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【シコイチ】軽率にママチャリで四国一周した話11
再出発
ママチャリの修理が終わり、ぼくらは再び高知に向けて出発しました。風はますます強くなり、時々突風と形容しても良いレベルで吹くこともありました。空は綺麗に晴れていましたが、雲はいつもよりも早く動いていました。
修理したママチャリは快適でした。タイヤが新しくなったことはもちろんですが、店員さんがサドルの高さを調節してくれたのが大きかったように思います。今まではぼくの身長に対して椅子の位置がかなり低かったらしく、足の長さに合わせたサドル高だと、別の自転車に乗っているように錯覚するほど、軽くペダルを回すことができました。
出発してしばらくは、突風が吹いても追い風か横風だったのも幸いし、徳島市内を目指した時よりも楽に距離を稼げたようでした。
途中スーパーで弁当を買って、更に走り続けると、道は徐々に市街地から山中に入っていきました。同時に走行する向きが変わったのか、風も向かい風になってきました。山道ですから当然上り坂になり、向かい風を受けながら走るのは、いつもよりも早く体力を奪っていくのが分かりました。
かなりきつめの峠を越えて、登った距離と同じくらいの坂を下ると、山間の小さな町に着きました。これまで走ってきた県道から国道に合流すると、国道番号を示す看板と並んで「土佐東街道」という表示が見え、やっと高知が近づいてきたのを実感しました。
町を走っていると、急激に空が曇り始めました。近くの公園で昼飯にすると軍曹が言い、また国道を離れて、小さなダムに併設された公園で弁当を食べました。昼食といえばコンビニのおにぎりか菓子パンというのがお約束でしたが、この日は弁当だっただけでなく、軍曹は湯を沸かして、インスタントの味噌汁まで作ってくれました。
雨が降り始める
食べてる最中に、パラパラと雨が降り始めました。まだ小雨でしたが急に暗くなってきた空は、台風が接近していることを伝えていました。食後の休憩もほどほどに、ぼくらは再び出発しました。食事中の説明では、台風を避けるため今日明日は宿に連泊するらしく、既に予約した宿に、風雨が強くなる前に出来るだけ早く到着するとのことでした。
国道に戻り、緩い坂を上り続けます。車道と隔離された歩道というか自転車道は、あったりなかったりするレベルで、交通量は多くないのですが、追い越していく車は皆スピードを出していて、初日と同じくらい危険な道でした。地図上では恐らく海沿いの筈なのですが、ひたすら山の中を走り続ける印象でした。
一時間ほど走り続けると平坦な道になり、次の町へ到着しました。比較的大きな町で、有名な寺があるらしく、どうやら観光地のようでした。急激に雨が強くなってきたので、カッパを着るためにコンビニの軒下に入りました。カッパを着ようとすると、軍曹が千円札を三枚出し、これで菓子やパン、水、カップ麺などを買ってこいと言いました。
訝るぼくらに、宿で食事は出るが、念のため食料を用意しておくと軍曹は説明しました。脳味噌まで筋肉になってるオッサンにしては、まともな思考で驚きました。
買い物を終えて店外に出ると、朝の快晴が嘘のような土砂降りになっていました。ぼくらはビニールのカッパを着ました。カッパは恐らく使い捨ての物なので、既にボタンが一つ取れていました。
風は若干収まったものの、今度は驚くような雨でした。まだ15時過ぎの筈なのに周囲は薄暗く、視界は最悪の状態でした。さすがの脳筋軍曹も危険だと判断したのか、出発前にあまりスピードを出すなとぼくらに命じました。
あわや大惨事
JRの線路を横目に見ながら、また山の中に入りました。雨は強くなるばかりで、いつもなら排気ガスでうんざりするトンネル内が、安全に思えるほどでした。風雨の中を一時間半ほど走ると、また小さな町に入りました。漁港のある町で、ここから道は海沿いになりました。
進行方向左に見える太平洋は、既にかなりの波の高さでした。台風が接近するのは明日の午後とのことですが、24時間前でこの調子なら、本番はどうなるんだと思うほどの荒れ具合です。台風が近づく太平洋を見るのは生まれて初めてだったので、少し怖さを感じました。
いつもは数メートルから十数メートル間隔で走るぼくたちですが、軍曹の指示で固まって走行していました。海水浴場の看板が見えた時、先頭を走る軍曹が振り返って、この先のトンネルを抜けたら今日の宿だと怒鳴りました。声のでかい軍曹ですが、最後尾を走っているぼくには、上手く聞き取れないほどの風雨でした。
軍曹が怒鳴った直後、大型のトラックがぼくらを追い越していきました。品のないトラックは、追い越しざまにぼくらに大量の水をはねかけました。
その瞬間、まともに水をかぶったマツダくんが転倒、車間を詰めていたのが災いし、その後ろを走っていたムカイくんも絡まるように落車しました。
一瞬のことなのに、スローモーションを見ているような動作で、二人は地面にたたきつけられました。
三番目、四番目に走っていた二人が倒れたことで、ぼくもぶつかりそうになりましたが、ギリギリ避けることができました。自転車を止めて駆け寄ると、二人とも相当痛いのか、身体を丸めて呻いていました。前を走っていた三人も転倒に気づいて戻って来ます。ムカイくんは腕を擦り剥いたようで、破れたカッパから派手に血が滲んでいるのが見えました。幸い二人とも頭は打っていないようでした。
ただ転倒したことで、一気に意気消沈した二人は、水たまりが出来た路上に座り込んだまま、立ち上がろうとはしませんでした。軍曹は二人が擦り傷と打ち身だけで、骨折などをしていないのを確認していました。柔道部の体育教師も、こういう時は役に立つんだなと思いました。
トラックのナンバーは見たかと軍曹が訊きますが、雨が酷くて誰も見てはいませんでした。軍曹は「あと少しだから頑張れ」と、いつになく優しい声を二人に掛けました。座り込んでいた二人はよろよろと立ち上がり、再び自転車に跨がりました。自転車も壊れてはいないようでした。
軍曹の言葉通り、トンネルを抜けると宿がありました。国道沿いの小さな民宿でした。目の前は砂浜のある荒々しい太平洋です。どうやら海水浴場のようでした。高波はまだしも、津波が来たら一発でアウトだなと思えるような立地でした。
宿の亭主は自転車、それもママチャリでやって来たずぶ濡れのぼくらに驚いたようでしたが、台風で自転車が飛ばされるかもと、自転車を屋内に入れてくれました。
玄関でカッパを脱ぎながら、振り返って海を見ると、波は道路近くまで迫っていました。