マシーナリーとも子EX ~煽る円卓篇~
ジリジリと羊肉が炭の赤い光を浴びて脂を落としていた。中華はついこの間食べたばっかりなんだけどなあと内心思いながらもエアバースト吉村は羊串をかじった。同席するのは上司である池袋支部リーダーのドゥームズデイクロックゆずき、悪友であり本会議に籍を置くシンギュラリティの上級幹部サイボーグ・ロンズデーライトシンシア。
「で、そろそろ教えていただけませんかい? なんでシンシアがロンドンくんだりから池袋に来たのか……」
ゆずきがよこしたビールを受け止めながら吉村は問いただす。つい1時間ほど前まで吉村はなじみの雀将荘で打っていた。柔道家の賭場荒らしと戦うためだ。柔道家は強く……というか姑息で、吉村は大変な苦戦を強いられていた。また負けてしまうのか……と観念しかけたそのときに突然現れて助け舟を出してくれたのがシンシアだ。勝負に勝つことはできたが、めったに顔を合わせることがないシンシアが急に現れたことには相当驚かされた。
「ウン……まあなにを隠そう、これはアトランティスの一件と絡みがあるんだな」
「アトランティスって……土屋と水縁が豊洲まで行ったアレですか」
吉村は水縁のニヤついた顔を思い出す。アイツ苦手なんだよなあ。ゆずきから酒を酌まれたシンシアが受け継いで話す。
「アトランティスという脅威について、シンギュラリティと上亜商は共同体制を取ることが決まったの。ゆずきがターンテーブル水縁を通して向こうのトップと話を通してね」
「その情報交換と、現地での情報収集のためにシンシアくんをはじめとしてシンギュラリティの幹部たちが数名池袋入りしてるのさ。魚たちは今の所日本でしか活動していないらしい」
「そりゃご苦労なこったな。なんかわかったの?」
「まだアンタと雀将しかしてないわよ」
シンシアは吉村の前に積まれていたせいろからシュウマイをひとつ摘んで頬張る。食っていいなんて言ってねーぞ。
そのとき、背後からカチャカチャとなにか金属や樹脂がぶつかり合うような音が聞こえ始めた。
***
「やあやあ皆の衆揃っているね?」
一同のテーブルに近づいてきたのはターンテーブル水縁だった。吉村とゆずきはそれぞれに表情を歪める。
「水縁……なぜ君が来た? 爀爀にはほかのヤツを寄越せと伝えておいたはずだ」
「なんでって、私は上亜商とシンギュラリティを繋ぐのが仕事だしね? あとみんな何かと忙しくてさあ。偶然私の手が空いてたから仕方なく来たってワケ。ボスからはすまないと伝えておいてくれと預かってきたよ。すまないねえドゥームズデイクロック! これでいいかい?」
上亜商の知らんヤツよりお前のほうがよっぽど信用ならないんだよコウモリ野郎が……! ゆずきは心のなかで毒づいた。
「エアバースト君もお見限りぃ。パワーボンバーは元気かい? なんでここにいる?」
「成り行きッスよ……。でもアンタが来るとわかってたら来なかったかもなあ」
「はは、笑顔が引きつってるぜエアバースト。歓迎してくれてうれしいよ。で、そちらのご婦ロボは……お初だね」
最後に水縁はシンシアにアゴを向ける。シンシアはグラスを置いて軽く髪を整えるとていねいな会釈を返した。
「ロンドンのロンズデーライトシンシアですわ。お噂はかねがね……ターンテーブル水縁さん」
「これはこれは! 本会議のサイボーグにお目にかかるとは光栄だあ。お近づきの印に、その素敵なネズミくんにチーズを差し上げてもいいかな?」
水縁はどこから取り出したのか穴あきチーズをシンシアの腕のハムスター……マントラ入り回し車を回すことで徳を発生させている……に与えようとした。だがシンシアは嫌悪感を顕にその手を引く。
「おや?」
「……結構です。彼らのエサは計画的に与えているの。予定にない食べ物を与えると却って健康に悪いわ」
「釣れないねえ。彼らが君の徳を生み出してくれてるんだろう? たまの贅沢くらいいいんじゃないかい? 特に今日の会合みたいなハレの日なんかはさ。節制しすぎは却って毒じゃないかな? さあお食べ」
水縁は構わずハムスターの鼻先にチーズのかけらを近づける! クンクンと鼻をひくつかせるハムスター!
「やめて!」
シンシアは水縁がチーズを与えようとしていた左手を振り払うと瞬時に立ち上がるとともにその肘を水縁の首に当てた。そのまま水縁とともに身体を半回転させると手近な壁に彼女を背中から叩きつけ……シャキッという音とともに回し車の側面からカッターを展開した。ロンズデーライトカッター! 地球で最も硬い物質で作られたカッターが、ハムスターの高速回転によっていま、水縁の首の薄皮を切り裂いている!
「それがあなたの手口? わざと相手を挑発して怒らせ、自分は飄々としてることでペースを握ろうと言う魂胆?」
「まっさか。それは悲しい誤解さロンズデーライト。私は距離感を掴むってのが昔から苦手でねえ。ついついズケズケと物申してしまうんだな。もっともこのやり方が上野では重宝されてたりするんだけどね……ところで、カッターをしまってくれないかい? 気のせいか私の首から血が出てるみたいなんだが……」
シンシアは水縁の顔を睨みつけるとドンと肘で押してカッターを展開した手首を引いた。
「アンタ、友達いないでしょ」
「そんなことはないよぉ! むしろ顔は広い方だと思うけどね? それにそこにいるドゥームズデイクロックとエアバーストも友達だしさ……」
「誰が! お前さんとは腐れ縁だろう!」
「私だってそうだぜ! アンタぁそうやって一方的に友達認定してないかあ? アンタにサイボーグの友達なんているのかよ」
水縁は気にせずケラケラと笑いながら着席した。
「やれやれみんな手厳しいなあ。そうさな、君たちくらいの親愛度でダメだとすると……サイボーグの友達は1機だけかもしれないなあ」
「ほう。そりゃ誰だい?」
ゆずきは目も合わせずに聞く。早く本題に入りたくてしょうがないという顔だ。
「ネットリテラシーたか子……」
今度はその場にいる全員が驚きの表情で水縁の顔を見た。
水縁は素知らぬ顔でポンとビール瓶の蓋を開けた。
「まあ挨拶はこんなもんでいいだろう。そろそろ本題に入らないか? アトランティスについての情報交換をさ」
***
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます