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マシーナリーとも子EX 〜上野の羊串篇〜

 香ばしく焼けた肉に、驚くほど赤いスパイスをこれまた驚くほどかける……いや、もはやまぶすといった領域まで振りかける。意を決して口に運ぶと、スパイスは見た目と比べてほとんど辛くなく、肉の脂と溶け合ったホワッとした香りがダークフォース前澤の口と鼻腔のセンサーに充満した。

「なるほどこれは確かに……うまい!」
「だろう?」

 向かいの席でサングラスの女がニコッと笑う。十数分前に出会ったサイボーグ、ターンテーブル水緑だ。

「うおおっ、そして! この風味が……このよくわからんお酒と合う〜!」

 前澤の隣ではパワーボンバー土屋がグビグビと酒を飲んでいた。前澤は午後休とはいえ迷わず酒を頼むその姿に少し呆れたが、羊串を食べた今となっては少し羨ましくなってきていた。

「ホースヘッドから仕入れてる酒だそうだ。ちょっとクセがあるけどハチミツとジントニックを足したみたいだろう」
「ハチミツ? というよりなんか……この後味は……カニ?」
「カニィ?」

 前澤は水緑のサングラスがずり落ちたように見えた。羊肉を飲み込むと会釈しながら話を始めた。

「改めて……水緑さん、先程はありがとうございました。実際返答に困ってたんです。なんて返してもその……軽んじられるような気がして」
「実際答えなかったのは正解だったなダークフォース。ここの連中がなにより重視するのはメンツだ。実際あの親父も悪気があって聞いたわけじゃないだろうが、答えようによっちゃオタクらかなりナメられてたぜ」
「やっぱそういうもんスか?」
「シンギュラリティの常識では考えられないほどにそうだね。それは元々この地域に根付いた文化とも言えるし……多様な種族が住んでいることも関係している。ケンカの強い弱いじゃないぜ? ヘマをこくやつかどうか、なのさ」

 水緑がマントのようにぶら下がった銃器を押し上げるように腕を出し、羊串を手に取る。前澤は時たま、まるで赤ん坊の頭上で回るおもちゃのようなその武器たちをじっくり観察していた。すべての武器は2丁ずつ、左右対称になるようにぶら下げられている。徳ビームキャノン、中東感のあるアサルトライフル、4連装ロケットランチャー、開放式レールガン、宇宙パルスライフル、フォトントーピードランチャーと言った具合だ。
 前澤と土屋は、水緑に引っ張られるように地底人の店を立ち去り、地下街の中心にあるフードコートに来ていた。途中、いくつもの店の店主や地下街を歩く亜人たちとすれ違ったが、伴うものが異なるだけでこうも違うものかと前澤は驚いた。さっき土屋と前澤の2機でこの地を歩いていた時は、道ゆく亜人たちは良くも悪くも無関心だった。目線を向けず、時たまボーッとしたやつにぶつかることもある。階段を降りようとしたら途中で突っ立ってタバコを吸ってるガーゴイルがいたので咳払いを出したりもした。ガーゴイルは申し訳なさそうな素振りも見せず、ブスッとしながら道を譲った。
 だが水緑が隣にいるとどういうことか。すれ違う者たちは会釈を返し、自ら身を潜め大して広くない道を空けた。中にはギョッとした表情をする奴もいたが、そいつらも目をそらすことなく会釈や愛想笑いを返した。ある意味で部外者であるこのサイボーグに対してだ。

「水緑さんは……偉そうな言い方になってしまうかもしれませんが、ここでうまく立ち回ってるようですね」
「それが仕事だからな。シンギュラリティがナメられたらおしまいさ」
「ナメるナメないと言うより……連中は怖がってるようにも見えましたが」
「ナメられないってのは乱暴に言えば怖がられることだからね。他にどんな方法があると思う?」
「えぇーっと……仕事がすごくできる、とか」
「若いねえ。間違っちゃいないが50点だ。ただ仕事がすごくできるやつってどうなると思う?」
「えぇ……。いい奴だなって思われるとか、尊敬されるとか……」
「若いねえ」

 土屋がグッとグラスを垂直に傾け、どこかの星雲だかの酒を飲み干した。

「はーっ! じゃ、じゃあどうなるんですか? 仕事ができるだけのやつって」
「やっぱりナメられるのさ」
「仕事ができるのに?」
「そう。周りから、厄介ごとが起きたらアイツにやらせておけばいいと安く見られるんだ。それってナメられるってことだろう」
「じゃ、どーすれば……」
「仕事ができて、怖がられる。これが100点の答えだ」
「怖がられてるだけだと?」
「その時は捨てられちまうのさ。だから仕事ができるってのも必要条件ではある」
「なるほどねえ……」

 水緑はガタと立ち上がった。

「どーして私が怖がられてるか、わかるかい?」
「わかりません」

 前澤が素直に答えると水緑はターンテーブルに据え付けられた銃を一斉に展開し、テーブルを回転させた。

「私を怒らせるとね……敵味方問わず、周りをメチャメチャにしちゃうからさ」
「ウワーッ!」

 水緑が武装を展開させたのを見て店主のワーム型宇宙人が血相を変えて飛び出してきた。

「水緑! やめてくれ! 先日新しい調理器具を揃えたばかりなんだぞ!」
「悪い悪い、珍しくかわいい後輩たちが来たもんではしゃいじゃってね。撃つつもりは無いよ。脅かしたね親父」
「勘弁してくれよ……」

 ワームは器用にお尻側の身体でタオルを保持して頭部の汗を拭き、厨房に戻っていった。なるほどこういう感じなのか。

「……で、今更だけどアンタら何しに来たの? 取引?」
「や、私的な買い物です。私の武器を買いに来たんです」
「目当てあんの?」
「モノは見て決めようと思うんですけど店は目星つけてまして……“ザクロ"ってお店を紹介されたんですけど」
「ザクロォ? マニアックなお店だな」
「上司から紹介されまして……変な店ですか?」
「少なくとも、上野で武器を買おうってときにわざわざ最初に行く店じゃないと思うけど……オーライ、連れてったげる」
「それはありがたいですけど……いいんですか? 水緑さんの仕事は?」
「上亜商で揉め事が起きないようにするのと、シンギュラリティに利益をもたらすことが私の仕事だよ」

***

「……確かに変な店ですね」
「なにこの写真?」

 土屋が地下街の壁にポツンと現れたそのドアの、ちょうど目の高さにセロテープで荒々しく貼られた写真を指さす。

「なんかの果物かな?」
「それはザクロだ……。看板代わりってとこだな」

 その壁にはドアしかなく、中が覗ける窓も、客を誘う看板やPOP表示もない。ザクロの写真が貼られたドア。ただそれだけが孤独に壁に張り付いていた。

「こりゃあ一見さんお断り感がすごいな……ノックした方がいいんですか?」
「別に……店なんだから勝手に開けていいぞ。邪魔するよっ」

 言い終わらないうちに水緑がドアを開けて身を中に滑り込ませる。前澤と土屋も一瞬互いの目を見てから意を決して中に入る。

「いらっしゃ……なんだ、客かと思ったら水緑さんかい」
「ご挨拶だねえ、客を連れてきてやったってのにさナリタ」
「え、これは……」

 ケーブルや水槽、謎めいた段ボール箱に囲まれて店の中心に座る男を見て前澤は驚いた。明るいオレンジの肌、頭皮を包み込むように生えた髪の毛、ヒューマノイドタイプの骨格。身長170cmほどの大きさ。そして何より日本語のイントネーションと特徴的な耳障りさを持つ声質……。

「……人類? ですか?」
「そうだ。文句あるかサイボーグ」

***

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マシーナリーとも子
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