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【シコイチ】軽率にママチャリで四国一周した話5

列車が走り出し、ぼくらは座席に座りました。座り込んだと表現する方が近いような脱力具合でした。窓に雨粒がつき始めたのを見て、ああ降り出したんだと思いました。

どうして軍曹は駅に来たんやろ?

ぼくも思っていた疑問をシモカワくんは口にしました。おそらくマツダくんが軍曹に逃げたと知らせたんだろうと、ぼくらは結論づけました。それにしては10分ほどのタイムラグで軍曹が駅に現れたのは、少しおかしいとも思いましたが、考えても仕方ないと、ぼくらはそれ以上詮索するのをやめました。

通りかかった車掌さんに高知まで行く方法を尋ねると、この列車で終点まで行き、そこから特急に乗り換え、途中の多度津で再度高知行きの特急に乗り換えると教えて貰えました。車内で切符が買えると言われて、高知までの乗車券と特急券を買いました。車掌さんがくれたのは、初めて見るレシートみたいな切符でした。

とにかくこれで自宅に帰れるんだと思うと、全身の力が抜けていくようでした。

しかし同時に別の心配も生まれてきました。ぼくらは担任を振り切って逃げてきたのです。二学期が始まったら問題にされるのは必至でした。常識が通じず、体育会系の癖に陰湿な軍曹に、どんな報復をさせるかと思うと、心底憂鬱でした。

ぼくが不安を言葉にすると「まぁ考えたって仕方ないし、俺はあいつをクビにしてやろうと思ってる」とシモカワくんは言いました。拉致同然で連れてこられ、野宿を強制させられたのは事実で、俺らは命の危険を感じたから逃げただけで、責められるとしたら軍曹の方や!と彼は言います。確かにシモカワくんの言うことは正論でした。ただクビにできるかどうかは疑問でした。

ぼくらは黙ったまま、雨が激しくなっていく車窓を眺めていました。列車は一時間ほどで終点に到着しました。乗るべき次の列車までまだ少し時間があるようで、改札の外に出ました。コンビニでおにぎりやお菓子を買って、待合室で食べて時間を潰しました。駅員さんに尋ねると、16時前には高知に到着できるようでした。

やがて列車の到着時刻が近づき、ぼくらはホームに入りました。自由席の前に立ちます。ここから列車に乗る人も結構いるようで、座れるか不安になりました。アナウンスが流れて、松山からの特急列車が到着しました。

ドアが開いた瞬間の驚きと絶望を、今でも鮮明に覚えています。

列車内のドア、ぼくらの眼前に、軍曹が立っていたのです!

軍曹は両手でぼくらの襟首を掴むと、他の乗客から離れた場所まで乱暴に引きずっていきます。離せや!と怒鳴るシモカワくんの顔面を、軍曹は思いきり殴りました。シモカワくんは屋根がなくなった雨で濡れたホームに転がっていきます。その彼の胸ぐらを掴むと、今度は何度も顔面を平手打ちしました。

ぼくは呆然と立ち尽くすだけです。他の乗降客は、見て見ぬふりで改札に向かいます。愕いたのは、あれほど威勢の良かったシモカワくんが、泣きながら「ごめんなさい!」と何度も叫んだことでした。

泣きだしたシモカワくんを放置すると、軍曹は踵を返してぼくに向かって来ました。そして無言でぼくの頬を殴りました。絶対に倒れない!となぜか強く思ったぼくは、必死で踏ん張りました。睨みつけるぼくを、軍曹はまた殴りました。

その後、ホームのベンチに座る軍曹の前に、ぼくらは正座させられました。暴力行為を見てさすがに駅員がやって来たのですが、軍曹は自分は教師だと言い放ち、追い返しました。

どっちが逃げようと言い出した?金はどうした?と軍曹は詰問します。まだ泣いているシモカワくんが「ワタナベくんに誘われました。お金はワタナベくんが出しました」と、すべてぼくに責任転嫁します。まぁ確かに誘ったのも資金調達もぼくなので、何も嘘はついていないのですが、急速にシモカワくんに対する信頼とか友情めいたものが消えていくのを感じました。

ともかく無事で良かったと、軍曹は呟きました。顔が腫れるほど殴られてるシモカワくんを見て、これ無事なのか?と思いましたが、もちろん黙っていました。

ぼくらは問答無用で、松山行きの特急に乗せられました。

松山に戻った時には、もう午後になっていました。雑居ビルに乗り捨てたママチャリはそのままで、前カゴの荷物も盗られることなくありました。残りの三人を待たせてあるという、お城に近い図書館に向かい、そこで謝罪をさせられました。三人ともボコボコになってるぼくらを見て、愕いていました。

あとで分かったことですが、ぼくらはマツダくんが告げ口をしたと思っていたものの、実際は横断歩道をあらぬ方向に渡るのを、軍曹に見られていたのです。それならすぐに駅でぼくらに追いついたのも理解できました。

ぼくらは安っぽいカッパを着込んで、ママチャリに跨がりました。また逃げ出されたらたまらないと思ったのか、軍曹にお前が先頭を走れと言われました。

先頭って道も知らされてないんですけど?口答えするだけ無駄だと思い、ぼくは思いペダルをこぎ始めます。こぎながら、次は一人で逃げると決意しました。

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