私、ヲタク先生【5】
「あれ? お味噌汁の味がしない」
それは唐突だった。いや、以前から少しずつ思っていたんだけれど、ふとそう考えるようになった。味がしないのだ。今だって、たまにご飯の味が分からなくなって、濃い味付けのものを食べてしまうことがある。
そう、味がしない。感覚の鈍化、ってやつだね。鈍化ならまだいいんだけれど、次に起こったのが聴覚過敏。過敏、って言ったら言い過ぎだけれど、「耳に何か刺さってくる」っていう感じかな。特に高い音、大きな音、突然なる音、この3つがだめかな。
小さい頃からダメだったんだけれど、講師をしている時に急に気になりだしたってところかな。
もしかしたら、と思って心療内科に駆け込んだらお医者さんから
「ひどくなる前に来てよかったね」
と。
酷くなる前? これがまだ序の口? 訳が分からなかった。
ニュースで心を壊す先生が続出しているという話は聞いたことがある。でも、その割合はほんの数パーセントっていう感じ。私には関係ないや、って思ってた。だって、心を壊すなんて、よっぽどのことがない限りないでしょう。そんなにひどい場所ってそんなにないよね。って思ってた。
たかが授業が成り立たないくらいで心が壊れるなんてないよね、と思っていた。でもちがった。
今でも不思議に思う。なんで、壊れちゃったのかな。と。
だって、先生になるのが夢だったんだもの。小さい頃から温めて温めて、大切に大切に守ってきた夢だもの。
まるで小さなころの私がその夢を床に叩きつけて、
「ほら、拾いなさい」
と言わんばかりだ。
必死に拾い集めても、もう元には戻らない。砕け散ったガラスの破片で指を切ってしまった。赤い血が一筋、透明なガラスに線を引く。
「これがわたしのゆめ?」
「そうよ」
と小さい私が言う。温めてきたんでしょう、守ってきたかったんでしょう、と笑っている。
夢だものね、夢は綺麗で素晴らしいものだものね。これを拾い集めないと。
そう思えば思うほどに、ガラスで指を切っていく。私の指はきっと血で赤く染まっているんだろう。