マシーナリーとも子ALPHA 〜寿司の進化篇〜
「よ〜しよしよしよしよし、かわいいかわいい」
「……」
「よしよしよし……」
池袋、改装が終わったばかりの公園。天気は快晴。気持ちのいい日和であった。だがそこには異常な光景が広がっていた。道ゆく人々に緊張が走る。彼らの横目を集めて逃さない者。公園の真ん中でよしよしと腕の中の物を愛でている者……それはシンギュラリティのサイボーグ、マシーナリーとも子だった!
なぜとも子が注目を集めているのか。彼女が殺人サイボーグだからだろうか!? いや、今回に限ってそれは違う。周囲の人々の奇異の目線を集める腕の中のもの、それは一般的なネコほどのサイズと化したネギトロ軍艦寿司であった!
***
「なんかこう……かわいい相棒が欲しい」
「ああ? なんだって?」
マシーナリーとも子がうわ言を吐くのでジャストディフェンス澤村は思わず聞き返した。
「急にどうしたんだよマシーナリーとも子。らしくないぞ! かわいいものを求めるなんて」
「いや、どっちかというと私はかわいいもの好きな方だろうがよぉ〜! お前、私のことをなんだと思ってんだ」
「なんで急にそんなこと言い出したんだよ」
「いや、かわいいちっこいものっていいじゃん。犬とか猫とか」
「猫なら私が外歩いてると付いてくるじゃん」
「まあそうなんだけど飼い猫ってわけじゃないじゃん? いつも側にいる感じのよぉ〜、ちっちゃくて頼りになる相棒がさぁー、いると締まるよなって思ったわけ」
「難しいこと言うなオマエ」
その時である!
「とも子くん……とも子くん……」
マシーナリーとも子の胸元から声がする! これは一体!? ほどなくして胸元から黒いシルエットが勢いよく飛び出してきた! それはマシーナリーとも子の顔の側で止まり、震えた……。それはネギトロ軍艦寿司! マシーナリーとも子のスレーブユニットだ!
「とも子くん、君のかわいくて頼りになる相棒なら僕がいるじゃないか」
「ネギトロ……。確かにお前は頼りになる相棒だけどよぉー、寿司ってかわいいか……? いや、かわいいこたあかわいいが、お前はいくらなんでも小さすぎるぞ。かわいいっていうよりは一口サイズじゃねえーかよ」
「大きくなればいいんだろう?」
「大きくなるってどうやるんだよ」
「酢飯と……ネギトロを用意してくれないか」
***
「おぉーよしよしよし、かわいいかわいい」
あとはお分かりだろう。ネギトロは、シャリとタネを増量し、新たに大きく切り出した海苔をまとって巨大化した。そのサイズはまるで猫のごとし! そうしてマシーナリーとも子は公園に出向き、ネギトロを腕に抱いてかわいがっているというわけだ。
「ふふふ、どうだいとも子くん。周囲の視線は」
「うーん、でかいお前は見た目から想像されるよりかは抱き心地がいいな。そこそこぬくいし」
「とも子くんっ! いまは君の感想は聞いてない! 周りの人類はどうなんだい!」
「正直なところドン引きだぞ。でかい寿司を抱いた女なんて不気味がって近寄ってこねえだろうがよ」
「うーん、そうかなあ。日頃の君の行いが悪いんじゃないかい?」
「そりゃあ人類どもは殺してるけどよぉ〜」
するとザワザワと周囲の人類が騒ぎ始めた。寿司に見慣れたのだろうか? いや違う、その視線は公園の入り口に注がれている。やってきたのはジャフトディフェンス澤村だ! 猫をたくさん引き連れている!
「よお、どうだよマシーナリーとも子ォ〜。ネギトロはウケいいか?」
「いまお前が連れてきた猫のせいで自信がへし折られそうだぜ。一応聞くけどお前、ここで人類殺したことあるよなあ?」
「あるも何も、今日も殺しに来たんだよ」
「ネギトロ、私の日頃の行いは関係ないみたいだぞ」
「ウゥーッッゥ」
周囲の人間たちが抗えず澤村の連れた多くの猫に引き寄せられはじめる!
「ううう……猫だ……」
「小さな女の子が猫を連れてきたぞ! なんてかわいさだ……」
「俺も猫に群がられたい……」
澤村は腕をぐるぐると回して気合を入れる。
「よぉーし! やるぞぉーっ!」
マシーナリーとも子がネギトロをあやす背後で殺戮が始まった! 公園を飛び交うビーム、グレネード弾、ミサイル! 公園は血の海だ!
「とも子くん……とも子くん!」
「なんだよネギトロ」
「家に戻ってくれ……! 答えがわかったんだっ!」
***
マシーナリーとも子は酢飯を作る。
「こんなもんかなあ」
「十分だよ。さあ始めてくれ」
「こんなんでちゃんと動くのかなあ」
「そこはほら、チップと、君の徳の力でなんとかしてくれよ」
「なんとかするよお」
***
今日も公園にマシーナリーとも子は立っていた。だが今日はその腕に寿司を抱いていない。腕は下ろしている。その右手にはヒモが……リードが持たれていた。リード? いったい何を繋いでいるのだろう。あなたは視線をリードの先へと動かしていく……そこにあるのは四足歩行のシルエット! 犬だろうか!? いや違う。それは……寿司だ! ネギトロ軍艦寿司だ! だが脚が生えている! ネギトロ軍艦寿司は4本の脚をしっかりと大地に下ろし、公園の真ん中に立っていた……ネギトロ軍艦寿司ドッグ!
「どうだい、愛らしいだろうとも子くん」
「うーーーーん、認めたくねえけどそこそこ愛嬌があるなあ」
「その割に周りの人類の食いつきが悪いようだけど……」
「私と同じで戸惑ってんじゃねえかなあ。いまのお前確かにかわいいけど寿司は寿司だし寿司はリードに繋がれて地面を歩いたりしねえよお。っていうかでかいんだよ」
「軍艦なんだからでかくてもいいじゃないか!」
「言葉の意味を拡大解釈するじゃねぇー」
マシーナリーとも子が公園を寿司と散歩する。ヘンな光景を自らが作り出しているという自覚はあるものの、不思議と心休まるひと時だった。
「あっ! マシーナリーとも子!」
聞き覚えのある声だ。声のした方を振り向くとひと目でわかるその異様な姿。左腕にワニを備え付けたバイオサイボーグ、ワニツバメがそこに立っていた。
「毎度毎度言うようですがここであったが100年目! 覚悟してください!」
「ワニよぉ〜、お前さ、ワニが腕についててヘンに見られることってない?」
「いきなりなんなんですか? 腕にマニ車つけたロボットがどの口で言うんですか?」
「見ろよ。いま私、寿司の散歩してるんだよ」
「ああ?」
ワニツバメがとも子の足元を見る。四足歩行のネギトロ軍艦寿司が、フリフリと身体を振った。ネギトロが揺れる。それを見てワニもガウガウと身体を揺さぶった。
「なんで寿司を連れてるんですか?」
「寿司自体はいつも連れてんだよ。ただ、本人の気まぐれで今日は四足歩行なんだ。変かな? かわいいかな?」
「ふぅーむ……」
ワニツバメは考え込んだ。
「よくわかりませんが……あえてカテゴライズするのなら……ヘンとかかわいいとかって言うよりは……」
「言うよりは……なんだ?」
「……なかなかCOOLなんじゃないですか?」
「……」
一応褒められているのだろうか。マシーナリーとも子は釈然としない気持ちになった。こいつそういえば日本人じゃなかったし寿司ってだけで無条件でかっこいいと思ってないか?
「なんでもいいです! 食らえパワーアップしたバリツデスロールをうわべっ」
ワニツバメが回転し始めようとしたその刹那、ネギトロ軍艦寿司ドックが勢いよく体当たり! ワニツバメを吹っ飛ばした!
「んぎゃーっ!」
「あーあー……」
まだ徳が足りてねえな、とマシーナリーとも子は思った。
「ネギトロ、やるじゃん」
「どうだいとも子くん。僕はかわいいだけじゃなくて頼りになるだろう」
「頼りになるのは知ってるってんだよ。あーあ、じゃ、充分散歩したし帰るか」
マシーナリーとも子とネギトロ軍艦寿司ドッグは家路に着く。酢飯の匂いがプンととも子の鼻腔をくすぐった。心地よい、甘い香りだった。
***