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軋む世界の物語

螺旋の章

 ギィギィ。
 世界が悲鳴をあげている。
 錆鳴さびなりと呼ばれる、骨と骨が擦れ合うような音が響き渡る。その音は時とともに大きくなってきている。
 この世界が軋む音は、寿命が残りわずかであることを示す。万物には寿命があり、それは人間も同じだ。あらかじめ巻かれたゼンマイが切れかかると錆鳴が教えてくれる。それはサヨナラのサイン。
「僕はアンナを信じるよ。ジャン」
 クラップは震える声で言った。
 幼馴染のクラップは気弱だけど、芯は骨太なヤツだ。アンナを信じるお前を俺は信じる。
刻点こくてんが近いわ。クサビを撃ち込む準備をして」
 アンナは太陽の塔をうらめしそうに見上げた。
 天動説が唱えられていたことがあった。今と比べて観測の技術や知識が不足していたときのことだ。大地の方が動いてるって、今はそんなこと誰だって知っている。このレイルシティは軌道に沿って、太陽の塔の周りを回っている。
 レイルシティが沈んでいる。アンナはそう言った。
 あの光から遠ざかっているのは確かだ。この世界を真上から見たとき、レイルシティの位置は時計の針が時間を示すように、計度けいどとして表せる。それは俺たちも知っている。しかし、横から見たときの高さ、降度こうどについては初耳だ。レイルシティは螺旋を描きながら太陽の塔の周りを回っている。〝螺旋〟。つまり、バネみたいな軌道に沿って、少しずつ沈んでいる。計度と降度によって表せる、太陽の塔への侵入可能地点を〝刻点〟と呼ぶ。俺たちは、そこにクサビを撃ち込んで飛び移ろうとしている。
 錆鳴は太陽の塔から鳴っている。その動きが錆びついて均衡が崩れた。太陽の塔のゼンマイを巻きにいく。そんなことが可能なのか。いや、巻くんだ。
「私の案内はここまで……」
「アンナ、僕たちと一緒に行こう」
 クラップはアンナに手を伸ばした。
 ギィ。
 その錆鳴はクラップから聞こえた。
「急ごうぜ、二人とも」

 つづく

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