とある夫婦の小説「ミルクティーを淹れる」
わたしたちはまた引っ越しをした。
今回は、青い家を夫のリュウセイと一緒に作りました。いつも通り、二人で暮らすには広くも狭くもない、広さを第一優先にするひとからは小言を言われそうなワンルームの家を作ったのです。
リュウセイと私は、妊活をしているのですが、二人して40歳になったいまも妊娠検査薬を使って、妊活を夢見ているふりをしながら、やっぱりわたしは、リュウセイと二人で十分、この、ふたりきりの時間を充実させたいので、子供を望む気持ちが強いのはリュウセイのほうかもしれません。
わたしの名前は、アズミと申します。
夫とは入籍してから5年経ちますが、夫は二回目の結婚でした。夫が、息子と三人で暮らす日々のなかで、わたしは、夫の結婚生活を終わらせるきっかけの人物になりました。夫は、わたしを選び、夫の妻だった人間は、他の男と連れ添うことに決めた。自然な流れで、夫はわたしと再婚しました。
わたしは、作家をしています。家で原稿を書き、そのほかの時間の多くも家で過ごします。夫は、専業主夫をしながら2人の生活リズムを日記にして、畑のじゃがいもを食べて生活しています。
朝、先に早起きするわたしは、コンロでお湯を沸かします。二人分のミルクティーを作り、数分後に起きる夫の分もマグカップに入れて、夫の作った大きめのテーブルに並べます。ベーコンと目玉焼き、玄米と野菜スープを並べ、最後に二人で育てた葡萄を大きな皿に山盛りに置いて今日の朝ごはんは出来上がりです。出来たら、夫を起こします。夫はほんとは目覚めているけど、ごはんが出来たのと同時に起きてきます。
こんな日常が続けばいい。
喧騒と離れたこの家で、ふたりの時間は流れていきます。
きっとわたしたちは、このまま、大きな病気も大きな変化もなく、ただ、引っ越しを繰り返しながら生きていくのです。
妹が子供を授かったと便りが来ました。
わたしたちは携帯電話ではなくパソコンを使っていて、LINEもやっていないので家族からはときどき手紙でお知らせが来るのです。
大切な妹は35歳で、ずっと子供がほしいと思っているのがもろばれだったのでわたしはおめでとう、と手紙を書きました。
わたしも子供がほしいな、と小さな嘘を添えて。
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わたしは昔から、子供が好きではなかった。というか、どう接したらいいのか、戸惑ってしまうし、子供から好かれることもあまりないのです。子供だっていつか大人になる。子供が大人になる頃には、分かりあえる可能性もあるけど、
いや、違いますね。わたしは子供が嫌いとか、そんなことではないのです。夫とふたりで、幸せなのです。作家として本も出し、庭にはいろんな動物がいるし、満たされていて、そう、満たされている。この生活がすべてです。それなら妊活などしなくていいではないか、と思われますよね。わたしは、避妊もしてないので、夫は子供を望んでるのでいつ出来てもおかしくないんです。自然と妊娠したら、生むかもしれない。
今日もわたしは、夫にミルクティーを淹れます。今日はこの街も少し暑くて、でも、エアコンはありませんから、ミルクティーに珍しく氷を入れました。夫は、扇風機を買いに行きました。
そのあともわたしたちはふたりきりでした。
わたしたちは、最後まで、ミルクティーを飲む毎日で、ふたりきりで、おじいちゃんになっても、妊活をして、最後に、妊娠したのですが、わたしたちは、山火事に巻き込まれ、ふたりとも、いなくなりました。
そして、それを発見したのは、夫のおっさんになった息子と、夫のことを愛せなかった元嫁でした。
わたしたちは、最後に住んだ家で、ミルクティーのマグカップに花を淹れてもらって、小さなお墓を作ってもらいました。
だれもいない街で、わたしたちのふたりきりの人生は、終わりを迎えたのでした。
わたしたちの人生を語り継ぐひとも、わたしたちの死にくよくよするひともいないけど、わたしたちは本当に幸せでした。
わたしたちは、本当に、幸せでした。