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【短編小説】薔薇と少年 前編『僕はある日薔薇を見つけた』

 僕はある日薔薇を見つけた。


 薔薇はとても美しくて、優しくて、
僕は毎日そこへ通ったんだ。

広く青い空の日も、少し陰る曇りの日も、大きな雨粒が僕を叩くいぢわるな日も……。


 そうして毎日、毎日話しかけたんだ。


「君はいつだって美しいね」


「みて、水たまりに君の姿が反射しているよ。とってもすてきだなぁ」


「君はどんな色が好きなの? やっぱり君みたいに美しい赤色なのかな? それとも、空みたいな爽やかな青だっていいね」


 それはいつだって僕の一人語りだった。
それでも良かったんだ。だって、僕には君が聞いてくれていることが分かっていたし、話すだけだったとしても、とってもすてきな時間だったからさ。


 でもあの日、

「私は、紫色が好きよ。貴方の瞳みたいなね」


と君が話したとき、僕はこのまま雨粒になって消えてしまったとしても構わないと思ってしまうほど嬉しかったんだ。

 僕はそっとたずねた。

「ずっと、僕の話を聞いてくれていたの?」

 薔薇はまるで微笑みかけるようにほんの少し横に揺れて

「ええ、ずっと聞こえていたわ」

と言った。

 僕はやっぱりそうだったんだと嬉しくなった。

 それから僕たちは素晴らしい夏の日を過ごした。


 僕はある日こう言った。

「君と、赤焼けの湖に行けたならとっても幸せだろうな」

 誰かが言ってたんだ。そこで結婚式を挙げると幸せになれるんだってさ。僕はどきどきして次の言葉を待った。

「そんなこと無理よ」

 薔薇は小ばかにするように笑った。僕は恥ずかしくなって、

「分かってるさ」

と言った。

 でも、それからしばらく経って君はふと言ったんだ。

「一緒に、行きましょう?赤焼けの湖へ」


 僕は手折った。

君がそうするように言ったから。
大丈夫だと薔薇は笑った。
僕の手はとげで痛んだ。
でも僕は、もっと、痛かったんだ。
ううん、それでも絶対に泣きはしない。

 そう決めていたんだ。


 ほんの少し暑さの和らいだ空が少し寂しく思えた昼下がり。
僕はわざと明るく話しながら湖へ向かった。

初めて出会った時のこと。君が僕に声を聴かせてくれた日のこと、一緒に過ごした秘密の夏の日……。

 そのどれもが美しかった。


 夕暮れ時。

 夏の熱くみなぎる太陽が力なく沈んでいくその瞬間。僕たちは湖についた。


「見て、湖が夕の光を受けて、真っ赤に輝いているんだ」

 僕はそう微笑みかけた。君は、初めて声を聴かせてくれた時みたいにふわりと揺れた。

「本当ね」

思いがこみ上げた。

「ねえ、どうして? こんな……こんな……!」

「笑ってちょうだい? もう、最期よ」

「ーー!」


薔薇は最期にほんの少し笑って……良かったとそう言ったような気がした。

 夕暮れの赤がほのかに余韻を残した空は紫色に光っていた。
 薔薇はぎゅっと握ると、からからと音を立てて消えていった。まるで、夕暮れの赤と一緒に去ってしまったようだった。


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真昼ノ星
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