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プリテンダー

 ――Welcome, 白兎ホワイトラビット

 脳内で繰り返されるメッセージ。
 私は歓迎されている。よかった。同胞であるはずの三月のウサギを狩ってまで、パーティの参加者を集めたのは間違いではなかった。
 フリークス、ヘッドハンター、シールド。そして、朝になれば、この場末のターミナルワンにも多少の人がやって来る。そうなれば、ここは小さな世界。あの方が望んだ構図ができあがる。
 マジョリティ、マイノリティ、ノーマル、アブノーマル。正直、どうでもいい。自分がなにものかなんて、そんなことにこだわっているから足を引っ張り合う。殺し合う。ウサギが肉を食べたっていい。
 私の役割は、もうすぐ終わる。メッセンジャー? 橋渡し役という意味では、たしかに私はメッセンジャーだ。誰に頼まれたってワケじゃないけれど。私は私の役割を果たす。ああ、役割。そうか、私も結局、自分がなにものであるのかを決めている。それが私の限界。人間の限界。呪いに近い。
 そう。そんな人間が争い合い、潰し合う様を見せなくては。だから、私は醜く足掻あがく。そのためのステア。
「近くにいるな。キミはたしか、ホワイトラビット」
 東の空がしらんできた頃、静かに私を追跡していたヘッドハンターが、探りを入れるように問いかけた。もう少し、このまま列車の整備車庫まで誘い込む。
 彼は仕分人トリマー。なにものであるかに執拗にこだわり、呪いに縛られた最たる人間だ。足元に引いた線のどちら側に立つかで、その剣を振り下ろす相手を決める。
 整備車庫のピットに身を潜めて、やっと私は口を開いた。「アナタ、あのときのヘッドハンターさん」自分でも白々しいと思う。彼をこのパーティに巻き込んだのは私だ。
「キミはシールドと繋がっているだろう。場合によっては見逃してやってもいい」
 そんなことまで知っているなんて。少し派手に立ち回り過ぎたのかもしれない。やはり、彼には退場願わなくてはならない。メッセンジャーとしての役割は、パーティが開かれるまで。これからの私は、一匹のフリークス。辻褄は合っている。
「嘘。そうやって油断させるつもりでしょう」
 私はそう言って、また一歩、彼をこちらに誘い込む。整備車両の影に隠れて、ジリジリと距離を詰めているらしい。私にはわかる。そういう力を授かったからだ。
 ピットから飛び出す寸前、私は端末のアプリケーションを操作した。それは、仕掛けていた過酸化アセトンを用いた爆薬を遠隔で起爆させるスイッチだ。
 空気と地面を振動させる爆発。この整備車庫からは目と鼻の先、國鉄エアポートラインの線路付近に仕掛けた爆薬が火を吹いた。ターミナルワンを駆け抜ける轟音。
 一瞬、トリマーの動きが止まる。
 私は、チタン合金製のダガーナイフで彼の鳩尾みぞおちを突いた。刃先は深く沈むが、肉を切るに至らない。その刺突は、衣服の繊維に阻まれた。恐らく、防刃仕様。
 すかさず、体を旋回させる。バックハンドブローの要領で、ナイフのグリップエンドがこめかみテンプルを狙う。
 スウェイバックで頭の位置を後ろにズラして、トリマーはブローをかわした。
 攻撃が空を切り、私の体はそのまま一回転した。その一回転の間に、彼は剣を抜いていた。背中の大剣の方ではない。細身の刀身が真っ直ぐに伸びている。近距離戦闘用の剣を隠し持っていたらしい。
 私はナイフを投げつけるが、トリマーは意に介さず、半身の構えで斜め上から袈裟けさに刀身を振り下ろす。私は後ろに飛びのき、宙で体を返し、肩で着地すると、次に手のひらで地面を押し返して、膝で立ち上がる。
 私は、ベストの下に隠していた左脇のホルスターから拳銃を抜いた。これは、切り札でお守りのようなものだった。拳銃を構えてもトリマーは止まらない。彼が体を振ると、生暖かい風が私の腕を撫でた。
 拳銃がボトリと落ちる。私の腕とともに。
 熱い。痛みよりも、まず熱い。右手の手首から先を切断された。私は、左手で手首を締め上げる。
「こんなものを隠し持っていたのか」トリマーが拳銃を拾う。「その、キミから漂う爆薬のにおいに注意を払うべきだった。さっきの爆発音はキミの仕業しわざだな」
「どうして……。私が撃っていたらどうするつもりだったのよ。その銃を」
 右手の切断面から、血がとめどなく流れ出ている。
「しかし、撃たなかった。撃てなかったんだろう。そのつもりなら、こんな近距離まで近寄らせる意味がない」
 トリマーがリボルバー式拳銃の引き金を引くと、シリンダーが回転してカチリと乾いた音がした。
 その通りだった。サクラの銃法は徹底している。特に銃弾は、微量の火薬のにおいでも検知可能なシステムが確立されているため、入手と所持が極めて難しい。それを扱えるのはシールドに限られる。
「さあ、どうする」
「どうするって何よ」
「キミはシールドとどういう関係性にあるんだ」
「どうもこうもないわよ。あんな鈍臭いヤツら」
「そうか。今すぐ縫合すれば、くっつくかもしれないけれど、その右手。しかし、本体の方が壊れてしまえば、悩む必要もなくなるだろう」
 トリマーが、剣を振り上げる。
 私は目を閉じた。
 うまく掻き回せただろうか。
 私のステアはどうだったかしら。
 ……ステアだってよ。
 ああ、気取ってんじゃねえよ。
 まだ足りねえだろう。シャッフル? いいや、それも違う。クソミソに掻き混ぜるんだよ。さあ、泣き叫べ。
「た……、助け。たずげ……、助けて」
「すぐ、楽にしてあげるよ」
「たずげてぇ! たずげてぇ、カメちゃあん!」
 そのとき、整備車庫の入り口付近から、なだれ込むような足音が聞こえた。
「動くな! シールドだ」
 力強い声。私の王子様。
 あなたは鈍亀ドンガメなんかではないよ、カメちゃん。私がデートをすっぽかしたって、パーティに駆けつけてくれるんだもの。

 つづく

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