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マシーナリーとも子EX 〜楽しい引っ越し篇〜

「引っ越しぃ?」

 ベルヌーイザワみは洗っていた皿を床に落としそうになった。

「そーだよ。この辺に愛着はあるかもしれないけどよぉ、なにかと不便だろ?」

 コタツに収まりながら猫に埋もれているジャストディフェンス澤村が返した。2機は先ほどまで池袋に足を伸ばしマシーナリーとも子たちと接触、数時間滞在したのち池袋東部のザワみハウスに帰ってきたところだ。
 この家は元々澤村がN.A.I.L.から奪取した基地であったが、数年間使用したのち幹部たちの再侵攻により奪取、澤村はその後マシーナリーとも子の家に居候していたが、先日ザワみと朧げな和解を果たした末にこの家に住み着くことにした……そう、その話をしたばかりの発言であった。

「不便って……別に不便なことねーよ! こちとらこれから身の振り方決めるところなんだからよ!」
「でもよザワみぃ、池袋付近に住んでないとなにかと都合悪いぜ? マシーナリーとも子に呼び出されるたび千葉から池袋まで移動すんのは大変だったぜ?」
「なんで私が応じる前提なんだよ……」
「だって池袋に顔出さねえとマシーナリーとも子の動画に出れねーだろ」
「知ったこっちゃねえんだよなぁ~! 向こうの都合じゃねえかよ」
「それに池袋は徳の高い土地なんだぜ~っ。2045年でも言ってたろ? お前も行ってみたとき気分がよかったんじゃねーか? 本徳ならなおさらだろ?」
「それは……」

 確かに否定できないところではあった。先日池袋に赴いた際はザワみもいつも以上に心が高揚するような何かを感じた。以前攻撃目的で池袋に侵攻した際はリバース徳エンジンの働きでそのようなことはなかったのだが……。

「まあ……そうだな。このへんは海も近いしな……」
「お?」

 アトランティスは一時は追い返したもののまだ滅びてはいない。イルカたちは自分たちに追撃をかけてくるだろう。そうした際、千葉で孤立するよりも池袋にいたほうがマシーナリーとも子たちにヘイトが分散される可能性もある。

「わぁーったよ。池袋に引っ越そう。このあたりはお店も少ねえしな」
「いやったァー! そうと決まれば早速物件探しといこーぜ」

***

「……いや高ッ! 1K24平米で8万円だと!?」
「お客様……いま池袋界隈の相場はそんなものでございますよ」

 池袋の不動産屋でザワみは驚愕した。千葉と家賃相場が違いすぎる。マシーナリーとも子たちはこんな家に住んでいるのか?
 いっぽうで澤村は椅子の背もたれに全体重を預け天上を眺めながら退屈そうにお茶を流し込んでいた。

「いやぁ~しかしなんか懐かしいなあ。この時代に来たばっかの頃もよぉ、こんな風に田辺たちと不動産屋に来たっけよぉ~」
「澤村ーッ! おめぇも真面目に探せよっ! ちゃんと吟味しねえと引っ越すどころじゃねえぞお!」
「あのなぁ~ザワみ、そんな家賃なんて真剣に考えることないじゃん」

 そう言いながら澤村は指の5連装ビームキャノンをワキワキと動かした。

「いざとなったら大家とか管理会社は殺せばいいんだからよぉーっ!」
「バカーッ!」

 ザワみが爪を展開しない拳で澤村を平手打ちにする!

「痛ーッ!? なんだよザワみ! お前ぇー人類の肩を持つのかよっ! お前田辺かよーっ! 人類を殺すのはサイボーグの仕事だし、なんならお前の前職でだってやってたじゃねえかよーっ」
「違ぇーよッ! 私の言いたいことはそういうことじゃあねんだ! いいか! お前の言うように家賃を踏み倒すなんて行為はなあ……」

 ザワみはそこで発言を止め、目を閉じてグッと溜めると一息に吐き出した。

「徳が低いんだよォーッ!」
「ええーっ!?」

 なんだこいつ! しかし確かに昔のザワみは真面目なヤツだった。特に徳に対しては決して妥協しようとせず、人類殺しの残虐コンボボーナスなども用いず、粛々と殺していき、ゴミの分別をきちんとして周囲のサイボーグを心優しく気づかい、お金の出入りもキチンと管理して栄養管理もしっかりとしていて常に部屋が片付いている、そういう生活態度でコツコツと徳を貯めることで本徳サイボーグへと昇格した異例のサイボーグであった。澤村はそんなザワみが、はぐれサイボーグとなった自分についてきてくれたことに負い目を感じることすらあった。だがそんなことを口にしても当時のザワみは笑いながら「別にいいよ」と言ってくれたものだった。
 その真面目さがいま、ザワみに家賃を払わせようとしている!

「じゃ、じゃあどうするんだよ! 月に8万円払うのかぁー?」
「バカ、2機で24平米じゃギュウギュウだろうがよ。文化的な生活とは言えねえーよ」
「じゃあもっとデカい家に住んでもっと高い金払うってのかよぉー!?」
「最悪、池袋に住むのは諦めたほうがいいかもしれねーな」
「そっ、そんなぁ~!」
「あとお前が住むんならペット可じゃないとダメだろうしますます条件は厳しくなるぜ澤村ーっ。期待するなよな!」
「ちょ、ちょっと待ってくれよーっ! おい店員! もっと安くて広い家は無いのかよーっ!」
「そ、そう言われましても……あっ」
「あっ?」

 澤村は店員が何かに思い当たったかのような声を上げたのを聞き逃さなかった。店員のネクタイを掴み取るとギュッと締め上げる。

「グエエエッ」
「おい……隠さないで教えろよ! なーんかお得な部屋があるんだろっ!」

***

「で……借りることになった物件がこれ?」

 東池袋のタワーマンション、ネットリテラシーたか子宅。そこに澤村とザワみは来ていた(ザワみは大変に嫌がった)。目的はというと単なる自慢である。

「そ! こっからでも10分くらいなんだよ! 池袋駅すぐそばだぜ〜!」
「そんな都心で……戸建で……2階建て4LDK150平米……2万円?」
「デカくていい家だろ〜!? ペット可だし敷金礼金無しだぜ!」
「事故物件じゃない?」

 たか子は遠慮なく言い放った。

「は?」
「やっぱそう思うよなぁー!? おかしいよなあ!?」

 それまで不貞腐れてファンネルを小突いていたザワみが会話に参加する。

「急にこんなに安くなるなんてぜってーおかしいんだよ! 100パーワケありだって、やっぱ思うよな!?」
「なんだよ事故物件って? 高速で衝突するのか?」
「あんたの頭の中には事故って言われると交通事故しかないの?」

 たか子はため息をつくと身振り手振りを交えながら説明する。

「事故物件っていうのは前の住人が孤独死したとか変死したとか自殺したとか殺されたとか焼死したとか……とにかく家の中で死んじゃって空き家になった物件のことよ」
「フーン。なんでそうなると安いんだあ?」
「アンタ、だってご飯屋さんで前の客が使った器を洗わないまま盛り付けられたら嫌でしょう?」
「うえーっ、汚ねえぜ!」
「だからそういう物件は家賃が安いのよ。それに……」
「それに?」
「そういう物件には幽霊が出がちともよく言われているわね」
「「幽霊ぃ〜??」」

 それを聞いた澤村とザワみはしばらく顔を見合わせると破顔した。

「幽霊なんか怖くねぇーよなぁー? そんなんで家賃安くなるんならラッキーだぜ!」
「私もそれを聞いて安心したぜーっ! なんだ、この時代の人類はまだそんなもんにビビってんのか? 幽霊なんてただのエネルギー体じゃねえかよーっ!」
「ええそうね……。確かに幽霊は我々の時代では完全に解明されています。しかし気になる点が……」

 たか子はしげしげと物件情報のコピーを眺める。

「この物件のチラシには事故物件である旨がまったく書かれてないわね」
「そりゃそーだろ。わざわざそんなこと書かねーだろ」
「いえ。基本的に前の住人が死んだ場合、その事実を書かねばいけないというルールがこの国の人類間には存在します」
「そーなの? じゃ、どーして……」
「これはルールの抜け道なのですが、前の住人が死んだのち一定期間、新たな住居人を住まわせることによって事故物件であることを書かなくていいというルールがあります」

 たか子はそう言いながらファンネルにスマートフォンで調べさせ、裏を取る。ネットリテラシーの高い行為だ!

「へー。そうなんだ。だったら家賃を安くしなくても良さそうなもんだけど……」
「おそらくこの物件は死人が出た後何度も住人が入れ替わっているのね。長く居住する者が現れないからいつまでも空き家で、大家もそれに困って家賃を安くしてるんだと思うわ」
「……するってーとつまり?」
「おそらくこの家、“出る”わね」

 沈黙。

「イヤ、だから出ようが出まいがそれは人類側の話だろーがヨォ! 私たちは幽霊が出ようが知ったこっちゃないぜー!!」
「だよなあ! 速攻でぶっ殺してやるだけだぜ」
「そうね。それが“ただの幽霊”なら問題ないでしょうね」
「含みのある言い方するじゃねーかネットリテラシーたか子ぉ。何が言いたいんだよ」
「人類だってただの馬鹿じゃあないわ。これまで何人もの住人が幽霊の被害を受けてきたというなら……除霊をしようと試みなかったはずがない」

 再び澤村とザワみは黙り込む。

「現代の人類は理屈もわからず“幽霊”“除霊”をオカルティックに解釈しますが、2045年の目から見ればそれはバイキンを除菌するようなもの。一部、全く効果のないものをそれっぽく見せるだけの擬似科学除霊も見られますが……。そうした大外れのインチキ霊媒師でなく、きちんとした霊能力者に頼めば除霊は問題なく行えるはずなのよ」
「だから! 何が言いてぇんだよたか子ーっ!」

 ネットリテラシーたか子はゆっくりと目を閉じ、数秒思案したのちに答えた。

「考えられる原因は二つ……。“簡単には除霊できないほど強大な幽霊”もしくは“幽霊ではない他の何か”よ」

***



読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます