マシーナリーとも子EX ~内調の暗殺依頼篇~
(……噂ではこのあたりに出るとのことなのですが)
夜の高田馬場裏路地。暗闇をひっそりと照らす頼りない街頭の下に異様な3人組が佇んでいた。中心に立つ背の高い女性は23時だと言うのにサングラスをつけ、口はホチキスで留められている。その右手に立つ青い髪の女性は背中に大きな機械の翼を備え、左腕は肘から先が銃になっていた。最後の小柄なひとりはいちばん異様で、左腕に巨大なワニを生やしていた。人類至上組織N.A.I.L.の首魁とその側近、トルー、アークドライブ田辺、ワニツバメの3名だ!
「ゾッとしないところですねえ。もう少し表通りに出れば学生街でにぎやかなんでしょうが……」
「なんか出てくる条件とかあるんでス? 呪文を唱えるとか特定の動作をするとか……」
「そういうギミック使って出てくるのは幽霊だよツバメさん。これから私達が相手するのは宇宙人だから……」
……話は前日の16時に遡る!
***
(……これがウワベペガ星人ですか)
永田町のファミリーレストラン。トルーは向かいの男から受け取ったイラストを見て呟いた――正しくはつぶやきに相当する思念波を送った――。
イラストといえば聞こえはいいが、実際のところえんぴつで走り書きにした杜撰な絵。いかにも絵心がない者の落書きといったふうだった。とはいえそれから読み取るに、その容貌は髪の毛が生えておらず、耳が尖っている以外は地球人類と対して違うところは無い。ギラギラと光ったつなぎ目の無いタイツのようなものを身に着けていて全身が薄ぼんやりと発光していた……とやはり汚い字で書かれていた。
(いかにも胡散臭いですねえ。まるでひと昔前のUFOブームだ。狂言ではないのですか?)
「……それが事実だ。目撃者を尾行していた密偵からも目撃情報がある」
(あなた方の手のものが第一種を? だったら写真なり映像なりあるでしょう。いまは90年代じゃないんですよ? スマホとかあるでしょうに)
「もちろん撮影はした。だが不思議なことに画像にはなにも残らなかったそうなのだ」
男は苦い顔をして唇を噛む。
(ますます胡散臭いですねえ。骨折り損は勘弁ですよ?)
「とにかく頼む。我らのメンツにも関わるのだ……」
男が懐から紙を出す。トルーはそれを透視能力で確かめるとサイコキネシスで懐に収めた。
(まあやってはみますが……報告は一週間ほど待ってください)
「いいレポートを期待しているよ」
***
一行はファミレスを出る。議論中ひとことも発言しなかったワニツバメはホッと息を吐いた。
「なんか緊張感ある男でしたね〜。同席してるだけで無駄に疲れまシたよ。なんなんでスかあいつは?」
(内閣情報調査室……。要するに政府の薄暗い仕事を担ってる連中ですよ。ふだんは日本の仕事はメールでやりとりしているんですが特別な依頼のときはこうして顔を合わせるようにしてるんです)
「特別な仕事って?」
「N.A.I.L.の通常メンバーじゃなくてトルーさんに直接出張ってもらう場合だね」
トルーを挟んで反対側を歩くアークドライブ田辺が答える。
「つまりそれくらい難敵ってことなんで? そのナントカ星人ってやつは」
(今回はどちらかというとおぼろげだからでしょうねえ。正体が雲のようにつかめないから私の超能力で念を入れたいんでしょう)
「でもまあ、あの話が全部本当なら単にカメラに映らないってだけですし、わざわざトルーさんが出張るまでもないと思いますけどねえ」
(ま、たまにはいいでしょう。わざわざ頼んできた向こうの顔も立てなきゃならないし私も最近サイボーグどもと漫才ばかりで身体がなまってますしねえ)
そう言うとトルーは先程受け取った紙をビリビリに破き、サイオニックブラストで焼き尽くした。
「あらっ、ミス・トルーいいんでスか? あの男から受け取った紙でしょ? なんか大事な紙なんじゃ……」
(これは明細です。内閣からN.A.I.L.が受け取る報酬のね)
「だったら取っておかなきゃいけないんじゃないでスか?」
(逆ですよ。これは保管してはいけないんです。第一に、政府直属の組織が宇宙人の抹殺に金を出すなんて知られたら大ゴトですよ。政権交代で済むなら安いほうで、下手すりゃ国が傾きます)
「まあ宇宙人がまだ一般的に知られてないとはいえ外交問題でスよねえ」
(第二に、金の渡し方が違法なんですよ。国の金をドンとN.A.I.L.になんか出してみなさい。あっというまに追求されて国家転覆の危機2ですよ。なんだかんだ国のお金ってのは出し入れが明確にデータ化されてますからねえ)
「じゃ、どうやって金を受け取るんでス?」
(少しずつ通常の支出に上乗せさせるんですよ。例えばN.A.I.L.の構成員が作ったガマの油やおしぼりなんかを政府が買います。その料金を通常料金から5%増しとかで買わせるんですよ)
「はぁー。そうしたお金が積もり積もって抹殺依頼のギャラになると」
「そういうことです。さっきの紙にはそのお金のマージンをどこにどう載せるかが書かれていたんですよ。私はそれを理解できればよかったし、これはおいそれと残しておけません」
「なるほどな〜」
***
ツバメは昨日の話を思い出しながらパイプに火をつける。そもそもどんな兆候があるかもまったくわからないが、まだまだ宇宙人は登場しなさそうだ。
「ま、儲かるならやらない手はないでスよねえ。それで、どんな宇宙人なんでシたっけ?」
(なんでも、ケチをつけてくるらしいんですよ。いろいろ…)
「ケチ?」
(説教タイプの宇宙人というやつです。昔も流行ったんですよ。わざわざ地球にやってきたかと思えば、やれ環境汚染はよくないだの核兵器はよくないだの宣って帰っていくという宇宙人がね」
「うへぇ~。大きなお世話でスねぇ。言わんとすることはわかりまスけど、ほかの星の連中が口出すことじゃないでスよ」
(でもまぁ、大抵そういう連中ってまったく証拠が残ってなかったんですよ。ほとんどは目撃者を名乗る人間の狂言だったという結論になっています)
「自らの思想を架空の宇宙人に代弁させることで世間の目を向けさせようというわけですか……。人類らしい徳の低い発想ですねえ」
田辺サンはときどきサイボーグらしい思想が丸出しになるなあ…とツバメは冷や汗をかいた。
そのときである!
「あぁっ! ふたりとも見てくださいよ! あれ! あれ!」
田辺が夜空をビームライフルで指す!
「ンン……?」
(なんか……光が……)
奇妙なまでの鮮烈なオレンジ色の発光体が夜空に浮かんでいる! 一同がそれぞれ「あれは星ではないぞ」と気づいたそのとき! 発光体はみるみるうちに近づいてきた……UFOである!!
「ウワーッ!」
「ほんとに出た!」
(ふたりとも落ち着いて。いつでも攻撃できるようにしておいてください……。ですがまずは様子を見ましょう)
やがてUFOの下部から光の柱が伸びたと思うとその柱を伝って人がスーッと降りてきた……。パッと見は禿げた地球人だが、その耳は尖り、ギラギラと光ったつなぎ目の無いタイツ身につけ、全身が薄ぼんやりと発光している……ウワベペガ星人だ! ウワベペガ星人は光の柱から躍り出ると、ゆっくりとN.A.I.L.一同に近づいてきた……。その様子に攻撃的意志は見えない。
(あなたがたは……ウワベペカの方ですか?)
トルーが思念波を送る。ウワベペガ星人はコクコクと頷く。しかし次の瞬間、スッと右手を上げるとワニツバメを指差した。すわ、攻撃か!? 一同に緊張が走る! だがその指から怪光線が発射される様子は無い。息を止めながら星人の成り行きを見守ると、なにかモグモグと口を動かしている。
「う……あ……」
「な……なんでスか? なにか言おうとしてまス?」
「あ……あな……た……」
「私!?」
しゃべった! ウワベペガ星人は日本語を話しワニツバメになにかを伝えようとしている! 一体なにを!?
「私がどうしたと言うんでス!?」
「あー……あなた……」
星人はなお苦労して話しているかのように口をモグモグとさせ、ゆっくりと話す!
「あなた……ここで路上喫煙……良くないです……」
「はぁ!?」
「え?! そこ!?」
ウワベペガ星人の攻撃が静かに始まった……!
***