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マシーナリーとも子ALPHA 〜迫る探偵篇〜

 パカン、と寿司桶の乾いた音が響いた。鎖鎌が昼食を平らげたのだ。

「暇だな〜〜……」

 誰もいない部屋でゲップをしながら鎖鎌はリーダー用の椅子にグッと体重をかけて仰け反らせた。エアバースト吉村とダークフォース前澤は横須賀に行った。そのあいだの留守番を鎖鎌に任されたのだ。鎖鎌は紆余曲折の末シンギュラリティのメンバーとして数えられてはいるが、サイボーグではない。そんな彼女をデータセンターに連れて行き無闇にロボ目に付かせることは余計な問題を産みかねない。また、単に事務所を空にしておくわけにもいかないという問題もあった。誰に事務所を守らせるか。そう考えるとこれまた鎖鎌が適当ではあるのだ。仕組みはよくわからないが鎖鎌の戦闘能力は吉村や前澤より強い。大抵の外敵は排除できるし、懸念であるワニツバメも地下1のヤクザがいる限りはビル内に入って来れない。池袋支部の守りは盤石だと考えられた。

「なんか暇つぶしできるものないかな〜〜……」

 鎖鎌はそうひとりごとを言いながら、かと言って探し回ることもせず机の上に脚を組んで載せた。すると、ドアの方からクックックという笑い声が聞こえたのだ。鎖鎌はビクッとして得物を取り出し、部屋の出入り口を睨みつけた。が……すぐに武器を落としてしまった。

「お行儀が悪いでスね……。それも母親の影響ですか?」
「お前……なんで……」

 鎖鎌は驚きで喉から心臓が飛び出しそうになるのを抑え、代わりに声を絞り出した。そこには怒りと、恐怖の感情も混じっていた。

「ワニツバメ……ッッッ!」
「ご機嫌よう鎖鎌。お邪魔しますよ」

 いつの間にかドアを開けて部屋に入ってきた部外者。左手から巨大なワニを生やした異様なシルエットを持つN.A.I.L.の食客。錫杖を飲み込んだ目下の仇。バイオサイボーグ・ワニツバメがなんでもないようにそこに佇んでいたのだ。

***

「なんでお前がここに……」

 鎖鎌は震える指先でワニツバメを指しながら問いかけた。一方のワニツバメはようやく侵入できた池袋支部を観察するようにキョロキョロと視線を泳がせている。

「なぁーに、簡単な推理でスよ。私はこれでも探偵……ですからね。度重なる現場検証、聞き込みを行い、後は快適な空間で思索にふける時間さえあれば真実に辿りつくのは簡単です。池袋支部があなただけになるという、私の理想の展開が来る日を特定するのはね」

 ツバメは部屋の片隅にある小さな冷蔵庫に目をやると、その上に置かれたバウムクーヘンを手に取って左腕のワニに食べさせた。

「それに前ちゃんのバウム屋さんも今日はお休みでしたシね」
「お、お前はヤクザ屋さんがいる限りこのビルには入れないはずなのに! どうして!? 怖くなくなったの?」
「ある意味では正解です。これを克服できたのはやはり私が探偵だったからでスけどね。気づいてませんか? 3日ほど前から彼の姿が見えないのを?」
「え……?」

 鎖鎌は呆気に取られた。そう言えば最近、朝ビルの前でタバコを吸ってる姿を見ない……。

「殺したの!?」
「まさか。サイボーグじゃああるまいしそんな手段は使いませんよ。それにやっぱりあの野蛮なジャパニーズ・マフィアは恐ろしい。正面切ってケンカなんてとてもとても……。だから正攻法で、彼には退場してもらったのでスよ」

 ワニツバメは懐からパイプを取り出し火をつけるとぷかぷかと煙を上げ始めた。自動的に部屋の換気扇がオンになり、回り出す。換気扇の羽根にはマントラがプリントされていて煙を吸い出す代わりに部屋の中を清々しい徳で満たした。それを見てツバメは幾分感心したようだった。

「アレはいいものでスね。シンギュラリティで作ってるんでスか? うちにも一台欲しいものです」
「ヤクザ屋さんをどうしたの!?」

 ツバメはため息するようにハアーと煙を吐き出した。

「だから言ったでしょう。探偵だから克服できたと……。彼の本業を知っていますか? このビルの看板には彼の経営している店はバーと書いてありまスね? でも実際は賭博雀将が夜な夜な開帳されてたんでスよ。しかも1000点10万の超高レートでね。違法薬物の取引が行われていたなんて噂もありまシた」
「…………え?」
「あとはさっきと同じ話でス。ある時は怯えを隠して客として潜入し……時にはN.A.I.L.の構成員にも偵察に行かせ……街のアウトローやデミヒューマンに聞き込みを行い……。罰金では済まない、店が摘発される間違いない罪状を確認したのち警察に垂らし込み、奴の手首にワッパが回ったのが4日前の深夜。そのまま警察の家宅捜索も夜のうちに終わって今はもぬけの空……」

 ツバメはふーっと紫煙を吹き出した。鎖鎌は自分の身体中に汗が滲んでいることに気付いた。

「何しに……来たんだ。私を殺す気!?」
「やれやれ、生まれか環境か、本当にサイボーグかぶれな思考ですねえ。殺しまセんよ。そんなことをする理由も趣味もないでス。私がここに来たのはね……あなたと同じ目的を果たすためでス」
「目的? 私の目的は、お前をやっつけてそのワニの中を取り返してもらうことだ!!!」
「本当に?」
「ほんとだよっっっ!!!!」
「そうでスかね……頭に血が登ってるんじゃあないでスか? ミス・トルーからあなたのだいたいの経緯は聞いてまスよ。2050年から来たんでしょう? 何しに2045年まで来たんでス?」

 鎖鎌はそう問われ、思わず「あっ」と口に出した。そうだ。私には目的があった。2045年に来た理由。いま、錫杖ちゃんのことさえなかったらやってるべきだったこと。

「私はね、タイムマシンを探しに来たんでスよ。それでマシーナリーとも子に会いに行くためにね……。どこにあるか知りまセんか?」

 すべてを察した鎖鎌は、観念するようにしばらく目を閉じたあとカッと開いてワニツバメをまっすぐ見据えると正直に答えたのだった。

「私も知らない……」

***


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マシーナリーとも子
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます