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ジェミニ #1

 僕ら双子は生まれたときから二人でひとつだった。
 それは言葉通りの意味で、ひとりの人間ができることを僕らは二人で分け合った。僕は体を動かすことができるが、触覚は姉さんの方にある。目玉を動かすことができるが、視覚も姉さんの方にある。耳と聴覚、鼻と嗅覚も同じような関係で、つまり僕に入力された感覚は姉さんの方に出力される。
 二人の間にどんなに距離があろうと、それはテレパシーのように瞬時に情報が伝達される。
 僕は僕自身が体験した感覚の情報フィーリングを、姉さんのフィルターを通して初めて知ることができる。例えば僕が熱いものに触れた場合、姉さんが『兄さん熱い』と教えてくれる。お互いの意思もテレパシーのように瞬時に共有され、僕は熱いものから手を離すという回避行動をとる。そして、僕は火傷を負わずに済むし姉さんも苦しまずに済む。
 ちなみに僕らはお互いを姉さん、兄さんと呼ぶ。どちらが先に空気に触れたかなど知らないし、命が宿った瞬間は一緒のはずだ。
 とにかく、このひとりの人間がもつはずのセンサーとアクチュエーターの機能を、僕らはそれぞれが別々にもつこととなった。
 それは〝不便〟のひとことでは済ませられない。人間の尊厳に関わる問題だ。
 僕らは当然それぞれが食物を摂取しなければいけないし、排泄だってする。
 僕らはなるべく一緒に行動し、同じものを食べる。僕に味覚はないが、姉さんが味を教えてくれる。姉さんは体を動かすことができないから、僕が食べさせてあげる。お風呂に入れてあげる。湯船に一緒に浸かる。湯加減がちょうどいいと姉さんが教えてくれる。僕らは、ときどきお互いを別々の人間であるということを忘れないと上手に生きられない。
 思春期を迎えた頃、姉さんに自慰行為を教えてもらった。僕はなんだかいけないことをしているような気分だったが、それは健全な行為らしい。下着を脱いで自分の股間をまさぐる姿は、想像するだけでバカなことをしていると感じて情けなく思った。それに、僕自身はまったく気持ちがよくない。そのとき姉さんは攻撃的になり、まるで別人のように僕に命令をする。下手くそとののしり、絶頂に至れないことを嘆いた。
 異性とのセックスを覚えたとき、それは僕らによくマッチした。男をイカせることを、女は男自身よりもよく知っている。僕の手よりもよっぽど気持ちがいいらしい。僕の代わりに姉さんが喘ぐ。僕はお返しに相手を愛撫する。それは僕の手であり、姉さんの舌でもある。熱はグルグルと循環の輪を巡り、僕らを熱く火照ほてらせた。
 僕らは堕落した。人ひとりに足りない部分を快楽で埋めて一人前になったつもりでいたが、僕らはなにも手に入れていなかった。なぜなら、誇れるものがなにもなかった。ただれた生活に溺れていただけだ。
 そんな僕らを迎え入れてくれたのは、フリークスであり、ヘッドだった。
 フリークスは普通じゃない人たちの集まりだった。普通というのは多数派の人たちで、世の中というのは彼ら彼女らの世界のことをいう。僕らマイノリティは、彼らに遠慮して生きなければいけない。
『どうして遠慮する必要がある』
『だって、怒られるもの』
 これは、ヘッドと姉さんの会話だ。僕の口と耳を介して言葉は交わされるが、僕はただのアクチュエーターで傍観者だ。ヘッドの姿や声は、姉さんが認識している。
『いいか。普段ヤツらが黙っているのは、その世界がヤツらにとって都合がいいからだ。俺たちはマイノリティだ。ただし、少々うるさいぞ』
 フリークスにはいろいろな人がいる。ヘッドは生きづらさを抱えた人たちの星だった。彼の噂を聞きつけ、僕らのような人間が集まってくる。
 あるとき姉さんが言った。『なんで、あんなやつがいるのよ』カメレオンのことだ。顔を自由に変えることができるフリークスだ。
 カメレオンは普通に働き、普通の家庭を持っている。彼が力を振るうのは、単なるフェティシズムによるものだ。生きるのに必要なものじゃない。
 では、僕らと彼はどう違う。

 フリークスに迎えられた僕らは、前にも増して自由に振る舞うようになった。ヘッドに陶酔した姉さんは、自分の行為に大義を見出すようになった。しかし、その過程で僕らの間には微妙なズレが生じ始めていた。
 僕らはセックスをしたあとに相手を生かすか殺すかを決める。一応、僕と姉さんの話し合いにより決めることにしているが、ほぼ姉さんの意見だ。僕は、大抵『そうだね』と同調するだけ。
 さあ、この女はどうする?
 腰砕けになった女が挑発的な目で僕を見ている。息が荒い。まだ、そんな目ができるのか。
 執拗に責め立てた結果、触れるだけで酒くさい体液を漏らすようになった。ベッドのシーツがびしょびしょに濡れて不快だと姉さんが訴えた。仕方なくシーツを剥ぐと、マットレスは、どこぞの誰かの乾いた血が赤黒いまだら模様を描いていた。
 体を重ねるたびに僕は思う。その行為は一体どれほど気持ちがいいのだろうと。
『ねえ……。あなた上手ね。続きがしたいわ。ねえ、もう終わりなの』
 どうして、そんな目ができる。
『気味の悪い女。兄さん、殺してしまいましょうよ』姉さんが脳内で囁く。
『ああ』
 僕は女に抱きついて、背中に手を回した。ゆっくり力を入れていく。
 ブスリ。
 なにかが僕の太ももに刺さった。熱い。熱いなにかが僕の中に入っていく。
『あなた。もうひとりいるわね。聴こえているかしら? あなたよ、あなた。ねえ、どこにいるの?』女は僕の耳に熱い息を吐いた。
『お前は? なにをした?』姉さんが僕を介して女に問いかける。
『〝さす〟のは男だけのものじゃないのよ。あたしは蜂』
 景色が反転していく。
 ヘッドハンターだ。
 姉さん。

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