マシーナリーとも子EX 〜飛ぶ鉄塊篇〜
そして再び……とある港! ベルヌーイザワみは静かに音を立てる海を見て黄昏ていた。かつてしばらく世話になっていた海の底のことを思い出していたのか、はたまた戦車を改造すると言ってこの2週間家に帰ってきていない妹のことを思ってか……?
ザワみの耳にブブブブとエンジン音が入る。振り返ると錫杖とマシーナリーとも子が原付に2ケツしてやってきたところであった。ハンドルを握る錫杖が手を振る。
「よーっ、ザワみっち早かったのう」
「そもそもあいつからちょっと早めに来て待っててくれってリクだったからなあ」
錫杖は懐中時計を取り出す(機能的なメリットは特にないが、ワルっぽくてイイと、ガネーシャの店のガラクタを売ってもらったものだ)。時刻は13時55分。澤村の指定通りの時間だ。
今日の集まりは無論ジャストディフェンス澤村によって呼び出されたものだ。ついにグリフォンによる戦車の改造は終わったらしい。澤村からは「14時より少し早めに来てくれ」という奇妙な申し入れがあった。錫杖はそのことに不満を覚えた。
「早めに来いと言っといてまだ本人……人じゃないから本ロボとか本機とか言うべきか……? とにかく、澤ちゃんがまだ姿を見せないってのはどういうことじゃ? 私たちを待たせるなんてふてー野郎だ」
「いや……」
目を閉じ、腕を組んだまま原付後方に座っていたマシーナリーとも子が口を挟んだ。
「待たせるのが目的なんじゃねーか?」
「待たせる? 宮本武蔵か?」
「つまりこうだ……。私たちは14時より早めに来て待つ、澤村は14時きっかり、あるいは遅れるくらいに到着するようにやってくるようにする……。何でやってくるって? 当然高速移動モードでだ。するってーと当然、いきなり私たちに改造の成果を見せられるわけだ。あいつはあっちの方角から自慢の四つん這いでやってくるはずだぜ」
「あっ! なるほど! 確かに落ち合ってからチンタラグルグル回るよりわかりやすいなぁ〜っ」
錫杖はポンと手を叩く。そのとき、ザワみがサッと町の方を指差した。
「言うてる間に来たみたいだぜ……」
「なぬ?」
確かに……ザワみの指の方角からエンジン音が聞こえてくるっ! やがて黒い塊が見えてきた……。だがあれは本当に澤村か? それは従来のジャストディフェンス澤村のような、四つん這いのこどもめいたシルエットではなかった。強いて例えるなら……漢字の「山」。このまんなかの棒が、両サイドの棒より背を低くしたような形……。そんな形の「モノ」が高速で一同に近づいてきていた。
「なんぞありゃあ!? 本当に澤ちゃんか? なんか……なんかデカくないか!? 色々!」
「それに速い! みるみる近づいてくるぞ! ウルセェーけどっ!」
「それにこの徳の破壊は間違いなく澤村のやつだぜっ!」
そうやりとりしているうちに巨大な影は大きな残像となって一同を通り過ぎていく!
いや、見ろ! 通り過ぎる直前からその軌跡には炎が上がっている! アスファルトが融解している! 急ブレーキを試みたのだ!
「アギャギャギャギャギャ!」
悲鳴と共にボッコォン! と炸裂音が鳴り、アスファルトの巨大な破片が宙を舞った。危ない! あんなものが頭上に落ちてきたらひとたまりもないぞ!
だが異様な物体は天面からハリネズミのように砲身を出現させるとガボンという爆発音とともに放射状に散弾を発射した。砕け散ったアスファルトは砂埃と化し、物体の上にパラパラと降った。
物体はガチャボコと金属が擦れる音を立てるとパーツを展開し、ひしゃげ、折り畳むと……そこから物体に埋もれていたジャフトディフェンス澤村が顔を出した。
「いよーっみんな! 私のスピード見てくれたか!?」
「スゲーっ! スゲーよ澤ちゃん!」
興奮した錫杖が駆け寄る。澤村を覆っていたパーツはそれまでの数倍の体積となった腕に収納されたようだ。その腕の戦車はもはや澤村自体より大きいように見えた。大きすぎてまっすぐ下ろせないので澤村は腕をハの字に開いている。
「でっけぇ腕だなあ……。ゆずき以上だぜ」
「ゆずき? 誰だそいつ」
澤村が不思議そうに首を傾げるととも子はそっけなく「腕がデカくて有名なやつが2045年にいたんだよ」と返した。
「しかし……」
澤村ととも子のあいだにアゴをかきながらザワみが割り込む。
「お前……そんな嵩張るモンつけてどうやって家の中に入るんだあ?」
「家……?」
言われてみれば……と澤村が少し焦ったその時! 海から爆発音がして100匹のサバが飛び出した!
「「「シャアーッッッ!!!」」」
「なんだァァーっ!?」
「裏切り者のベルヌーイザワみ並びにシンギュラリティどもっ! 御命頂戴!」
サバの右目には中性子レーザーを発射するレーザートーチ、脇腹のパイロンには3基ずつの小型ミサイル、背中にはサバの水煮缶をひとつそれぞれ備えられている! サイバーシャークを雛形とした新兵器……サイバーサバだ!
サイバーサバは百条のレーザーを発射! 赤い光の束が埠頭を薙ぎ払う!
「ンギャーッ!」
マシーナリーとも子は腕のマニ車で、錫杖は自身の名と同じその得物で、レーザーを弾き跳び退る! ザワみもアイアンネイルでレーザーを切り裂いて強引に回避! 澤村はとくになにも抵抗できず被弾! 腕の重さで吹っ飛ぶこともできず熱射をモロに浴びて悶絶した! 焦って澤村のそばに飛び寄るザワみ!
「おめぇーっ何やってんだ! なんで避けねえんだよぉ〜っ!」
「うぎゃぎゃ……走り始めるのにタイムラグがあるんだよお!」
ザワみの頭にはある情景が浮かんでいた……。陸上競技場のトラック、そのスタートラインに人、自転車、車が並んでいる。ピストルが鳴り、競争が始まる。スタート直後数秒は人がいちばん前に出る。だが10秒も経たないうちに自転車が人を追い抜き……その5秒後には車が自転車をぶっち切り、圧倒的速さでゴールするのだ……。大きく、パワーのあるものは初動に時間がかかる!
「ちっ! ぱっと見から嫌な予感がしてたがどうも厄介な腕みてえだなあ!」
ザワみは澤村の前に立ち、牽制のビームカッターを連射する!
「オラ! もうアイドリングは終わっただろ! そいつで走り回ってあいつらの目を回してやれっ!」
「おうよーっ! どらああーッ!!!」
澤村の新しい腕から環境に悪そうな黒煙がムオンと吹き出す! エンジン全開! 澤村は前方からマシーナリーとも子と錫杖が退いたことを確認すると、フルスロットルで発進した!
「行けーっ! 澤ちゃん!」
「やっちまえ澤村ーっ」
「おうよぉ~~~~~~っっっっ…………」
澤村は超高速で親子の前を通り過ぎると……現れたときと同じように街のほうへと消えていった。しばらくその方角をボケーッと見るマシーナリーとも子と錫杖。鯖のヘイトを書いレーザーをステップで回避し続けるザワみ。
「……あれ? 行き過ぎじゃね?」
「なんか忘れ物取りに行ったりした?」
「ギャワーッ! ま、まさかアイツ……!」
ザワみがサイバーサバの一尾をアイアンネイルで切り裂きながら慟哭する!
「全ッ然コントロールできてねぇ~んじゃねえかあ!?」
「「えぇーーっ……」」
やがて街のほうから高速で澤村が戻ってくる!
「ウオオオオオ~~~ッ!!!!」
腕から無数の砲身が展開! 澤村は手の5連装ビームと背中のグレネードランチャー、ミサイルポッドといった総ての火器を同時に発射する! しかし!
「ンギャーッ!」
マシーナリーとも子がグレネードランチャーの直撃を受けて吹っ飛ぶ! そのほかの弾もサバにはまったく当たらず港を削っていくのみ!
「んあわわわわ~っ! おい澤ちゃんよ! なにやってんだよ! ちゃんと狙ってくれよさ!」
錫杖は指ビームを必死に得物を回転させて防ぎながら抗議する!
「ね、ね、狙いがつかねえんだよぉぉ~~っ! 速すぎるッッ!」
「このおバカ! 速くても舵が効かなきゃ意味ねえじゃねえかッ!」
澤村はザワみとサバすらも高速で通過! 必死でブレーキを効かせると方向転換、ふたたび加速をかける!
「ザワみどけーっ! こうなったらそいつらに体当たりしてやるぜッ!」
「ええっ!? いやちょっと待てや! 体当たりならできんのかよ!? コントロール効くんか!?」
「やらいでかぁーっ! 行くぜェェーッ!」
「おいぃぃぃぃ~~~っ!?」
ザワみは群がるサバにラリアットをかまして振り切るとバク転して逃げる! そこに澤村の超高速タックルが炸裂! 数十匹のサバが一瞬にしてサバフレークと化す! 狙い通り!
「「やったか!?」」
思わずマシーナリーとも子と錫杖が共にガッツポーズを取る! だがそこに響くのは澤村の悲鳴!
「アギャアーーッ!? 止まらね……ゴボーッ!?!?」
澤村は勢い余って海に落下! 腕が重すぎもがくことすら不可能!
「あのバカが……!」
「あっ……おい! ザワみ!」
ザワみはマントラを刻んだコインを指で弾いて本徳をチャージすると迷わず海に飛び込んだ! 海中にはどんどん沈んでいく澤村……。
ザワみはすばやく潜って澤村の下につくと本徳を背部のスクリューユニットに集中させる! 幾度となく澤村やとも子を吹き飛ばしてきた竜巻攻撃だ!
「ギャワーッ!」
凄まじいエネルギーと渦の本流で超重量の澤村は地面まで吹き飛び戻った! ザワみも遅れて水面から顔を出す!
「コノヤローっ! 余計な手間かけさすんじゃねえよ!」
「サ、サンキューザワみ……」
互いにエネルギーを使い果たして肩で息をする姉妹。だがそこに……生き残った30匹あまりのサイバーサバが! 疲れ切ったザワみに殺到する!
***
「ザ、ザワみーっ!」
水面のザワみは力なくアイアンネイルを振るうがサバの体当たり、レーザー攻撃に対処しきれてない! 澤村を持ち上げるための竜巻攻撃で徳を使い果たしたのだ!
「畜生……オメーに付き合うといつもこうだぜ澤村……。私が貧乏くじを引いちまうんだよな……」
「シャアーーッ!!!」
ゴボゴボと沈むザワみにサバたちがレーザービーム追い打ちをかける! 澤村の脳裏に過去の悪夢が蘇る! かつてザワみと別れるきっかけとなったあの記憶が! 落花生の悪魔の襲撃が!
「うおおおザワみーっ!!!」
澤村は渾身の力を込めて両腕を持ち上げる! すると躊躇いなく全力で地面に叩きつけてグリフォンが作り上げた追加パーツを破壊した! その内部からは….元の澤村の腕が!
「そうか! グッさんめ、結局澤ちゃんの腕の仕組みはわからなかったんだな!」
遠くからそれを見た錫杖が合点して膝を叩く。
「どういうこった?」
「改造できなかったから腕の外側に無理やり別のマシンをくくりつけて速くしたんだよ! だから壊せば元に戻るし、澤ちゃんは自分の身体みたいにコントロールすることができなかったんよ」
澤村は元に戻った腕の調子を確かめるようにニ、三度指をニギニギとするとジャキっとサバに10本の指を向けた。
「私の姉ちゃんを焼くんじゃねぇーよサバ野郎ーッ!!!」
10本の指から10条の光が伸びる! 澤村の指から発射されたビームは、先ほどとは異なり器用なマルチロックオンで10匹のサバを焼きサバに変える!
「ウシャアーッ!?」「ギョオーッ!?」「サバーッ!!!」
澤村は破壊した腕の追加パーツを持ち上げ、へし折り、折り曲げ畳む! それは孤を描いた黒のブーメランへと姿を変えた! 澤村はエンジンから伸びるヒモを引っ張り、ターボブーメランに火を入れる!
「死ねやサバどもーっ!!!」
「アガーーーーッ!!!!」
澤村は大きく振りかぶってターボブーメランを投擲する! 残る20匹のサバは空気を切り裂いて飛ぶ鉄塊に触れるとひとたまりもなくサバフレークに姿を変える! サイバーサバ全滅!
「うおおおザワみーっ!!!」
澤村は腕の履帯のロックを外すと鞭のように振り、ザワみの沈んだ海へと投げ入れた! 十数秒後、海の底からぽこりと泡が立ち上ったかと思うと履帯をグイと引っ張る強い力!
「フィーーーッシュ!!!」
「ゴバーーーーッ!!!!」
履帯に捕まったザワみが一本釣り! ナイスフィッシング!
「ザワみーっ! 良かったぜ! また海の藻屑になっちまうんじゃねえかと……」
「ガボっ……。澤村、お前腕は……速さはいいのかよーっ」
「あ? なぁに言ってんだよ」
澤村はニコリと笑った。
「お前を助けるにはコッチの方が早かっただろ?」
「……ケッ」
ザワみは微笑むと大の字になって寝転んだ。
「そもそもオメーが変な改造なんかしなけりゃ私が死にかける必要もなかったんだよバカ妹ぉーっ!」
「あーっ! 今そういうこと言う流れじゃねえだろコラーッ!」
「ママ……」
「あ?」
とも子は錫杖がいつになく真剣な顔をしているので逆にヒヤッとした。いつもヘラヘラとしている奴が……どうした?
「私やっぱり……改造車はやめとくわ」
「……そうしな」
***