【SS】じょうねつてきやりとり
うちの息子は、情熱100%だ。
保育園の先生から教えてもらった情報によると、同じクラスのまゆちゃんにタンポポを10本も持っていって「結婚してください」と言ったらしい。
どこでそんな言葉を覚えたのだろうか。まあ4歳児にもなれば、どこかで結婚という言葉を聞いてもおかしくないか。
今でも、私にプレゼントをするんだと言って、百均で買ってきた折り紙をちぎっている。何をくれるかは教えてくれないらしい。
クーラーの効いた部屋の中だが、小さな額から汗が溢れている。そんな姿を眺める休日も悪くはない。洗濯物が終わるまでの数分間、一息つこうと思った。
A4のコピー用紙の上で作業をしていたが、どんどん汗が垂れて水玉になってきた。本人もそれが少し気に入らないのか、汗をどうにか拭おうとしている。ちょっと不機嫌になってるのが面白い。
千切られた紙は、色の統一感もなく、私から見ると何が出来上がるのかはさっぱりだ。子どもにしかわからない世界観もあるのだろう。
ふと、私もコピー用紙とペンを手に取った。元々絵は好きだったが、結婚して子どももでき、絵を描く機会はめっきりなくなってしまった。
私はじっと、息子の顔を観察してみることにする。
少し前まではフグのような……いや、ブルドッグのような下膨れだったのに、気づけばハリのあるハムスターのようなほっぺたになっている。そういえば、データには残してるけど写真で残してはなかったかも。ちゃんと印刷して、アルバムを作ろうかな。
外で遊ぶのが好きだからか、紫外線に当たって少し茶色がかった髪。旦那に似て少し癖っ毛。うなじにちょっととぐろがあるような生え方をしているのも面白い。
目は切長、私にそっくり。もっと可愛いクリクリした目だったら良かったのにね。
いやいや、そんなこと思うもんじゃない。急に目がぱっちりになる子だっているし、息子も韓流系のようなさっぱりイケメンになるかも知れない。可能性は無限大である。
紙をちぎり終わったのか。息子が満足げな顔をしている。すでにコピー用紙は汗でべちゃべちゃになっている。
「新しいのにする?」って聞いたけど「だいじょうぶ」と言われたので、そのままにすることにした。
「ママ、こっちみないで」
急に冷たく返された。
「なんで」
「やだから」
「えー」
もう落ち着いたと思ったイヤイヤ期到来か。少し身構えるが、そこまで酷くはなさそう。
ですが、残念ながら見るなと言われたら見てしまう。それがあなたのママです。
今度はより一層息子を、特に息子の目を見つめてみた。普段から目を見て話すようにはしているが、改めてじっくり見るとなると何だか不思議な気分である。
顔の一部を見つめることに集中すると少し視界がぼやける。だが、ここで目を離すのは少し悔しい。
息子も何かを悟ったのか、じっとこちらを見つめている。
夏の昼下がり、リビングで見つめ合う親子。中々のシュールさに、少し吹きかけた。だが、まだ負けない。
「君の目は、空よりも深い色をしているね」
臭い、臭すぎる。なんで息子に対してそんな言葉が出てきたんだ。自分でも訳がわからなすぎる。
「きっと瞳の奥には素晴らしい世界が広がってるんだね」
そう続けようとした途端、息子が飽きたのか千切った紙に視線を戻してしまった。
まあそうですよね。そもそも視線をずっと合わせるというのも子どもにとってはストレスだったかもしれないと少し反省。
けど、急にあんなセリフが出てくるなんて、もしかして情熱100%なのは私なのかもしれない。
そんな中、旦那から一通の連絡が来た。
「今日、『あなたとは付き合えません』って君に言われてから、ちょうど10年目です。仕返しがしたいので、何か欲しいものを言ってください」
前言撤回、うちの旦那が一番情熱100%なのかもしれない。