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【短編小説】通り雨 第一話


「ぼくね、はれた空を見たことがないんだぁ」


 その男の子はそう言った。

まだ降り始めたばかりの雨に、黄色い雨合羽と青い長靴、緑のカエルの顔が描かれた傘の重装備のその子はまるで雨が降ることが分かっていたようだ。

僕は二週間先の中間テストのことを考えながら突如降り出した雨にいつも持ち歩いている折り畳み傘で対処していた
下校途中。

午前中は雨が降る気配のない、宇宙へと窓が開かれているように感じるくらいの青空だったからきっと誰も雨が降ることなんて分からなかっただろう。
ふと目の前に意識を戻す。
目の前の子は九つか十くらいの見た目で雨粒の滴る雨具とは裏腹に太陽のようににっこりと笑って見せた。
この言葉の少し前、信号待ちをしているときのことだ。

「ねえねえ、おにいさん。おにいさんははれを見たことがある?」

 そう、男の子が聞いてきた。
知らない子だったから普段なら自分に話しかけているとは思わないだろう。でもここは人通りの少ない横断歩道でほかに信号が変わるのを待っている人はいなかった。車が水を散らして走る。歩行者の気も知らないでとイライラしながら目の前のおかしな子にこう答えた。

「もちろん、あるけど……」

 まるでそこに男の子がいないようにそう答える。
僕はほかのことを考えるので忙しかった。

そしてあの言葉だ。

僕はようやくその男の子が気になって意識を向けた。


「はれた空見てみたいなぁ……」


ぽつりとつぶやくその少年の言葉は雨にかき消されてしまいそうだった。すねるようにつぶやかれた声に信号の色が変わってゆくのも忘れてしまう。

「今朝だって晴れていたよ?」

「そおなの?はああ、つぎはれたときはいちばん高いところでおひさまにあたりたいな」


「本当に見たことがないの?」

「うんっ」

 そんなことありえないというように男の子を見る。
その子は傘をくるくる回しながらあこがれるように空を見た。

「あのくもの向こうにいるんだよね。おひさま……」


 いつもならきっとこんなことは言わないけれどなんだか非日常なこの男の子に誘われるように、春の雨に惑わされるようにこう言っていた。


「一番空に近いところに連れて行ってあげるよ」

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真昼ノ星
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