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マシーナリーとも子EX 〜諭す探偵篇〜

「そろそろおしまいでスかねぇ〜」

 14時45分、とんかつ処田なべ……。そのレジの奥からでツバメはぼんやりと店を見回した。いま、最後の客の会計を終えたところだ。ランチ営業は15時まで。客足も納まったし、ぼちぼち店を早仕舞いしても文句は言われないだろう。
 シャッターを下ろそうと表に出た瞬間、そこに自転車ほどの速度で突っ込んでくるものがあった。

「うおおおおっ!?!?!?」
「ウワーッ! どけどけどけーー!!」

 どけって言われても!!!
 瞬間ツバメは腕のワニを高速回転させ徳を瞬間極大発生! バイオサイボーグ筋力で「それ」を受け止めた!

「ふんぬっ!」
「あわーっ!」

 受け止めた「それ」は小型の戦車……いや、よく見れば少女だった。それも見慣れた。

「あれっ、アンタは……」
「ごえーっ! 驚いた。なあ! まだメシやってるよなぁ〜!」

 シンギュラリティのサイボーグ、ジャストディフェンス澤村!

***

「特製ロースカツ定食!」
「品切れでス。ランチギリギリに来て数量限定メニュー頼むとはいい度胸でスね」
「なあ、今日は田辺いねーの?」
「お休みでス! 今日は私が店番でスよ!」
「なーんだ。じゃあヒレカツ定食」
「はーいヒレカツ一丁」

 ヒレカツの準備をしながらツバメはふと思った……。そういえばこいつ、何してるんだ? と。
 何してるか、というのは今現在の話ではない。ふだんの生活についてだ。そういえばこいつのツラ自体はちょくちょく見かけるが、どんなヤツなのかは全然知らない。持ち前の探偵根性をにわかに着火させたツバメはヒレカツ定食を供しながら話しかけた。

「はいお待ちどう」
「あい。腹ペコだぜ〜」
「こいつはサービスでス」
「お! マジで? 悪いなあ」

 籠絡するためにすかさず瓶コーラを奢る! これで容疑者の心に一歩踏み込んだ形となる。

「ジャストディフェンス澤村……あんた、マシーナリーとも子の家に住んでるんですスよねえ」
「そーだよ。前は千葉に住んでたんだけどよ」

 そういえば以前トルーに聞いたことがあった……。千葉にあったN.A.I.L.の支部は一時期シンギュラリティのサイボーグに占拠され、そこの幹部は召使いをさせられていたと。それが澤村だったのか。

「ふだん何して過ごしてるんでス? 仕事はしてるんでスか?」

 考えてみれば妙だ。いま、こいつは店に入ってから特製ロースカツ定食を注文した。そしてそれがないとわかるとヒレカツ定食を……。ロースカツ定食でも、ミックスフライ定食でもなく! なぜか。それは特製ロースカツ定食の次に高いメニューがヒレカツ定食だったからだと推察される。だがすると次なる疑問が現れる。なんでこいつはメニューを上から頼むんだ? その金はどこにある? マシーナリーとも子がそこまでこづかいをくれてやるとは思えない。いや、それ以前に別にマシーナリーとも子はこいつの保護者ではないはずだ。また、シンギュラリティからの給料は未来から過去に送ることはできないと聞く。だからマシーナリーとも子はVTuberだのライター業だのをして日銭を稼いでいるし……ネットリテラシーたか子はデイトレードをしていた。じゃあこいつは何を? ツバメが知りたいのはそれだ。

「仕事なんてしてねーよ……。あ、シンギュラリティの仕事はしてるかなあ」
「単刀直入に聞きまスが金持ってるんでスか? ヒレカツ定食は2000円でス」
「なんだァ? 失礼な店だなあ。先払いじゃねーだろこの店! ほい!」

 言いながら澤村は懐から千円札を2枚出しツバメに投げつけた。確かに金はあるようだ。でもどこから……?
 考えながらピラと紙幣を裏返したツバメはその目に入ってきた情報を受け止め「オ」と短く鳴いた。
 紙幣の端っこにごく小さな血痕がついている……! 

「……ジャストディフェンス澤村。いちおう聞くんでスが」
「いま食ってるんだけどなあ!」
「この金は"働いて稼いだ"ものでスか?」
「そりゃそーだろ。さっきそこでよ」
「そこでってのは……」
「なんかオッサンいたからさあ。ビームで焼いたらドロップした」

 やっぱり……! ワニツバメはサッと血の気が引く気がした。
 ツバメ個人の意識として始末したいサイボーグはマシーナリーとも子である。もちろんシンギュラリティという組織自体にもかつて(未来で)シャーロキアンを滅ばされたという恨みももちろんある。が、あくまで殺したいのは直接手を下したマシーナリーとも子だ。だからN.A.I.L.の仲間であるアークドライブ田辺のことは慕っているし、ネットリテラシーたか子とは互いの利害が一致したということで師弟関係までも結んだ。だが、そういえばコイツはどうなんだ? 個人の目的と別にして、N.A.I.L.の一員として考えたときにもっとも凶悪なサイボーグは……こいつなのでは?

「そうでスか……」

 ツバメがとりあえずとった行動は、「見」!
 どうするべきかまず考える時間が欲しかった。なのでこの段階でヘタに当人を刺激するのは危険! 

「いや……でもなんというかその、その辺の人を殺して金銭を奪うと言うのはその、徳が低いんじゃないでスか?」
「あ、なんで? 人類を殺すのは徳の高い行為だぞ」

 価値観が違うッ! ツバメはギュッと眉をひそませ目をつぶった。以前ネットリテラシーたか子が言っていた。徳とは自分のことを信じる心であると。疑い深きものは徳の高い存在になることはできないと。この認識を覆すのはシマウマとトラの食生活を入れ替えることができないのと同様に不可能だろう。ならば……。

「いやほら……票田になる人類もいるかもしれないじゃないでスか」
「そんなもん確認してから殺すに決まってんだろーが。いまどきたか子だったそうしてるぜー!」
「ええと……」

 どうしたものか。
 バイオサイボーグとはいえ人類の一員として、N.A.I.L.として、こいつの殺戮はなんとか止めさせたい。だが事を荒立てるのは避けたい……。

「なんだお前さっきから……私のやることに文句があるのか?」
「い、いやそういうわけじゃありまセんよ……。そ、そうたか子センセイがでスねえ! 修行中にアンタのことを徳が高いってよく褒めてたんでスよ」
「え! え! ホントか! あのたか子が」
「そうそう。だから興味があってでスねぇ〜……」

 もちろん大嘘だがこの場は勘弁していただきたい。ツバメは頭の中で師に祈った。


「そうかぁ〜。ウキャキャキャ。そりゃゆかいだなあ。あのたか子がなあ」
「あっあー、でもアレでスよ! ここだけの話でスよ! 本人照れ臭そうに話してたんでね。アンタが問い詰めてもきっとしらばっくれますよ」
「確かに。あいつそーいうところあるんだよな! ウキャキャ」

 フン、名探偵は相手に揚げ足を取られないようにあらかじめこうして布石を放っておくものでスよ。自分の用心深いフォローに満足しながらツバメは続けた。

「澤村、私が言いたいことはでスねえ。人類を無闇に殺すのは勿体無いということでスよ」
「勿体ない?」
「そうでス。あなたは票田かどうかちゃんと確かめてから殺すと言っていまシたが……。例えば票田じゃない人類を殺さないことで、そいつが将来マシーナリーとも子の動画を見て票田になるかもしれないじゃあないでスか!」
「ウーン」
「魚を釣りすぎて食べすぎればそれで終わり……でも残して繁殖させれば次の年も食べることができる。そういうことでスよ」
「ウーン言わんとすることはわかるぜ」
「でしょう!」
「ちょっと考えてみるかな……。じゃーな! ご馳走さん」
「毎度あり〜。またのお越しを〜」

 ツバメは達成感に包まれていた。これで澤村は無闇に人類を殺すのを止めるはずだ。これで救われる人類の数は少なくないはず……。

***

 数日後。とんかつ処田なべ。14時50分。

「邪魔するぜぇ〜。なんだ今日もワニかよ」
「いらっしゃい……。あんたいつも閉店間際に来まスねえ澤村」
「特製ロースカツ定食ある?」
「運がいいでスね。今日はありまスよ2600円……」
「お札しかねーや。釣りちょうだい」

 澤村が紙幣を3枚投げつける!

「だから前払いじゃないって……ハッ!」

 紙幣の端っこにごく小さな血痕がついている……!  

「さ、澤村あんたこのお金……」
「なんだどーした? 偽札じゃねーだろ? 見分け方わかんないけど」
「人類襲って奪ったお金じゃないでスか!?」
「へ? そーだけど」

 悪びれもせずに澤村が水を飲む! その顔は「早くトンカツ持ってきて」と言っている!

「アンタこの前の私の話…!」
「おう! 参考にしたぜ。だから半殺しにして奪ってきたー。殺さなきゃまたお金稼いでくるだろうしよ」
「……!」

 そう来たかぁぁぁ〜〜〜ッッッ!
 ツバメは天を仰いだ。やはり生ぬるいやり方ではダメだったのだろうか。

「……おいワニ。お腹空いたんだけど」
「はい。少々お待ちください……」

 ツバメは感情を殺してトンカツを揚げた。やはりこいつらとは分かり合えない……! そう思いながら店のシャッターを閉めた。

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます