で寝そべって何かをしているのが見える。少し不安になって「しょうくん何してるのー」と聞いてみたが、返ってきたのは「ないよ」という言葉だった。
2歳になっていっぱいしゃべるようになったが、まだ言葉の使い方が少し不自然なところが可愛い。「内緒」と言いたかったのか、それもとも「なんでもないよ」と言いたかったのか。どちらなんだろう。
今日のサラダに使うのは、トマトにキャベツにきゅうり……。本当は茹でたブロッコリーを入れたいが、息子が食べてくれないので、今は入れない。一度食べたのに口から出してしまうのだ。齧るわけでもなく、ただ唾液がつけられたブロッコリーを思い出す。いつかは食べてくれるんだろうか。
本当は私もミニトマトが好きなのだが、息子の誤飲を防ぐために大きいトマトを使うようにしている。昔は、私がお母さんに「なんでミニトマトじゃないの!」と怒っていたことを思い出す。最近お母さんが買ってくれた包丁が、スッとトマトに切り込む。この包丁なら、綺麗にトマトが切れるのだ。
きゅうりを洗っていると何かを察した息子が、トコトコ近くまで歩いてきた。
「まま、きゅうり食べたい」
息子は河童のごとくきゅうりが大好きだ。きゅうりを調理しているとわかるとすぐ飛んでくる。「ちょっとだけだよ」と言って、薄く斜めに切ったきゅうりを2、3枚あげた。いつもならその場で、食べるのに今日は食べずに大事に手に持って、先ほどまで寝そべっていた場所まで走って行った。
できれば私の見ていないところで食べ物を食べるのは、やめてほしいんだけど……まあきゅうりだしいいか……と諦めた。そういえば、手も洗わせてない。急に声をかけられると、ついつい忘れてしまうのだ。一抹の不安を覚えながらも、今日はいいか、と思ってしまう。母親として、これはだめな考え方かもしれないが、毎回そこまで考える余裕はない。
周りは、私を気遣ってか声をかけてくれる。「一人で大変かもしれないけど、何かあったら言ってね」少なくとも4人の友人から一言一句同じ言葉を投げかけられた。手を止めると思い出してしまいそうになる。私は目の前のサラダを作り終えたいだけなのに。
最後にキャベツをむしっていく。そういえば、昔付き合っていた彼氏に「キャベツを手でちぎったのか? 大きすぎる、食べる人間の気持ちを考えていない」と言われたことがあった。今思い出してもムカつく。
同時に、「え、キャベツって洗うの?!」と言いながら、大きなキャベツをむしる今の夫を思い出す。何年も一人暮らしをしていたはずなのに、そういうところが抜けているのも、どうなんだろう。でも、笑いながら「そっかあ、知らなかった」という彼に、私は安心感を覚えていたのだ。
キャビネットの上に置かれた彼の写真は、とても無邪気に笑っていて、胸が熱くなる。
そんな考え事をしながら、ようやくサラダを作り終えた。切るだけ、洗うだけのサラダ。でも、私も家族もそれが好きなのだ。
そう思っていたところに、息子がまたトコトコとやってきた。
「まま、これあげる」
息子は小さなプラスチックのケースの中に、緑と赤の千切られた折り紙が入ったものを渡してきた。
「これ…もしかしてサラダ?」
息子はコクンと頷いて、私の顔を伺った。よく見ると、キャベツのように大きな緑、先ほど息子にあげたきゅうりのような大きさの緑、トマトのような赤がそこにはあった。最近、クリスマス用にと買ってきた折り紙のあまりで作ったのだろうか。かわいらしくちぎられている野菜たちに、思わず笑みが溢れる。
「上手だね! ママと一緒に食べようか」
すると、息子は首を横に振って「これは、ままの」と言った。そして、赤いトマトを手にとって、「まま、ちっちゃいトマト好き?」とニコニコしながら渡してきた。
もう一生見ることができない、とても見覚えのある笑顔に思わず「えっ」と声を出してしまう。
嬉しい気持ちと、先ほどまで我慢していた気持ちから、なんと言っていいかわからなくなった。
手のひらに乗せられた、歪な小さいトマトがとても温かく感じた。
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恋人たちの甘い話というのはあまり書かないので、少し毛色が違うかもしれません。
企画に応募するときは、自分の作品が書き終わるまで皆さんの作品を読まないようにしているので、これから少しずつ回っていこうと思っております。
素敵な作品に出会えるのを楽しみに、これから拝見させていただきますね!