
マシーナリーとも子EX 〜徳人間のバイト研修〜
次の日。私とママはワニツバメとともに高円寺にやってきていた。
「うわぁ〜。私、このへんって初めて来たなあ!」
「な、こいつ電車移動すると喜ぶんだよ」
「変わってまスねぇ。2050年には電車無いんでスかねぇ」
ワニツバメの腕のワニが言うには、ここに高い時給を払ってくれそうでかつ暇そうな店があるらしい。なんだそりゃ、と思ったけど暇で払いがいいならバイトする身としては言うことがない。錫杖ちゃんを飲み込んだワニの紹介っていうことだけが気に食わないけど、この際そのことは脇においておこう。ワニツバメの言う通りキリがない(私としては譲るつもりはないんだけど!)
「高円寺っつーと……飲み屋のイメージだけど、飲食?」
「まぁ確かにそうでスね。私も何度か足を運んだことがありまスけどセベクが言うにはそういう系じゃないそうでス。……なに? ふむふむ。古着屋とかが集まってるほうでスって」
「ああそっち系? 見に行ったことないわ」
「古着!」
私は思わず高い声を出してしまった。バイトで稼いだうえに帰り道に古着屋街があるなんて最高じゃないか。お金を使うアテには困らなそうだ。私は若干うきうきしながらワニツバメについていく。あとは変なお仕事じゃなければ……。
――ここから先は便宜上、ワニのセベクの言っていることも通常の会話と同じように描写する。本来はセベクの声はツバメや、人外の生物、あるいはトルーといった超能力者、エジプトのシャーマンにしか聞こえない――
「ここだ」
ワニがガウガウと身を捩りながら指し示した店は、白く、木造で傾いてた。はっきり言ってボロい。でもそれを覗けば全体的には西部劇に出てくるバーみたいな雰囲気で、ボロさも計算にいれたそういうお店と思えばギリギリ悪くなかった。ボロいけど。
「なんの店だ?」
ママが不安そうにワニツバメを肘で突く。
「なんか……アンティークショップとかそういうたぐいの店らしいでスけど」
「大丈夫かあ? いかがわしい店だったら鎖鎌は働かさねーぞ」
「ま、とりあえず入ってみまシょう。取って食われるわけでもなし」
ワニツバメが西部劇風のドアを押すと、カランカランとドアベルが鳴った。
***
「いらっしゃい……なんだ、セベクかあ」
開けて正面のレジに座る象……の頭のヘンな人が、ワニを見るなりうなだれた。
「しばらくだなガネーシャ! すまなんだな新しい店の挨拶になかなか来れんで!」
「んもぉ〜、散々だったよぉ。せっかく喫茶店開いたのにお客さんぜんぜん来ないんだもの。しまいにゃまわりの小学生から象のバケモンだって石投げられてさあ。神差別じゃない? ああいうところあるから人間って好きになれないな」
「とくに日本には神道があるからな。この国の奴らは神をなにかとナメてやがる。で、どうだ景気の方は」
「ウン。来てくれたってことは知ってると思うんだけど、自分のコレクションもネタにしてこのアンティークショップを開いたらさ。これが……もうコレよ」
言いながら象の人は左手で――「ちなみに腕は左右に2本ずつ生えていて計4本ある――顔を扇ぎ始めた。私はそれの意味がわからなくてママに耳打ちする。ママは食うのに困ってないってこったと教えてくれた。
「まあ、お前の扱うようなアーティファクトは、売ってくれる店もそうなければ当然買い取ってくれる店も無いからな。そういう意味では唯一無二だ」
「複雑だよねェ〜ッ! ほんとはこんな商売したくなかったんだけどさ。まったく、得意と好きは違うとはよく言ったもんだよ! でもコーヒーはいまでも出してるんだよ。みんな一杯どうだい?」
「いらん! そんなことより今日はな、買い物するのも悪くはないがいい話を持ってきた。バイトだ」
「バイトぉ?」
象おじさんは目をまんまるに見開いて長い鼻で頭をかいた。
「ふーむ。考えたこともなかったけど悪くないな。このお店、儲かっちゃいるけど暇な時間が多くてね。ハードカバーの小説買っても2日で読み終えちゃうくらい暇なんだよ。でも店は開けとかなきゃいけないしさ。バイトを雇えば遊びにもいけるし。お金はあるし。それ、いいよセベク。誰がバイトしてくれんの? その、君がくっついてるビーンズ・ガンの彼女?」
「いえ、私はとんかつ屋のバイトがあるので……」
「ビーンズ・ガンン???」
ママがワニツバメをにらみつける。はて、ビーンズ・ガンってなんだっけ。豆? そういえば前にワニツバメが豆の銃でママに嫌がらせをしたことがあったような……。
「ウォッホン!! ガネーシャさん、ツバメです。ワニツバメ。私のことはそう呼んでくだサい」
「おっと! 申し訳ないね。忘れないようにしておくよ。えーと、じゃあそこの学生服さんかい? 放課後がいいかな?」
「あ、いや私別に学校通ってないんで」
「学校通ってないの!??!?!?!」
ガネーシャさんが大声を出す。そこで私は「あ」と口に出した。遅れてママとワニツバメも。
「そういえば……」
「なんで……学校行ってないんでスか?」
「なんでだろう……」
なんでだろう。
「お前、ここに来る前はどうしてたの?」
「えーと2050年では高校に通ってて……」
「ふんふん」
「そのあと2045年に行って……シンギュラリティで働いてました……」
「吉村!!!!!!」
ママが仰け反って叫んだ。
「クソ……だが私もいままで気づかなかったから同罪か。なんで気づかなかったんだろーな。人間のガキゃあ学校行くもんだ。だからこいつバカだったのか……」
「えー! 私バカじゃないよ!」
「ははは、じゃあおじさんが試してあげようかな。シヴァとパールヴァティのあいだに生まれた子供の名前はなんでしょう?」
「日本の学校じゃあインドの神話は習わねえよッッ! 日本の神話だって怪しいもんなんだからな。やれやれ、バイトの前に学校かぁ?」
「ふえーっ」
話が妙な方向に転がってきたぞ……。
「まあまあ、見た処その子ただの人間じゃないみたいだし、とりあえず私のところに預けてみないかい? この店にはいろんな業界の神とか亜人もよく来るんだ。逆に勉強になるかもしれないよ?」
「勉強ったってなあー。社会勉強と学問は違うぜ?」
「じゃあ学問も手配したげるよ。ウン、そうだな。寺子屋みたいなもんだ。思いつきで行ったがこのサイドビジネスは儲かるかもしんないなぁー」
「オイ! ……でもまあ確かに、今から私がいろいろ手を回して鎖鎌をどっかのふつうの学校に入れるのも手間がかかりそうだしなぁー……。だいたいこいつ普通の人間に馴染めんのか?」
「私、人見知りしないよ?」
「そうかもしれねえけどこの時代のふつうの日本人類は鎖鎌とか持ち歩かねーんだよ。お前、武器は隠しとけって言われて耐えられるか?」
「無理! 耐えらんない!」
「だろ?」
ママは首を振った。
「……とりあえずしばらくここでバイトしてみろ。たか子とも相談しながら今後について決めよう」
「決まりだね。じゃあとりあえず週3……月・水・金で、12時から18時まで。時給は2000円でどうだい?」
「2000円ってことは……1日1万2000円! やりますやります!」
「OKOK。じゃあ来週から来てもらおうかな。しばらくは研修で私もいるから。でもそんな忙しくないし、いざとなったら私とお客が直接話したほうが早いから、ほんと暇だと思うよ」
とりあえずバイトは決まった。順風満帆だ。
***
「ところで、最近なにかおもしろいアーティファクトは入荷しまシたか?」
ワニツバメがキョロキョロと店の棚を引っ掻き回す。ママもこういうお店に興味があるのかあれこれ見てはほうほうと漏らしている。
「そうねえ。最近仕入れたやつだとコレなんか興味深いねえ」
ガネーシャさんは机の下をゴソゴソとかきまわすと花瓶のような見た目の物体を取り出した。それはさきっぽが丸くなった円錐のような形状で高さは40cmくらい。表面に赤く「emeth」と書かれていた。
「なんでスかこれは? お香入れとか?」
「これは……ゴーレムか?」
「ご明察。さすがセベクだね」
ゴーレムってなんだっけ?
「ゴーレムっつーと……なんか巨人とか……そういうやつ?」
興味を惹かれたのかふらふらとママが机に近づいてくる。
「それは後年、人類がファンタジーものとかでつけたイメージだね。ゴーレムってのはようするに泥とかで作った動く人形のことなのさ。大きい必要はない……言うなら魔法や呪術で動くロボットといったところだね」
「ロボットねえ。あまりその物体に親近感は覚えね〜けどな」
そう言いながらママが表面を撫でる。
「ツルッとしててぜんぜんそんなふうに見えないだろ? でもおもしろくてねえ。起動すると変形するんだよ!」
「「「「変形!!!」」」」
その場にいる全員が声を合わせる。
「ちょっと……見てみたいでスね」
「どんなふうになるのかな」
「おい象、ちょっとそれ動かしてみろよ」
ガネーシャさんははいはい、と言いながらゴーレムを持ち上げる。
「起動するほうほうは簡単だ。そこにあるスイッチを入れるだけ」
カチリとつまみを動かすとゴーレムからグゴゴゴ…と小さな音が響く。ちょっとワクワクしながら見守っていると……。先端がガチンと伸び、中からピンク色のレンズが出てきた!
「うお!」
「目でスか!?」
「まだまだこれからだよ!」
さらに側面に二箇所、切れ目ができたかと思うと押し出され、腕に! 底部分が押し出されたかと思うと瞬時に分割して脚に! 40cmの花瓶みたいな見た目だったゴーレムは、60cmくらいはありそうな二足歩行ロボットになった!
「すげーっ!!」
「かっこいいでスねぇ!!!」
「うわ〜〜っ! ねえ、お客さんが来たら今みたいに試してみたらいいの?」
「お、勉強熱心だねえガマちゃん。そうそう、大抵のアーティファクトには“安全な動かし方”があるからね。それを守って……あ」
言いながらガネーシャさんは私から目をそらし、いま動き始めたゴーレムに注目する。
「どーしたの?」
「やばい」
「やばいってなにが?」
「モードBで動かしちゃった」
「モードBって?」
「見かけたやつ全員殺すモード」
ガネーシャさんが言い終わるより早く、ゴーレムの装甲が展開して身体から無数の鉄球が発射された。
***
「ぐぎゃああああ!!!」
「なんだぁ!?!?!」
店内は一気にパニックになった。
ゴーレムの身体からスポポポと鉄球が発射され続け、店内を跳ね回る。
「ンぎゃあああ!!! 店が! 商品が!!!」
ガネーシャさんが泣き叫ぶ。私は鎖分銅を回して自分の身を守るので精一杯。ママとワニツバメも必死に爪を振り回し、身をかわして鉄球を回避してる。
「コラーッ! ガネーシャ! どうすんだ!」
「ご、ゴーレムを止めてくれ! 表面の“emeth”の頭文字を消して“meth”にすればやつは止まる!」
「めんどくせぇーっ! ぶち壊しちゃだめなのかよ!」
「あれの買取には金がかかったんだーっ! 売れなくなるのは嫌だぁーっ!」
「そもそもいまあいつがぶち壊してる損害がすごいことになってそうだが!?」
みんなが叫んでるあいだにもゴーレムは鉄球を発射しつづけて室内はすごいことになっている。私は分銅を回しながら一足飛びでママとワニツバメのところに行った。
「これ、外に出ちゃったほうがよくない!? 危ないよ」
「そーかもしれまセんね……。もしくは壁に穴を開けて……」
「穴を開けるのはやめてくれぇ〜!」
ワニツバメの提案にガネーシャさんが悲鳴をあげる。ガネーシャさん本人はというと4本の腕に仏具を持って器用に鉄球を跳ね返していた。
「……まだあんなこと言ってるぜ」
「じゃあ律儀にドアから出……ツッ!!!」
勢いよくゴーレムから新たな鉄球が発射された。今度は私達に向けて密度を集中させた鉄球! 私も回転させた分銅を前に向けて防御する! ママは肘を顔の前に立ててマニ車を高速回転させて鉄球を弾く! ワニツバメはワニの口から勢いよく水を噴出させて防御!
そのとき、後ろから嫌な音が聞こえる。
カカカカカココン!
首を捻って後ろを向くと、店の角にあたった鉄球が跳ね返り、私達の頭に迫っていた。
「ヤバ……!」
でも前からの鉄球もすごい! 分銅の回転を止めたり向きを変えたりできない!
「ンが……! マシーナリーとも子! 後ろから……!」
私の左隣にいるワニツバメが叫ぶ。
「わかってる……! おい鎖鎌! しゃがめ!」
私の右隣にいるママが叫ぶ。私も叫んだ。
「無理ィー! 前からので精一杯で……あががっ!」
風を切る音が近づく。やばい。鉄球に頭が当たったら痛いで済むだろうか。もしかして……頭蓋骨を貫く? そしたらやっぱり死んじゃうの?
もうダメだ……! 私は目をつぶる。涙がこぼれた。ああ〜、ただバイトをしたかっただけなのにこんなところでおしまいかあ……。
そのとき、ズボボと鈍い音が頭の後ろで鳴った。続いて「いだだだだっ!!!」とワニツバメの声。
「へ?」
目を開けて振り向くと、私の頭の後ろにワニツバメが右手を添えていた。鉄球を防いでくれたの?
「え……なんで」
「アンタ耐久力はふつうの人間でシょうが! こんなの喰らったら死んじゃうでシょうが!」
「いや……だからなんで助けて」
「アンタの親に怨みはあるけどアンタのことはなんとも思ってまセんよッッ!」
そう言うとワニツバメはワニを振るってしっぽを私に叩きつけた。
「ブッっ!!!」
私はふっとばされる……。店のドアのほうへ。西部劇風のドアを叩き開け、私の身は店の外へ飛び出た。助かった?
「……同じだ」
私は、2050年のことを思い出していた。いまはあのワニの中で眠ってる、親友のことを。そういえば前にもワニツバメが錫杖ちゃんと同じくせをしてたことがあったっけ。
錫杖ちゃんは、死んでない。いまもあのワニのなかで生きてるんだ。
私はさっきとは違う涙を流していた。
***
「……礼を言っとくぜワニ!」
「ふん、アンタのために助けたわけじゃあないですよマシーナリーとも子。N.A.I.L.はあくまで……人類の味方ですから」
「ああそうだな……っと!」
マシーナリーとも子がカカトのホイールをフル回転させ、身を低くして突っ込む。二度、三度と鉄球を避け、アイアンネイルをゴーレムの身体にこすり付けた。ゴーレムの表面に刻まれていた文字は“emeth”から“meth”になった……。死を意味する呪文! ゴーレムはスン、と動作を停止させた。
***
「まあ……いろいろあったけど」
「いろいろあったけどじゃねえぞてめぇ〜! 鎖鎌が死ぬとこだったじゃねえかあ!」
ガネーシャさんはママからボコボコにされて顔中にたんこぶができていた。すでに頭が象かどうかわからない。
「ぶぶ……。あれだけ危険なのは特別だから。本当、大丈夫なんで……バイト歓迎なんで……」
「任せられるかぁ〜! こんなところでバイトさせんなら居酒屋か喫茶店でも……」
「私、やるよ!」
「あ?」
ママがガネーシャさんの首根っこを掴んだままこっちを向く。
「大丈夫だって! もしさっきのゴーレムみたいに危ないのが出てきたら、今度はガネーシャさんのこと気にせずお店壊して逃げちゃうからさ!」
「いや……しかし……」
ママは私とガネーシャさんの顔を交互に見比べる。それを見てワニツバメがため息をついた。
「マシーナリーとも子……あんた子離れできてねえんじゃねえでスか?」
「なっ……なにぃ〜〜!」
ママがガネーシャさんを落っことす。私はすかさずそこに近寄って念押しした。
「ね! いいよねガネーシャさん。それくらいは大目に見てもらっても」
「んん〜〜〜……んんん〜〜〜〜……本当は嫌だけど……」
ガネーシャさんがチラリとワニツバメの腕のワニを見る。
「断れる状況でもあるまい?」
「はい……そうですね……。結構です。いざというときは壁でも天井でもぶち壊して逃げていただいて結構です。バイトお願いします」
「やったあ〜〜!」
こうして私のバイト先が決まったのだった。
***
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