【SS】カーテンの世界
うちのリビングのカーテンは、なぜか人を魅了する力があるらしい。
そのカーテンは居間から外に出られる窓にかかっていて、カーテンを開けると小さな庭を見渡すことができた。
親の友人が家に遊びに来た時には必ず「素敵なカーテンですね」と言われるし、保育園に通う弟の友達は、必ずみんな包まりにくる。
そして人だけではなく、家の猫でさえ昼寝をするときはこのカーテンの下に来るのである。
だが、そこまで特別なカーテンだと私は思わない。そもそも何の柄かわからないのだ。葉っぱなのか枝なのか、いや、大理石の柄っぽく見えなくもない。薄いグレーなのも、正直地味。リビングってもっと明るくて、過ごしやすい色にするものじゃないの。
でも、なぜか人はそこに集まる。
かく言う私も、涼しい夏の夜にこのカーテンの下に行くのが好きだった。家族が寝静まったあと、こっそり起きて窓辺に座る。窓を開けると、カーテンが風を受けて少し膨らむ。膨らんだカーテンが風を受け止め、夏の夜の香りと冷たさに包まれる。
ここだけ、別世界みたい。
昔、よくこんな夢を見た。
私は布団で寝ていて、その近くには窓があり、そこにはいつものカーテンがあった。
寝っ転がっている私からは、カーテンと床の隙間から外が見えた。カーテンが風で揺れるたびに、チラリと外が見える。
最初、外から見える景色は家の庭なのだが、徐々に別の世界へと姿を変えていった。
あるときは、明るい森の中。爽やかな風が吹き、白雪姫に出てくるような小人がせっせと働いている。けれど、見えるのは足元だけ。働く小人の靴は、思っているよりも大きいのだな、と思った記憶がある。
あるときは廃れたスラム街、そこでは貧しい子どもが蹲っていた。寂しさとも虚しさともとれる瞳がカーテンの隙間から覗き、心を打たれる。少しすると大人の足が出てくるのだが、その子どもは大人を見ると恐怖の色に染まる。あの子は一体どうなってしまうんだろう。
そしてあるときは、どこまでも広がっているような深い海の中。ピンク、紫、緑、見たこともないような鮮やかな魚が窓の外で優雅に泳いでいる。深い海の中だが、かすかに太陽の光が届いている。私にはその光の温かさに、夢の中なのに息を飲んだ。
こんな夢を見るたびに、私はその世界に足を踏み入れたくて、我慢できずにカーテンを開けてしまう。そこで、いつも目が覚めていた。
最近は、その夢を見ることがなくなってしまった。少し寂しい。
久々にそんな昔のことを思い出し、ふと空に浮かぶ月を眺めた。夢の世界を思い出していると、心が不思議と高揚してくる。
深夜1時、今寝れば、同じ夢を見れるだろうか。
そんな淡い期待を胸に、カーテンの世界から現実の世界に戻るのだった。