マシーナリーとも子ALPHA 〜徳高き自転車篇〜
「自転車がほしい」
マシーナリーとも子は空に向かって呟いた。その場にいた全員が一瞬、彼女を振り返ったがすぐに各々が取り掛かっていた仕事に戻った。
マシーナリーとも子はムッとして立ち上がり近場にいたエアバースト吉村の側頭部をグリグリとしながらふたたび言った。
「自転車が欲しいなぁ〜〜!」
「あだだだだ! なんだよ! だったら買えばいいだろ! 知らないって!」
「ちょっとはなんで? とかどうして? とか聞いたらどうなんだお前ら」
「お前、自転車なんかいらねぇーだろうがよぉマシーナリーとも子」
どら焼きをムシャムシャとやりながらジャストデイフェンス澤村が口を挟む。最近マイブームらしく気づけばどら焼きを食べている。こいつはいつもこうで、ひとつの食べ物にハマると昼夜を問わず同じものを食い続ける。
「澤村……ムダだと思うけど一応、なんで私が自転車なんか必要ねえって思ってるのか聞かせてもらえるか?」
「私がいるだろうがよぉ〜〜ッ! 私の高速移動形態があれば自転車なんかいらないだろっ!」
澤村は軽くジャンプすると前腕と膝を地につけた高速移動形態へと変形する。どら焼きを咥えたまま四つん這いになったその姿は犬のようでもあるなあと吉村は思った。
「ぜってぇー言うと思った……。結論から言うとお前の高速移動形態では私の自転車欲しまりの高さを抑えることはできねぇー。諦めろ」
「エーッ! なんで! 速いのに‼︎」
「その自信はどこから来るんだよぉーッ! 遅いんだよお前の高速移動って奴は!」
「そんなことはねぇーッ! あまりの速さに周囲が遅く見えてるだけだっ! それに自転車より私のほうが火力があるぞ!」
「殺しに行きたくて自転車が欲しいわけじゃねぇーんだよ! チョットの距離出かけるのに使いたいだけなの! 電車とか車で移動するのがおっくうくらいの、歩いて2〜30分くらいの距離を移動するのに使いてえだけだっつの!」
「ずいぶん庶民的な理由じゃねぇーかとも子ォ。帰りで適当に殺してくりゃ経費降りるんだからシータク使えばいいじゃん」
「おめぇ〜はそうやってちょろまかしばっかり上手くなるから徳生成がイマイチなんだぞ吉村よォ〜。とにかくシャシャーっと出かけるために自転車が買いたいなぁー」
「あら……自転車が欲しいの?」
轟音とともに入室する存在……それはシンギュラリティ最強のサイボーグ、ネットリテラシーたか子だ!
「ならささみに頼んでみるのはどうかしら?」
「ササミ? なんだって?」
「クラフトワークささみ……。いろいろなサイボーグ用の武器やガジェットを作り出すことができるサイボーグよ。私のファンネルも彼女が作ったの」
「すげぇじゃん。逆に自転車なんか作ってくれるのか?」
「いけると思うわよ。逆に変で喜ばれるかも……。紹介状を書いてあげましょう。明日にでも行ってきなさいな」
***
横浜駅からバスで15分ほどの町外れにその工房はあった。大抵のサイボーグは都市に設けられた支部局に所属し、そこに住んだり、あるいは近隣に借りた住居から通ったりする。だがクラフトワークささみはその特異な能力を評価され、横浜支部に所属しながらも出勤することはほとんどなく、もっぱらこの自分の工房に篭って依頼品を作り上げているのだという。その工房はもともとは人類がやっていた製粉所かなにかっだったようで、ところどころになんとかフラワーだとかなんとか製粉といったような文字が掠れて残っている。だが今では原材料を蓄えていたであろうサイロは巨大なマニ車に改造され、工房の動力を担っているようだった。
「やあやあやあ、よく来たねとも子ちゃん……。クラフトワークささみだよ、ヨロシク」
「よろしく……」
クラフトワークささみは身体を横に向けたまま左腕を伸ばして握手を求めてきた。なぜかというと、身体を正面に向けて握手しようとすると腕が引っかかってうまくいかないからだろう、とマシーナリーとも子は推察した。彼女の胸からはマントラが刻まれた旋盤が生えていた。これがクラフトワークささみの回転体だ。
ジーっととも子が旋盤に目を注いでいるのに気付いてささみははにかんだ。
「ああこれ……。ゴメン、ちょっと億劫がっただけさ。これはこのとおり……」
旋盤が根本から折れ曲がりタスキのようにささみの身体に密着した。
「こうやって折り畳むこともできるのさ……」
「その旋盤でいろいろ作れるのか?」
「その通り。だから武器や道具を作れば作るほど徳が溜まるのさ。そもそも仲間のために装備を作るなんて行為は徳が高いからね……」
確かに……ととも子は思った。すると次はささみがマジマジととも子を見ていることに気づいた。正しくはとも子の腕の……マニ車を。
「ムフーッ! ムフムフ、ムフーッーー!!!」
「な、なんだよオイ」
「噂に聞いてから一度見てみたかった……。マシーナリーとも子の腕のマニ車! 刻まれてるマントラは得体のしれない誰かに書かれたものだからか少し適当に思えるが……見事なマニ車だ!」
「知らねえよぉ〜っ! 物心ついたときからこのマニ車は腕についてるんだよぉ!」
「君はずっと池袋支部に所属していてほかの支部に出張することはあっても転勤することはなかったんだよね!?」
「そうだけど……」
「だからあまり他機の目に触れることがなかったんだろうな……。私も数人から聞いたことがあるだけだったからな……。いや見事なマニ車だ!」
「なにが言いてえんだ」
「そもそもね、とも子ちゃん……。マントラを刻んだのが誰だかわからないというのは“ありえない”んだよ! そのことをもっと自覚するべきだな」
「あー……。ほんとは上司とかの本徳が刻むんだっけ?」
「そうだよ。ボクの旋盤のマントラも元上司のデジカルビ燐が刻んでくれたんだ……。製作者不明のマントラなんて聞いたことがない……。君とたか子ちゃんを除いてはね」
「そうなの? ちょこちょこいるもんだと思ってたぜ」
「たか子ちゃんの仕業かな……。いや、なんにせよ本当に見事なマニ車だ! これはすばらしい」
「いいから作業の相談をさせてくれよぉ〜」
「とも子ちゃん、君はもっと自分の価値に気づくべきだ! 君はただでさえ生まれつきの本徳サイボーグという類稀ない出自を持っている……。しかもこの回転体だ!」
「マニ車がなんだってんだよぉ」
「ボクらサイボーグの回転体は……たとえマントラが刻まれ、スクロールが挿入された本徳サイボーグであっても! 擬似マニ車であることからは避けられないんだ! チェーンソー、旋盤、回し車、柔道……すべてマニ車を模したものに過ぎない! だが君の回転体は! マニ車そのものじゃないかッ! すばらしいっ! 一体なんなんだコレはっ!!! ムフーッーーっ!!!!」
「痛ぇ痛ぇ! 腕を引っ張るなよぉ」
「とも子ちゃんッ……! 今回の仕事、金はいらない! だからこのマニ車をもっと見せてくれっ! とてつもないインスピレーションが湧いてきっそうなんだッッッ!」
「金なら払うからとっとと作ってくれぇーッ!」
***
「んで、できました」
「ホーッ」
「すごいデザインですねえ」
とも子の傍らに立つおニューの自転車を見てジャストディフェンス澤村とアークドライブ田辺は感服した。それは前輪と後輪が、車輪というよりは円柱のような形となった特殊な自転車だった。よく見るとそこにはマントラが刻まれている……。前輪と後輪がマニ車! マニ車サイクルなのだ! マシーナリーとも子のマニ車に多大なインスピレーションを受けたクラフトワークささみ渾身の作品であった。
「なんか車輪がでっけえから自転車っていうよりロードローラーみたいだなあ」
「そうなんだな……だから漕ぐだけで重いんだよ……。ふつうの自転車で良かったのになあ」
「それ、徳出るんですか?」
「出るっちゃ出るけど多少だなあ。マントラこそ刻んであるけどお前らの腕の回転体のがまだ出てる感あるんじゃない? 人類のマニ車とおんなじだよ。でもささみのヤツ、興奮してたなあ。ついにマニ車を作っちゃったって……」
「とも子の腕のマニ車と違ってマントラが出っ張ってるんですねえ」
「ああ、これがミソらしくてな……ちょっと見てな」
マシーナリーとも子はマニ車サイクルに跨り踵を返すと、適当な人類を見繕って轢殺した。
「ンギャーっ!」
「よっしゃ。オイ見てみろよ」
「どれどれ……。あ! これはすごいですね!」
ペシャンコになった人類の背中にマントラが刻まれている! マニ車から出っ張ったマントラでスタンプされたのだ!
「ちょっとかっこいい」
「そうですねえ」
「でもこれ、なんか意味あんのかよ?」
「わかんねー」
「私、ちょっとそれ漕いでみたいです。変わって変わって」
「重いぞお。気を付けろよ」
その日は異様な自転車を、なんだかんだ3機で夕方まで乗り潰した。
***
それから1週間後、駅前に止めておいたマニ車サイクルはチャリパクされ、腹いせに暴れ回ったマシーナリーとも子によって池袋南口の人類は皆殺しにされたのだった。
「チャリ泥棒ォーーーッ!!! ぶち殺す!!!!」
「どんな形でも自転車を見るとパクらずにはいられないんですね〜人類って」
「やっぱパクられることのない私の高速移動形態のほうが強ぇだろ? な?」
「うるせーーーーっ!!!!」
***