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マシーナリーとも子EX 〜溶ける家篇〜

 池袋山本ビルディングを所有する不動産屋の社長。そのスーツを、皮膚を破って内部からキチン質が飛び出す。事務所を磯の匂いが満たす!

「ゲオオーーーッ!!」

社長の内部から出てきたのは巨大な甲殻類だった。凶悪なハサミももちろんだが、それ以上に目を引くのは下半身を納めた巻貝だ! その表面はカキのように幾層にも波打ち、無数のエッジが触れるものすべてを傷つけようと光沢を放っている。それがドリルのように巻かれ、ところどころから鋭いトゲまで生やしている! なんと強烈なフォルムであろうか。その醜悪さは、本体が持つハサミの迫力を無にしてしまうほどであった。

「ふん、不動産屋の社長がヤドカリか……。アトランティス流の人類ジョークですかね?」
「ゲオオーーーッ! 侮辱! 私は全海でももっとも物件への造詣が深いのだっ! これは適切なる魚貝事!」
「確かに……我らシンギュラリティに先んじてパワースポットを手中に収めたその手腕は認めましょう」
「やれーっ! 貴様ら!」
「ギョーーーーーッ!!!!」

 ヤドカリ社長の合図とともに周囲の黒服たちがその正体を表す! カニ、エビ、ザリガニ、ロブスターなどの甲殻類たちだ! 

「来たわね……!」
「やるわよたか子!」

 カシナートさなえとネットリテラシーたか子が身構える! マシーナリーとも子はアイアンネイルの小指でハナクソをほじっていた。
 甲殻類が飛びかかる! さなえのフードプロセッサーが、たか子のチェーンソーが獲物を求めて唸る! だが臨戦態勢を取った二人を遮るようにますみが腕を伸ばした。

「ますみさん……?」
「ほほ、不要です。今日からこのビルは私たちのものになるのです。あなた方の回転体で事務所をエビカニ臭くされるのはごめんですよ」

 ますみはにっこりと微笑むと、飛びかかってきたエビの下半身に向けて鋭くタックルを決めた。

「エビッッッ!?!?!?」
「ぬぅぅぅぅー!!!!」

 ミスミスミスミスミスミス……!
 ますみはエビの尾をしっかりと掴むと、ハンマー投げの如くエビを振り回す! 柔道の奥義のひとつ、ジャイアントスイングだ! 

「カニーッ!!!」
「ザリーーーッ!!!!!」

 遠心力が乗ったエビの回転で次々と甲殻類が薙ぎ倒される! ジャイアントスイングは一対多の戦いのために編み出された広範囲柔術! 敵の身体そのものを武器として振り回す事で効率よく敵全体にダメージを与えることが可能な投げ技なのだ! そしてエビを振り回す事でますみの身体のマントラが詠まれ、徳が高まる! 高まった徳で海面がさらに加速しマントラを詠まれる速度も加速する! その勢いは乗算的に次々と増えていき、やがて掴んでいたエビを粉微塵に粉砕した!

「エビーーーーーっ!!!!」
「あーあ……もう壊れてしまいましたか」

 ますみが指先に残った羽状のエビの尾を捨てる。その周囲には殻を砕かれ痙攣する甲殻類で満ちていた。

「おのれ……!」
「来なさい」

 ヤドカリ社長がいきりたつ! ますみは不敵に微笑み天地上下の構えを取った! 攻防に優れる柔道の奥義だ!

「いつ見ても見事なものね、ますみさんの技は」
「ええ、そうね……」

 ますみの見事な柔術にさなえは高揚する。だが、その横でたか子は冷めた目線を送っていた。

***

 はじめてますみの技を見たのは何年前だっただろう? 最初はその鮮やかな技に驚いたものだった。その名の通り豪のなかに柔らかさを持ち、相手の力や体重も攻撃の力へと昇華する。その軌道は美しく、またますみの徳の性質にも合っていてたか子はその合理性に舌を巻いたものだった。
 だが見る回数を増すごとに、たか子の中には疑問が渦巻いていた。技というのは力の無いものが力のあるものに対抗するために扱うものでは無いだろうか? 力のあるものなら、技に頼ることは不要なのでは無いか?
 シンギュラリティのサイボーグは地球最強の生命体である。なぜますみは格下の生物相手に鮮やかな柔術を持って対抗するのだろうか。サイボーグならそんな小細工は必要ないはずだ。必要以上の力を持って相手をねじ伏せることは……徳が低いのでは無いか?
 たか子のその疑問が、ますみそのものへの疑念へ変わったのは今回の池袋掌握に先立ってますみが行った時空改変のミッションだった。シンギュラリティへの乱数調整のため、手始めに日本の国力強化が必要とみたタイムマシン技師たちの予測に則り、ますみは明治時代へと飛び、日本の近代化へと誘導工作を行った。その中でますみは嘉納治五郎なる人類と接触し、自らの技術を授けたのだという。富国強兵のため、技を人類に身に付けさせるというのはわかる。だが自らが創り出した技術を継承させるのは行き過ぎでは無いのか? 先に抱いていた技への違和感とこの行動が結びつき、たか子はこのような結論を得た。ますみは、人類に想定以上の力を身に付けさせようとしている。なんらかの狙いを持って……。
 このことを作戦立案者の一機であるドゥームズデイクロックゆずきに伝えたたか子だったが、部分的な同意を得つつもシンギュラリティへの敵対的行動とは見做せないと返された。それは確かにそうなのだろう。しかし……。
 それからと言うもの、たか子はますみの一挙一動に違和感を覚えずにはいられないのだった。それは今、アトランティスのエビを振り回していたのを眺めていた時もそうだった。

***

「死ねーっ! サイボーグ!」
「ふふ……私が生み出す回転に飲まれなさい!」

 ますみがさっと巻貝に手を伸ばす! 狙うは柔道屈指の殺人技、山嵐だ。嵐の如く敵を回転させ、床に叩きつけるこの技を浴びせればヤドカリのボディも、貝もひとたまりもなく、無惨にモツを広げることだろう。ますみの手が力強く巻貝の表面を掴む! だが!

「むうっ!?」

 ますみがとっさに手を引く。その手のひらは……ズタズタに傷ついている! これは!

「ガハハーッ! 見たか私の家の堅牢さを!」

 巻貝の表面の無数のエッジが、ますみの手のひらを傷つけたのだ! 

「くそッ……それならば!」

 ますみは素早くヤドカリ社長の本体を掴む! 巻貝から引き摺り出しながら投げ飛ばそうというのだ! しかし!

「むうっ!?」

 痛い! ズタズタに切り裂かれた手のひらに鋭い痛みが走り、ますみは素早く後ずさった! この傷ついた手では投げ技が仕掛けられない!

「ガハハーッ! ザマアミロサイボーグ! お前のちょこざいな技などアトランティスの堅牢な生命力の前では無力よーっ!」

 笑いながらヤドカリ社長の巻貝から突き出た凶悪なトゲがロケット弾の如く発射され、ますみの右肩を貫いた!

「うわーっ!」
「ますみさーん!!」

 ますみはそのまま壁に叩きつけられうずくまる! リーダーの戦闘不能を見て取ったさなえはヤドカリ社長に飛びかかった!

「おのれ……かき回してビスクにしてあげるわ!」

 カシナートさなえの両腕のフードプロセッサーが殺人的加速を行う! だがヤドカリ社長も負けじと巻貝をドリルのように回転! ミサイルの如くフードプロセッサーに向かい飛び込んだ!

「何ぃ!?」
「ガハハーッ!!」

 鋭い音が響き、さなえのフードプロセッサーの刃が粉々に破壊された! 硬度、加速度、刃に対する当たりの角度などことごとくが不利な攻撃! 狼狽するさなえの腹に、ヤドカリ社長本体のハサミバックナックルが炸裂する!

「うわーっ!」
「さなえーっ!」

 さなえはそのまま壁に叩きつけられうずくまる! 親友の戦闘不能を見て取ったたか子はヤドカリ社長に飛びかかった!

「チェーンソーのサビにしてあげます……!」
「ガハハーッ」

 たか子の腕のチェーンソーが凶悪に稼働しながらヤドカリ社長の巻貝に浴びせられる! だがその瞬間、ヤドカリ社長は器用にチェーンソーと逆方向の回転を巻貝に与えた! 回転と逆回転が合わさり、チェーンソーは滑るように外される!

「何ィ!?」
「ガハハーッ!」

 たか子の腹部にヤドカリ社長のハサミが迫る! 危ない!
 だがそのとき! 巻貝の側面が突如爆発し、ヤドカリ社長は吹っ飛ばされた!

「ゲギャーッ!」
「この攻撃は……マシーナリーとも子!?」

 たか子が目を走らせる! そこには背部グレネードランチャーの砲口から硝煙をくゆらせ、死んだエビをむさぼるマシーナリーとも子が立っていた!

「なんで一機ずつ順番にやられてるのかねーみんな」
「あんたこそ今の今まで参戦にボケッとしてたでしょうが!」
「ガハハーッ!」

 吹っ飛ばされたヤドカリ社長が飛び上がって復帰する! グレネード弾が当たったのはあくまで巻貝だったので本体へのダメージは皆無!

「くだらん時間稼ぎをーっ! 次にやられたいのは貴様か! ブロンドの女!」
「時間稼ぎ?」
「そうだろうが! 我が堅牢な自宅には貴様の砲撃など通じぬ! 現に私はこの通りピンピンしてるわーっ!」
「そうかなぁ〜」

 マシーナリーとも子がニヤニヤと笑う。たか子はふと気づいた。エビやカニの匂いとは違う、異臭。ヤドカリ社長も遅れて気づいたようだ。

「なんだーっ!? この臭いは!?」
「てめーの自慢のお家だよ。お家」

 マシーナリーとも子が指を指す! とも子が砲撃を見舞った巻貝! その着弾時点がブスブスと粟立ち穴を開けている!

「なにぃーッ!」
「あ……そうか!」

 たか子はとも子のグレネードランチャーに目を向ける! 装填されている弾倉の下部はイエローにペイントされていた……硫酸弾!

「こういうのに便利なんだよな……こいつはよぉ〜」

 狼狽するヤドカリ社長をよそに、とも子が脚のキャスターをフル回転させ迫る!

「やっ、やめ」
「やめねーって」

 ヤドカリ社長が叫び終わる前に、とも子の貫手が巻貝開口部に突き刺さった。

「これでこの物件は私らのもんだなぁ〜。紹介ご苦労さん、不動産屋さん」

 アイアンネイルが抜かれ、部屋にまた新しいシーフード臭が漂った。戦いは終わった。

***

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マシーナリーとも子
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます