【短編小説】通り雨 第四話
「ありがとうね」
お婆さんはそういって嬉しそうに微笑む。そして何かを思いついたように手を打ち合わせこういった。
「もしよければ家に和菓子があるのだけれど……お礼にご馳走させてくれないかしら?」
僕は男の子を仰ぎ見る。男の子は嬉しそうに顔をほころばせる。
「おかし!おいしそう」
男の子はでも……とこう続ける。
「ぼく、おひさまを見に行くんだ。だから、おかしはおばあちゃんが食べて!」
隣で楽し気に跳ねるように歩いている男の子を見やる。
僕にはああなれない。
僕はいつだって自分のことばかり。
きっと君のように優しくは生きられないのだ。そんな自分が今でもそしてこれからも嫌いなんだろう。
それでも、君がこの世界にいてくれてよかった。
不甲斐ない僕の代わりにきっと誰かを救ってくれるのだろう。
そんな僕に今できることはただ一つ。
君をあの高台へと連れて行ってあげることだけだ。
少し弱まった雨。
もう少しだ。
僕は君の喜ぶ姿を想像して微笑む。
さらさらと流れるような雫が祝福するように煌めいていた。
「この坂道を登り切ったら」
僕がこう切り出すと男の子はぱあっと笑った。
「おひさまだ!」
そう言って、男の子はアスファルトの地面を蹴り駆け出して行く。
男の子の足元の水たまりが割れたガラスのように波打つ。はじかれた水滴が美しく瞬いた。
確かに、陽の光を浴びて。僕は傘をたたみ坂道を見た。
もう男の子の影はなく僕は追いかけていった。
着いてしまったんだと気づいて涙があふれそうになった。
もう、男の子と一緒にいる理由なんてない。
雨の後の爽やかな春風が終わりを誘うように吹いてくる。
僕は駆け出した。
春の香りをいっぱいに受けて、君のいる坂の上へ。
「おーい、」
たどり着いた先に町があった。
見慣れた町並みが、春の雨に洗われ、透明に輝いている。
雲の切れ間から男の子が望んだ太陽が顔を出し雲は光を受けて金色に輝いている。
こんなに素晴らしいものだっただろうか、ここからの景色は。
それでも、
僕が一番に見たかったものはそこになかった。
「おーい……」
僕はさきに上っていたはずの男の子を探してそう叫んだ。でも、その男の子の名前すら知らなくてなんて探せばいいのか分からなかった。
君は消えてしまった。
まるで春の雨のように。