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マシーナリーとも子EX ~穿つ刺繍篇~

「白々しい?」

 腕にデジタルミシンを取り付けたサイボーグ、ラウンデル絹枝はまたも歯を剥き出しにしてニヤリと笑った。その歯はトラバサミのようにギザギザになっており、なおかつキレイに噛み合いあっている……。人間のそれとはまったく異なる歯並び! それは監視対象を威嚇するために改造された彼女のオーダーメイドトゥースなのだ!

「相変わらず不気味な歯……」
「不気味とはご挨拶ゥ。りんごちゃん、君と食事をしたことはあったかな?」

 絹枝はわざとらしく首を傾げてみせる。ドレッドノートりんごは、この絹枝の演技っぽい所作が嫌いだった。これも監視対象を抑え込むためのテクらしいが、りんごのように物怖じしないサイボーグにとっては不快なだけだ。

「……食事? するわけがない。私が、あなたと? どんなお店を奢られてもごめんだよ……」
「この歯なものでね」

 絹枝はカパリとその口を開けると上前歯の裏を人差し指でさすってみせた。

「臼歯にあたるものが無いでしょう? だから食べ物をすり潰すのが苦手でね……。どうなると思う? りんごちゃん」
「知らないし、どうでもいい……」
「何度も何度も歯を開け閉めきて細かくカットしなきゃ食べられないんだよ。だからどうしても口を開けて食べなきゃあならないんだな。口を閉じてモグモグってのもまあ……頑張ればできないこともないんだけどホラ、この噛み合わせだから」
「なにが言いたいの……?」
「だからりんごちゃんをお食事に誘いたくてもさあ、こういうスタイルだとすごく顔馴染みとかでもない限りは入れなくてさあ、なかなか不便してるんだ」
「いいから用件を言って!」

 りんごがピシャリと言い放ち、流石に絹枝も黙った。絹枝はこれまたわざとらしくため息をつくと、それまで空回りさせていた糸車をミシンに装填し、カタカタとタオルに刺繍を始めた……。プリントアウトだ! B5ほどのサイズだったタオルには、またたくまにビジネス文書が刺繍されていた……。

「これが君の砲撃規制の規約書だりんごちゃん。読み上げてみせようか? 本徳サイボーグ、ドレッドノートりんごはいかなる理由があっても、その連装主砲塔、単装砲から実弾及び徳のエネルギービームを放ってはならない……。然るべき許可が本会議から下りるまでは。改めて、わかっているね?」
「何が問題?」

 絹枝は今度は歯を見せず、唇を尖らせてフフフんと笑った。

「君、我慢し続けられるのかい? 今日も撃ちたくてウズウズしていたでしょう。第一、禁止されてるんだから別に武器でも使えばいいものを、君はそのキャノン砲にこだわり続けている」
「……マヌケなの? これは私のマニ車。これが回らなければ私は死ぬの……」
「だったら回すだけでいいでしょう。ほかに携行武器でも持ちゃあいい話です。同僚の大砲をベタベタ触ってるのも見たよ」

 手持ち無沙汰なのか、絹衣はりんごの周囲をぐるぐると回り始めた。りんごはそれを鬱陶しそうに目の端で追う。

「……慣れない武器を使うのは趣味じゃあない」
「私が何を言いたいかわからないの? りんごちゃん」
「あなたのことはなにもわからない……」

 りんごの背後に回っていた絹枝は、ぬるりとりんごに密着するとその両肩を掴み、右肩の上に顎を置いた。

「私は君を心配しているんだよりんごちゃん。いつまでもその武器の使用が君の頭からは抜けていない。いつか……その大砲を回すだけでは倒せない敵が現れたとき、君はそのコルクの栓を抜くだろう。それが私には心配なんだよ」

 ねっとりと話す絹枝に対し、りんごは本当に嫌そうに首を傾けた。

「そしたら君を粛清するのは……遺憾ながら私の役目だからねえ」
「……ひとつ確認していい?」
「なんだい?」
「コルクを抜いただけというのは粛清対象になるの?」
「なんだってそんなことをする?」
「もうずいぶん手入れをしてない……。砲身のなかを掃除したいの」
「正直お薦めはできないが……。外すだけなら対象にはならないよ。心配しないで」
「……それを聞いて安心した」

 りんごは背中で絹衣を突き飛ばすようにして歩き始めた。もう釘を刺すのも十分だろう。

「……絹衣。ひとつ言わせてほしい……」
「りんごちゃんから話を振ってくれるなんてうれしいじゃない。なんでも言って」

 りんごは絹枝がまだ手に持っていたその書類を指さした。

「その自慢の刺繍の書類だけど……」
「うんうん」
「……読みづらいし無駄が多い。私の仲間にはプリンターがついてるサイボーグがいる。そんな書類を見せびらかすのはやめて……」
「はぁ?」

 そう言うとりんごはつかつかと歩いていった。事務所とは逆の方角だった。とくに目的があったわけではない。絹枝から距離を取りたかっただけだ。とはいえ……そんなことには何の意味もないのだが。なぜならラウンデル絹枝は、四六時中どこかでドレッドノートりんごのことを監視しているのだ。文字通り。片時も目を離さずに。
 絹枝は白々しくりんごに駆け寄ってくる。なにやら自分の刺繍の能力をアピールしているようだが知ったことではない。こちらに歩いていく意味はないということも絹衣にはわかっているだろう。それでもりんごは歩いた。この気に食わないサイボーグに少しでも反発の意思を示すために。

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マシーナリーとも子
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