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エキストラ

 ――Welcome, カメレオン

 これか。この感覚。たしかにわかる。
 僕の中で招待状が開封されたってことだ。それを保有していれば、望む望まないに関わらず、パーティ会場に招待される。
 ヘッド、あなたの言ったとおりだ。
 あのとき、学苑の屋上で、焦らして焦らして、僕はもうイク寸前だった。
「まだまだ足りないだろ。そっちに行くのは、最後だっていいはずだ。さあ、こっちにこいよ」
 そう言って、あなたは僕に手を伸ばした。その手を掴んで本当によかった。
 先日のハロウィンは、妻と娘と一緒に出かけた。街のイルミネーションを見て、それから食事をして帰った。娘を真ん中にして、手を繋いで歩いた。誰も、僕がフリークスだなんてわからない。この柔らかい手を、引っ掻いたら破れてしまいそうな肌を、大事に大事に守ってきた。あのとき、身投げしていたら得られないものをたくさん手に入れた。
 僕の水瓶には少しずつ少しずつ、水滴が溜まっていった。出世してチョロチョロ。結婚してチョロチョロチョロ。娘が生まれてチョロチョロチョロチョロ。暴力や露出行為で目減りさせ決壊を防いできたが、僕の水瓶は限界だ。ダラリと溢れさせてトコロテンなんて味気ない。ぶっ叩いて、壊して、中身を全部ぶちまけたら気持ちがいいはずだ。ずっと、それを、その瞬間を待ち望んできた。だから、馬鹿馬鹿しいと思いながらも、善良な夫、父親のふりをして暮らしてきた。
 先日、ヘッドの夢をみた。おそらく、すべてのフリークスがみた夢だ。僕が待ち望んでいたパーティが始まるらしい。マイノリティのスーパースター。あなたがつくる作品に、エキストラとして出演させてほしい。いつでも水瓶を叩き割る準備はできている。……それなのに。それなのに、なんだ。この煮え切らない感情は。後ろ髪を引かれる思い。一体誰に?

 ずっと僕のなかにあった招待状は、血液に溶け込んで、体の一部になっていた。それが、ヘッドの夢を合図に、熱をもち脈打つようになった。血液の流れに乗って、僕の体を巡っていくのがわかる。脈動は波をつくり、山と谷をつくり、波形をつくる。その波形が鍵穴と一致したとき、パーティ会場は扉を開く。
 霞んでいた視界がクリアになる。景色に変わりがないように見える。しかし、それは反転した世界。メトロの上りと下りのように、見た目が同じであっても行き着く場所は大いに異なる。
「おい、アニキあれ」
「ああ。気をつけろ、ブラザー。変態フリークスだ」
 不意の邂逅かいこうだった。二人組のヘッドハンターのレセプションを受ける。
「僕が? どうして、そう思う」僕はとぼけてみせた。二人はとっくに狩りのシフトに入っている。
「レオタードに網タイツ」アニキと呼ばれた男が、僕を指差す。
「オマケに、その体格。フィジークのコンテスト帰りかよ」もう一人の男、ブラザーが言った。
「なんだい。ソフトマッチョがこんな格好をしたらいけないのかい」
「就職面接も結婚式も葬式もその格好で行くのかよ。経験があるのかわからんが」
「TPOってやつがあるだろう。すべて経験済みだが、それぞれ違う格好で行ったさ」
「アニキ、こいつDOA(Dead or Alive)かな。人相書きで見たことないけど」
「ここにいるんだ。狩っていい頭だろう。それに……」アニキと呼ばれた男は、僕の顔を睨みつける。「この鼻曲がり野郎、見覚えあるぜ。キックの元ランカーだ」
 そうか。僕は素顔で、狩場にいる。
 迂闊うかつだった。カメレオンのエイリアスをもつ僕が、顔割れしてしまうなんて。
 まったく、エキストラ失格だ。

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