マシーナリーとも子EX 〜決着の葛西篇〜
週末……。葛西の海。その砂浜には10数機のサイボーグが集まっていた。一同は不安そうにキョロキョロとしている。これからレースをするというのにどうしたことか? やがて海から猛然と船が浜に迫ってきていた……。危ない! 真っ直ぐに砂浜に突っ込んできている! このままでは座礁してしまうぞ!
だが船は突然その走行を綻ばせ、パタパタと折り畳むと人型へ姿を変え、海面から跳躍した……。回転体水泳大会のチャンピオン! ウィリー美樹!
「おやおやあ?」
美樹は砂浜に集まったサイボーグを一望すると勝ち誇った笑みを浮かべる。その額にはうっすらと汗が浮かぶ……。チャンピオンのウォーミングアップは十二分に終わっているのだ! だがそれも徒労に終わるだろう……。なぜなら次期チャンピオン有力候補、マシーナリーとも子がその場にいなかったからだ!
「これはこれは……今日はどんな風に楽しませてもらえるのか、ボクは楽しみにしていたんだけどね?」
美樹の口角が残忍に上がった! 他のサイボーグは屈辱を覚えたが、それ以上に身のすくむ思いを味わった。私たちでこいつと勝負になるんだろうか?
元々は軽い遊びだった。ただ波を掻き分けることができる回転体を用いて泳ぐ……。それだけでなんだか楽しかった。だが集まれば突然競争が生まれる。レースのために強化パーツを買い漁り、人類を殺すためでなく速さを求めて自分をカスタマイズすることが流行り始めた。彼女たちは速さを求めて切磋琢磨し……いや、求めていたのは速さではなかったのかもしれない。ただ、同じ高みを目指して試行錯誤をしあうことが単純に楽しかったのだ。だがそんな日々も「船」の介入で終わりを迎える……。ウィリー美樹! その身体はあまりに水泳に適しすぎていた。レベルが違いすぎる……。メンバーの心は敗北の色に染まっていっていた。果たしてこいつに勝つことはできるのか? 勝つことができない相手が現れたとき、それ以上努力を続ける必要はどれだけあるのだろうか?
だがそんなときでも闘志を失わない……というよりとくに最初から闘志らしいものはそんなに無いサイボーグがいた。マシーナリーとも子だ。ヤツだけはどんなに美樹に負けてもヘラヘラと「次はぶっ潰してやるよ」と薄笑いを浮かべていた。その顔を見ていると勇気づけられる……と言うほど大袈裟なものだはないが、まあとりあえず来週も集まってみるべか、と言う程度のやる気は湧いた。だが今、そのマシーナリーとも子が時間になってもきていない。
美樹はわざとらしく腕時計を見た。当然サイボーグの体内時計は正確なためこのような外部計測機は必要ない。だが彼女は「船乗りは時間に正確じゃなきゃ務まらない」とうそぶき、時折こうして時間をチェックする。だが実はこの行動は見るものにプレッシャーを与えるためのものなのだ! こうして時間を気にする仕草をすれば当然相手は焦る! 海岸に緊張が走った!
「この海にルールはない……求められるのは戦う意思の有無だ! 意思がないものにはハナかは戦う資格などない! 諸君! メンバーが足りないが今週のレースを始めようじゃあないか!」
「そのレース、待ったァー!」
声と共に海岸に爆発! これは! グレネード弾! 一同がハッと爆発の方向に振り向くと硝煙の中から轟音を上げて池袋ナンバーのサイボーグビークルが飛び出した! エアバースト吉村とマシーナリーとも子だ!
「オエッ……間に合ったあ。マジで遅刻するとこだったぜマシーナリーとも子ォ」
「スタートに間に合えば遅刻じゃねーよ」
「おやおや……これはこれはチャレンジャー。ずいぶん苦戦したようだね」
美樹がマシーナリーとも子の姿を見てまたニヤリと笑う。とも子の肩甲骨には大型のモーターエンジンが取り付けられていた。得物のグレネードランチャーとミサイルポッドはそれを避けるように横に大きく広げ……そして何よりもその全身は傷だらけ、衣装はところどころが破け髪の毛もボサボサになっていた。メガネにもヒビが入っている!
「こいつをモノにしなきゃあいけなかったからな……。千葉までちょっとな」
そのモーターエンジンの天面には金色の筆文字で刻まれた「皇帝」!
「ふん、なにが皇帝だ……。それもふたつ同時にとは野暮なことを! 皇帝はこの海にただひとり! このウィリー美樹だッ!」
「テメェは不信任だこのヤロぉー! 王位継承権は私がいただく! 吉村ァー! 休んでていいからゴング鳴らせぇ!」
「レースするときに鳴らすのはゴングじゃなくてピストルじゃねぇかなぁ……。まぁいいや。オラーっ! 皆の衆! レーススタートォ!」
吉村の肩のプラズマキャスターが唸りを上げて天空にプラズマ弾を撃ちだした! 瞬間、海岸のサイボーグ達はキッと海を睨むと一斉に走り出し、次々に海へと飛び込んだ!
「……じゃ、私は運転疲れたから見学ぅー」
吉村は運転席をリクライニングさせると寝た。
***
「ぐおおお!」
「はははは! そんなモノかい!」
速い! 確かに皇帝のパワーはすごい! マニ車だけで泳いだ時とは雲泥の差だ! ものすごい加速が出る……だがそのパワーが曲者だ! 凄まじいパワーで回転するスクリューはこれまでとは次元の違う量の海水を掻き出す! だがそれに危うく身体が引っ張られそうになる! 高速で掻き出された海水は隣のスクリューがさらに高速で掻き出し、加速はどんどん増していく! そしてマシーナリーとも子を引っ張るパワーも……。
「ぬがぁぁーっ!」
その引っ張られる力にとも子は必死に腕のマニ車を回すことで抗い、制御する。だがそのコントロールに多大な意識を取られ、パワーに反して思ったほどのスピードが出せていない!
「クソっ! このために散々千葉でトレーニングしたってのに……まだ足りねぇーか!?」
「無様なものだ……。スピードに重要なのはパワーじゃないんだよとも子! それを十全に操れる安定性! 操作性! スピードを御する技術! それらが無ければいくら馬力があっても速くなることはできない……! 今日も僕の勝ちだっ!!」
美樹が変形した蒸気船はさらに速度を増す! 海上を速く疾走るために生まれたそのフォルムは波にブレることなく加速していく!
「……なにやってんだ私は?」
突然マシーナリーとも子がその動きを止めた。すわ試合放棄か!? すでに戦線離脱して海岸からバトルを眺めていたサイボーグたちがワッと悲鳴をあげる。ゴールが存在しない回転体水泳大会にはタイムを決めるような勝ち負けは無い。ただ、途中で負けを認めレースを降りる。それが敗者! 最後まで泳ぎ続けるものが勝者! 戦う意思のみが勝敗を分けるサバイバルレースなのだ!
「速くなるためにこいつの力を借りようとしたが……そういうことじゃ無いよな」
とも子はゆっくりと両の肩甲骨から皇帝を取り外し、胸の前にちゃぷと浮かべる。エンジンを取り外しただって!? これはほぼ試合放棄も同然! 吉村が大声で問いかける!
「マシーナリーとも子ォ! ギブアップかぁ!?」
「ギブアップぅ?」
マシーナリーとも子はキョトンとした顔を吉村に向ける! だが次の瞬間、ニヤリと笑みを浮かべ……。
「このマシーナリーとも子……。負けを認めたことはあっても! 諦めたことだけは……一度もねーぜ!」
叫びと共にマシーナリーとも子は腕のマニ車を皇帝に強かに叩きつけた!
「何ィー!?」
粉々に破壊される皇帝! だがそのパーツがウネウネとマシーナリーとも子のマニ車に集まり……融合していく! スクリューとマニ車のギアとギアが噛み合った! 皇帝マニ車!
「こいつの力を借りるんじゃあダメだったんだ。こいつと一体にならなきゃあならなかったんだぜ。そして勝負を決めるのはパワーでもスピードでも技術でもねえ」
とも子が皇帝マニ車がつながる腕を水平に伸ばした!
「勝負を決めるのは!」
マニ車加速! スクリュー加速! マントラが光り輝き、これまでに無い力が肯定に満ちる!
「徳の高さだぜぇ〜ッ!」
海面が爆発! 海岸のサイボーグは吹き付ける多量の海水に思わず腕で顔を覆う!
「オワーっ!」
「なんだありゃあ!」
「ああっ……! オイ見ろ!」
吉村が海上を指さす! そこには遥かに先行していたウィリー美樹を数倍のスピードで追い越し、遥か遠くまで泳ぎすぎるマシーナリーとも子!
「バッ、馬鹿なぁ〜!!」
ショックでウィリー美樹爆発! 勝負あり!
***
「なぜだ……なぜこの、ボクが負けたんだ……」
プスプスと煙を上げ砂浜に横たわるウィリー美樹……その姿を海に上がったマシーナリーとも子が見下ろしている。
「勝ちを拾える勝負で勝ち誇るのは徳が低い……。得意になった瞬間お前の負けは決定していたんだぜ」
「徳……。徳か」
美樹は呆然と腕の外輪に刻まれた己のマントラを見つめる。
「そうか……。ボクは自分が一番になれる場に固執して……いつしか徳を失っていたのか……」
「サイボーグは技術じゃねえ。技に溺れたな美樹」
「ふ……徳の見本にならなきゃいけない本徳のボクが、この中で一番愚かだったとはね……」
「いや美樹よ……そう自分を卑下するもんじゃねーぜ。そんなふうに自分の負けを認めることなんてそうそうできるもんじゃないよ」
「認めるさ……。ボクは自分が一番強いと思っていた環境で敗れたんだ。これ以上の負けはない。だから……」
美樹は指からアイアンネイルを展開した! とも子は「あ」と声に出したが止める暇もない……美樹は爪を自らの外輪に当てるとマントラを削り落とした!
「お前……!」
「ボクに本徳の資格はない……今日からまた擬似徳でやり直しだ」
「何もそこまで……」
「これはボクなりのケジメ……。そしてリベンジのための決意だ! マシーナリーとも子! 葛西のチャンピオンよ。ボクは必ずこの外輪に再びマントラを刻み戻ってくる! そしてその時は……もう一度この海で疾走ろう! さらばだ」
挑戦を口にすると美樹は素早く跳躍し、海岸から去っていった。鮮やかな去り際だった。
「気にくわねぇ〜ヤツだったけどなんか最後はカッコよかったなアイツぅ」
「ウィリー美樹……。確かに徳は低かったかもしれねー。だが誇り高いやつだったぜ……」
とも子は外輪の削りカスを手にし、ギュッと握った。
葛西の水平線に太陽が沈みかけ、海岸をオレンジに染めていた。
***
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます