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マシーナリーとも子EX 〜時間移動と部署異動篇〜
キュイっ! キュイっ!
踏みしめた床から音が鳴り、その者は一瞬たじろいだ。動きを止め、周囲を見渡す。しばらくするとその者は再び、今度はゆっくりと足を踏み出した。ゆっくり床に足をつけ、体重を伝える。
キュ……イ……。
やはり音は鳴ったが、今度はゆっくりだった。その者はほっと息を吐き出す。
次の瞬間、背後から殺気。
キュイキュイキュイ! 音が鳴るのも構わず戦闘態勢を取りながら振り向く。
バン! 銃声が鳴り響く。その者は腕を振り、飛来した銃弾を弾き返す! 人間技ではない。サイボーグの所業だ!
入り口に煙を腕から立たせる影があった。銃を放ったのはこの影だ。影は余裕ぶってその者に話しかけた。
「いわゆるナイチンゲールフロアというやつです……。あなたのような不届き者が侵入することを見越して、人類から奪取したあと取り付けたんですよ」
影は語りながらフッと腕の拳銃から立ち上がる硝煙を飛ばした。奈良支部のサイボーグ、14連斬笹平だ!
「あなた、サイボーグですか……? こんなところにこそこそ、何の用です?」
笹平は拳銃に取り付けたフラッシュライトで侵入者を照らす。そのサイボーグは目にバイザーをつけ、腕は頑強そうなツメ、背中には回転体を兼ねているであろうスクリューユニットと板状の銃器を1対ずつ背負っていた。
「なに、名乗るほどの者じゃない」
そう言いながら侵入者のサイボーグは右手で頭上に何かをチンと飛ばした。爆発物か!? 笹平は反射的に銃で飛来物を狙ったが、よくみるとそれはコインだった。投げられたコインはクルクルと回り、侵入者の腕へと収まる。
「……裏か」
「コイントス? そんなことしてられる場合ですか? 侵入した意図を教えてください。答えによってはあなたを破壊しますよ」
「悪いがあんたの相手をするつもりもない……」
侵入者の背中のスクリューユニットが高速で回転する! 笹平はハッとして拳銃を乱射するが時すでに遅し! 侵入者はスクリューから発せられる強烈な竜巻の勢いで後方に向かって飛んだ! その先には……笹平ら奈良支部のサイボーグが守備する大仏が!
「しまった!」
「あばよ」
侵入者は大仏の腹部へと吸い込まれていく! 御堂に静寂が戻り、拳銃の硝煙だけがゆらゆらと揺れていた。
***
「おや、今日はいつものお姉ちゃんじゃないんだねえ」
「あ〜〜、土屋はいまお昼休憩に出てまーす。お爺ちゃんなんにする?」
池袋、13時、ダークフォース前澤の経営するバウムクーヘン店「前ちゃんのバウム屋さん」にて。パワーボンバー土屋は頬杖をついて店番をしていた。復活した直後はなんやかんやあったがいまは平和なもんだ。取り急ぎ急いでやる仕事もないので池袋支部の面々はぼんやりと毎日を過ごしていた。前澤はバウムクーヘン屋の経営に精を出し、吉村は不動産の仕事やらオンラインカジノやらに手を出して私服を肥している。いっぽうの土屋はまだ池袋に来てから日も浅いのでやることも思い当たらず、とりあえずこうやって前澤の手伝いをして時間を潰しているのであった。
「はいチョコバウム3本ね。お待ちどー」
「ありがとう」
人類の老人がぺこりと頭を下げて去っていく。なかなか悪くないもんだ。当初、池袋に派遣が決まった時はこれで人類をたくさん殺せるとワクワクした。なにせ奈良は暇だった。土屋と前澤が赴任した時点でほとんど人類を駆逐し終わっており、やることといったら寺や大仏の手入れ、鹿の世話。そんなことばかりだった。
だから最前線である池袋に来れると決まった時はテンションが上がったんだけど……実際は人類にバウムクーヘン売ってるんだからわかんないもんだ。
チーンと老人から受け取った代金をレジに入れながら声をかける。
「次の方ぁ」
「や、や。しばらくだね」
「へ?」
聞き覚えのある声。顔を上げるとそこにはドゥームズデイクロックゆずきがいた。
「ありゃあゆずきさん。こりゃどーも。お仕事っすか?」
「うんそうなんだ。吉村くんはいるかな」
「事務所いますよ。副業してると思いますけどね」
「うんまあ、実際池袋支部はワニツバメの件とか大変だったからね。しばらくミッションは送られてなかったはずだよ。だから別に構わんさ。あ、そのホワイトチョコレートがけのハーフサイズをいただけるかな?」
「横須賀へのおみやげっスか? なら帰りに買えばいいんじゃ……取り置いておきますよ?」
「いやーそれがねえ」
ゆずきは巨大な腕を掲げてポリポリと頭をかいた。
「しばらくあっちには帰らないんだ」
***
「え、えぇ〜〜!!」
池袋山本ビルディングにエアバースト吉村の絶叫が響き渡る。
「ま、そういうことだからよろしく……。あ、シューマイ買ってきたけど食べるかな?」
ガチャリと応接室のドアが開き、昼食に行っていたダークフォース前澤が顔を出した。
「なんか吉村さんの叫び声が聞こえましたけど……あれ、ゆずきさん。お疲れ様です」
「おかえり前澤くん。まぁ色々あってねえ……。土屋くん、教えてやってくれ」
「あっ、はいはい……。えっとね前澤、つまりね、ゆずきさん今日から池袋支部のリーダーになるんだって……」
「えっ! そうなんですかぁ!」
前澤は思わず声がうわずってしまった。ギロリと吉村の視線が動く。
「前澤……お前なんでうれしそうなんだヨォ〜!」
「えっ。あ、いや、単にですね、頭数が増えるのはいいことだなってですね。3機ってちょっと心細いじゃないですか……。それにほら! ゆずきさんは本徳ですしー。我々全員擬似徳じゃないですか。やっぱ本徳がいてくれると心強さがほら……。えっ、でもゆずきさんが来てしまって横須賀は大丈夫なんですか?」
「ぜーんぜん大丈夫。横須賀はサイボーグの数も多いしね。それに来る前に原田に全部私の仕事仕込んで本徳にしてきた」
「えっ、原田、本徳になれたんスか?」
古馴染みの吉村が思わず反応する。
「私の右腕だからねえ。技術は申し分なかったし。今度会った時はクォーツ紗代子だ。覚えときな」
「しかし時空ねじれの問題もあったのでは?」
「まさにそれだよ。今や時空ねじれは私に他の仕事を許してくれないくらいの案件になってきた。そのためにはタイムマシンがない横須賀だと却って不便だ。いちいちなんかあるたびにここまで来てらんないしな。それにここならたか子と通信したいときにすぐできるし。そうした私の都合と、関東の各支部の再編成のタイミングがちょーど重なった。ワニツバメに相当痛めつけられたからね。そんなわけで私がここに収まったということだ。吉村くんは元々臨時というか、支部長代理みたいなものだったからねえ」
「トホホ……」
「そうか、高田馬場も上野もワニツバメにやられてからずっともぬけの殻だったみたいですからね」
「なんとかやりくりして各所に補充したらしい。神田支部なんか、全員アイルランドから派遣されてきてるらしいぞ」
「大掛かりな異動だなあ」
「ま、そういうわけで今後ともよろしく頼むよみんな」
「ううーっ、短い天下だったぁ……」
吉村が咽び泣く。そのとき、彼女のアンテナがビカビカと音を上げた。
「なんだい?」
「ああーなんか、通信ですねえ。……奈良から?」
吉村の腰のプリンタから印字されたコピー用紙がひり出される。吉村は用紙をつまみ上げると音読した。
「ナニナニ……。はぐれサイボーグの襲撃アリ。正体は不明。スクリューとツメ、バイザーを持つ。2020年へと向かった模様。至急調査を願う。14連斬笹平……」
***
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