マシーナリーとも子ALPHA ~魔境の談話室~
「……わかりませんね」
通信機のフタを閉めながらタイムリリース原田はため息をついた。こいつはシンギュラリティに12ロボいるタイムマシン技師で、これまでも何度も通信機やタイムマシンの具合を見てくれていた。半年ほど前にも私がうっかりタイムマシンの時間調節バルブをへし折ってしまった時、たか子さんに内緒で直してくれる気が効いて腕の立つヤツだった。そいつが、通信機を直せないと抜かす。
「なにぃ〜〜? お前、タイムマシンでもパパッと直せるじゃないか! それがお前、こんなパソコンみたいなやつにサジを投げるのかよ!」
「吉村……こいつは私の手に負えません。いや、むしろ本部会議で議題に上げるべき大事かもしれません」
「本部会議で? なんで?」
「この通信機は壊れてないんですよ」
「壊れてないって……じゃあなんで2010年代にいるマシーナリーとも子やたか子さんと連絡が取れねーんだ?」
「シンギュラリティの通信機が相対時間差補正を使っているのは知ってますね?」
「はあ?」
いきなり専門用語を使ってきやがった。これだからエンジニアって奴らは困るぜ。私をケムにまこうってのか?
「いんや、全っ然わからん」
「……タイムマシンというのは対象を異なる時間へ放り込む装置です。これは問題ありませんね?」
「そりゃまあ……理屈は知らんけどそうなんだろう」
「ではなぜ、過去の時代に飛んだサイボーグと通信が出来ると思いますか? あなた、昨日の昼の自分と会話しようと思ってできますか?」
「いや……できねえ」
「そう。普通はできない。時空間通信機はそれを相対時間差補正を使うことで可能にしているのです」
「なんだそりゃ」
「あなた、2010年代に飛んだマシーナリーとも子たちと会話してておかしいと思うことはなかったですか?」
「まどろっこしいな、何が言いてえんだよ」
私はだんだんイライラしてきた。結論から言ってくれ!
「……例えば自由に過去や未来と通話ができるのなら、2019年のマシーナリーとも子から通信が来た次の日、2015年のマシーナリーとも子から通信が来てもおかしくないと思いませんか?」
「あ……」
そういえばそうだ。考えてみたこともなかった。
「で、実際にそういう時間軸があべこべに通信を受けたことってあった?」
「な、無い……言われてみれば。向こうもこっちで時間が進んだぶん、なんとなく時間が進んでるみたいで……」
「それが相対時間差補正よ。この通信機はタイムマシンで過去に飛んだ者たちに紐付けして過去につながる。そしてこっちとあっちの話すことで矛盾が起きないように、両方の時間軸を繋ぎ、なんとなく補正してくれるんです」
「わかったようなわからんような」
「まあ、過去と電話線を繋げているようなもんと思ってください」
「ふーん。で、通信ができないってのは?」
「相対時間差補正が切れたことを意味しています。時間と時間のあいだに、なんらかのイレギュラーが生じて時空連続体がおかしくなっています」
「はあ……そんでどうすればいいの?」
「わかりません。これは電話線が一本切れたみたいな気楽な事故じゃないのよ吉村。宇宙レベルで時空が乱れているの」
「じゃ、どうしようもねえのか? 通信はできない? タイムマシンは?」
「タイムマシンはおそらく普通に使えるでしょう。通信機が電話線で時間を繋げるようなものとするなら、タイムマシンは特定の時間に荷物を落っことすようなものです。そこで時間の連続性は重視されません」
「理屈はわかんねーけど物資やロボを送ることはできんのか?」
「まあ、基本的には」
それから軽くタイムマシンの整備をして原田は帰っていった。さてどうしたもんか。過去へ相談することもできなければ向こうから補給の連絡を受けることもできないってわけか。
私はしばらく悩んだが、すぐに嫌になり、とりあえずしばらくは困らないであろう物資をタイムマシンに詰め込んで気持ち後ろ目の日時を指定して過去に送る。そして知り合いで唯一本部会議に顔が聞きそうなシンシアにメールを送り、ホワイトボードに「直帰」と書いてシンギュラリティホールを出た。
前澤と鎖鎌にゃ悪いが、今日はもう閉店だ。こんな時はあの店で飲んだくれるしかない。
***
「はぁ……」
「ンググ、ガァウ」
左腕のセベクが唸る。口にするのはワニ語だが、セベクの言いたいことはすべて伝わってくる。お腹が空いているのだ。私は冷蔵庫から骨付きの鶏モモ肉を2本取り出すとセベクの口に放り込んだ。
(ツバメ……動かぬのですか)
ヌッとミス トルーが顔を出す。
「ええ……。あのマフィアがいる以上、シンギュラリティのアジトには容易に近づけませんし、そもそもタイムマシンがあそこにあるかどうかもわかりませんし」
(サイボーグすら容易に挽き潰せるあなたがそこまで警戒するとは……よほどの実力者なのですね。そのマフィアは)
「ええ……まあ」
実力者っていうか怖いんだよなあ。圧倒的に。
「でも……マシーナリーとも子がこの時代にいないのならタイムマシンを手に入れない限り私の目的は果たせないということですよね……」
(ま、気張らずどうぞのんびりしてください。あなたに本徳を纏わせるというひとまずの目的は果たせました。あなたのことはN.A.I.L.の食客として扱っています。我々の仕事を手伝う必要もないんですよ)
「はぁ……。しかしそれじゃあんまりにも」
(なーに、私だって狙いがあってあなたに協力しているのですよ。私はあなたに、2010年代に行ってもらえればそれでいい。歴史に介入するためにね。その日まではゆっくりしていてください)
「はぁ……」
(それより、セベクといっしょで不自由してませんか。サイボーグが闊歩する池袋とはいえ、ワニを身につけた女性は目立つでしょう)
「そうですねえ……。昨日もブリティッシュパブに行ってみたんですが、めちゃめちゃ見られましたよ」
(そうでしょう。そのうち住民たちも見慣れるでしょうがいまは気になるでしょうね。どうです? あなたのような人たちが集うバーがあるんですよ)
「私のような?」
(まぁー広い意味で、ですよ。もし暇を持て余しているなら行ってみたらどうですか? 新しい友人ができるかもしれませんよ)
そう言うとミス トルーはショップカードを取り出した。店の名前は……。
***
ランダム。池袋西口の狭い通りにひっそりと設けられた地下への階段。そこを降りるとその店はある。バズーカの直撃でも防げそうな分厚い鉄の扉を開けると、地下とは思えないほど高い天井に驚かされる。ビルの1階には入り口がなく、地下から地上2階まで吹き抜けという構造なのだ。
なかで飲んでいるのはサイボーグやドロイド、ドラゴンといったイモータル、宇宙人や地底人といった亜人。いずれも人類の影に隠れこの惑星を拠点としている種族だった。
店の中央のカウンターに向かい、小銭を出す。
「エールを」
「ホッピー」
隣から同時に注文した奴がいる。なんとはなしに顔を向けて、私は驚いた。
***
エアバースト吉村とワニツバメは思わぬところで目が合って固まった。数日前に殺し合ったばかりの仲だ。忘れるはずもない。
「「ドワーーーーーッ!!!!」」
互いに大声をあげて飛び退る。距離が開いたかと思うと間髪入れずにファイティングポーズを取る。ワニが咆哮をあげて威嚇する! エアバースト吉村は冷や汗をかいた。なにせこのあいだは4人がかりで手玉に取られたうえに、いまのワニツバメは本徳の力まで得ているのだ。無事にここを出れるか?
「お客さん……。店んなかでケンカは困りますよ」
バーテンのドラゴニュートがエールとホッピーをドンと置きながら釘を刺す。
「む……」
「それは……」
ふたりは殺気を削がれグラスを受け取る。と、周囲からの視線に気付いた。現在地球上でもっとも支配的な勢力を持つシンギュラリティと、多くの亜人を滅ぼしてきたN.A.I.L.は恐れられ、あるいは恨まれている。こんなところで店から出禁にされるようなことをすればドサクサに紛れて袋叩きにされるかもしれない。
戦っても負ける気はしないが、今日はあくまで酒を飲みにきたのだ。余計な諍いは起こしたくない。
吉村とツバメは同時に判断すると、ひと席開けてカウンターに座った。今日は休戦だ。
***
「それでおめぇー、なんなんだよぉー」
ホッピーのナカを3回おかわりしてすっかり出来上がったエアバースト吉村はワニツバメに絡み始める。警戒してワニがガウガウとアゴを上下させる!
「なに、とはどういうことです?」
「アタシたちになんの用があるかって聞いてんだよぉ~」
「用もなにも、私たちとあなたたちは敵同士でしょうが。殺しに来てるんですよ」
「ふぅ~ん。なんで?」
「なんで?」
それまで吉村を適当にいなしていたワニツバメだったが、予想外の質問で虚を突かれて思わず顔を向けてしまった。ロボットのくせに酔っ払って前後がわからなくなってんのか? とも思ったがその顔は赤くはなっているものの、まだ目の焦点まではボケていないようだった。口調もギリギリしっかりしている。
「アンタたちシンギュラリティもいっぱい人類を殺してるでしょうが!」
「まぁそれは、そうだけど」
「殺されたら殺し返しますよ私達も」
「そうなの?」
「そうなのお????」
思わずオウム返しをする。本来怒るべきところなんだろうが、あまりにも要領を得ない返事に怒りも湧いてこない。
「まあ待て。待て、待て」
サイボーグは私のに手のひらを向けて「待て」のジェスチャーをするとホッピーの瓶を手に取る。
「このホッピーが……私たちシンギュラリティだ。そして……」
ゴトリと音を立ててドラゴニュートのバーテンがナカのジョッキを置く。ここのホッピーはナカが多めだ。ジョッキの7割ほどまで注がれている。
「このナカが……人間だとするだろ。そんでもって……」
サイボーグがホッピーをナカに注ぐ。ふたつの色が混ざりあって黄金色の酒となっていく。
「私達が……ガンバると……こうなるわけだ」
「……はぁ……」
ツバメはホッピーをじっと見ていた視線をおそるおそるエアバースト吉村に向ける……。彼女はじっとツバメの目を見ていた。
あまりにも自信のある目線にツバメはふたたびホッピーに目を戻す。ただのホッピーだ。おそるおそるエアバースト吉村に目線を戻す。彼女はまだじっとツバメを睨んでいた。ツバメは不安に眉毛をハの字にさせ、蚊の鳴くような声を絞り出した。
「あの……これがいったいなんだと……」
「あのぉ~~」
後ろから新しく話しかけてくる声に吉村とツバメは振り向いた。
そこにいたのはゴツゴツしたタコのような……昔のSF映画のような宇宙人だった。
***