ハニービー
――Welcome, 女王蜂
あたしは、ままならないことが大嫌い。
自分の思い通りに〝こと〟が進まないと、やきもきしてしまう。お臍の下あたり、このへんがモヤモヤして、掻きむしりたくなる。
「どお? 力で劣るあたしに蹂躙される気持ちは」
「下等なヘッドハンター。貴様、ただではすまんぞ」
「あらぁ、じゃあ、どう楽しませてくれるワケ?」
ターミナルワンの港湾エリアの外れ、かつて大型船舶の修理や整備を行っていたドライドックにて、あたしは一人のフリークスと対峙していた。
「俺が、どういった力をもっているか知らないだろう。王の力で、俺の兵士が貴様を殺す」
「知ってるわよ。獣王様ぁ。まったく、見かけ倒しもいいところね。もしかしたら、あなたがヘッドくんと関係あるのかと思っていたのだけど」
「ハハ、そうか。教えてやろう。俺は……、ヘッドだ」
「聞き飽きたのよ。あなたたちフリークスは、『ヘッドならこうする』って考えるのよね。でも、そのフリークスの因子が中途半端に濃いと、あなたみたいな勘違い野郎になりさがるのよ」
「あ……、フヘ。言っているがいい。ズベ公め。う、フフ」
獣王のエイリアスを持つフリークスだけのことはある。あたしの毒に抗うなんて。ミラージュのSM部屋で蛇を手懐けたときとはワケが違う。だけど、もう少し。
「あなた、指の価値って知っているかしら?」
「カチ?」
「五本ある指の中で、一番価値があるものはどれだと思う? ほぉら、しっかり」
「ゆび。ひ……、ひとさしゆび?」
「ああ、惜しい。でも、これは人によって変わるのかも。あなたみたいに、手下に指図する人には、なくてはならない指なのかしら」
あたしは、左手の人差し指を握り、グリグリと捻りながら、それを引き抜いた。その指の肉はフェイクだ。引き抜いた人差し指があったところには、指の骨から削り出した針がある。
「正解は、親指。武器とアソコが握れなくなるわ」
親指を引き抜く。同じく、そこには骨の針がある。
「ぞ、ぞれは?」
「ふふ。この中で一番価値の低い指は、そう。小指ね」
小指を引き抜く。小指の針。親指のそれと比べると、細く頼りない。
キングレオの皮膚に、小指の針を突き立てる。細く鋭い針は、分厚い皮膚を難なく貫いた。
「あ、あ?」
「でもね、小指を失うとわかる。握るという動作をするうえで、小指は欠かせない。価値が低いなんてないわ。だから、あたしは、この小指の針に重要な役割を与えたの」
それぞれの指の針には、種類の違う毒が仕込まれている。小指の針の毒は〝蜂蜜〟。甘くてトロける蜜の毒。
「あ、ぎ、ぎもぢ……」
「オバケちゃん、キングレオの手下の兵士は、こっちに向かってくるのかしら」
『はいー。船着場の近くをウロウロしてるです』
オバケちゃんは、フリークスの頭を捧げて、神様から授かった力。あたしと同じ〝死に帰り〟のウッドペッカーにも共有した力の拡張方法。彼は、うまくやったかしら。この力も、毒針も、そしてあたしの命も、いつかは神様に返さなければいけない。それまでに、狩れるだけのフリークスの頭を狩る。あたしは、かつてハサミを突き立てた胸の傷に手を当てた。ペースメーカーがなくたって、それは規則正しく律動を刻む。神様から預かった心臓だもの。
キングレオの手下たちは、いつかここを嗅ぎつける。招待状が開封された今、つまり、この病気が発病した今ならわかる。招待状の保持者同士は、足の向くまま自然と引かれ合い、邂逅する。そして、それぞれのパーソナルスペースを侵したとき、強い嫌悪感を抱く。この小さな世界で蹴落とし合う構図は、こうしてできあがる。このキングレオもあたしも、他人を操る力を授かったけれど、結局あたしたちは病気に操られている。
「ん、ぎも、ぎもぢいぃぃい。もっと、もっとくだざい。女王ざまあぁぁ」
キングレオが喉を鳴らす。
「ふふ、いいコね。言うことをきけば、またご褒美をあげるわ」
せいぜい、あたしのために働きなさい。あたしは、ままならないことが大嫌いなのだから。
ドライドックの鉄骨の隙間から、細い光の束が差し込む。ドック内の冷たく湿った空気が、少しずつ暖められていく。ターミナルワンに朝がきた。
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