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マシーナリーとも子ALPHA ~探る勝負篇~

 その部屋にはチェーンソーのモーター音が鳴り響いていた。実際には一緒にマニ車やCPUファンといったものの回転音も響いていたのだが、とにかくチェーンソーの音が目立ってそうした音はかき消されていた。
 だが時折、チャッ、チャッ、となにかを打ち鳴らすような高い音が差し込まれる。
 部屋は薄暗く、パソコンのディスプレイに照らされてうっすらとものや人型のシルエットが浮かび出されていた。部屋の中にいるサイボーグは4体。1体は座ってパソコンに向き合い、ほか3体は少し離れて見守るように扇状に広がって机を囲んでいた。
 ディスプレイに写っているのは緑色のテーブル。そのうえに麻雀牌や将棋のコマ、ロボットのミニチュア、トランプやUNOのカード、タコなどが置かれている。画面に向き合ったサイボーグが思案の末、キーボードを叩く。打、桂馬。

「ポン」

 高貴そうな声が響き、向かい側のテーブルに並べられた手駒から、桂馬が2枚倒される。

「ここで1副露……?」

 チェーンソーの音の主、机を囲む3体のサイボーグの中央に位置するネットリテラシーたか子が訝しがった。右手に立つマシーナリーとも子が身を寄せ、ひそひそ声で語りかける。

「なんか……おかしくねーか? シンシアはこんなに安い手を使う奴だったか?」
「吉村もやりにくそうだわ」

 ディスプレイに鎮座してゲームを進めているサイボーグ、エアバースト吉村も眉を寄せ、悩む。人差し指で唇をかく。このポンは誘いか……? つまりやっぱりそういうことなのかよ? 吉村は相手の強かさに舌打ちした。山札からカードを引く。吊られた男の逆位置! ここでこのカードをドローするとは! シンシアにゲームを支配されてるみたいで気持ちが悪いぜ。

「……ハングドマンのリバース、攻撃表示で」
「じゃあ私はゲッターロボを墓地に捨て、セメタリードラを開きます」

 裏ドラの隣の牌が裏返された! 出たのは「と金」!

「なっ……!」

 エアバースト吉村は思わず手札を確かめた。ドラ表示牌がと金ということは……吉村の持つミサイルワゴンのミニチュアが輝き始めた!(当然この輝きは相手プレイヤーからは見えない)
 吉村は不服を抱えた、歪んだ笑みを浮かべワゴンの後方に備えられたレバーを押した。光り輝く対空ミサイルが相手プレイヤーの拠点、天守閣に鎮座するドラゴンを穿った! ドラゴンスレイヤー! 文句なしにエアバースト吉村の勝ちだ!

「さすがね。腕を上げたわね吉村」
「てめぇ……嫌味かよ?」
「本音よ。じゃあ約束通り、あなた達の質問に答えましょうか」

 バーチャルゲームテーブルが消え、画面にサイボーグが現れる。荘厳なドレスを纏い、腕にハムスターの回し車を備えたイギリスシンギュラリティ屈指の実力者、本会議に顔を出すことが許される13体のサイボーグの1体、ロンズデーライトシンシアがそこには座っていた。

***

「やった! 吉村がやってくれましたね! 前にシンシアさんと戦った時はボクシングでボロ負けしてましたけど……吉村が腕を上げたんですね〜」

 無邪気に喜ぶアークドライブ田辺を横目で見てネットリテラシーたか子がため息をつく。

「そんなわけは無いでしょう。確かに吉村が腕を上げたのは間違いありません。が……同時にシンシアも手を抜いていました」
「え……なんで?」
「今回の話、シンシアからすれば別になんでもないことだったのでしょう。なのになぜわざわざ勿体つけて雀将で勝てたら教える、なんて言い出したのか……。最初はただ吉村とスパーリングがしたいのかと思っていましたが、桂馬のポンあたりから打ち筋がおかしくなりました。最初からシンシアに勝つつもりはなかったのよ」
「すいません、私、雀将がマジで理解できないんでわかるように教えていただけるとうれしいんですが……」
「つまり今日の野試合を通して吉村の攻め手をひとつ把握し、自分の中で潰しておくことがシンシアの目的だったのね。シンシアは今日の非公式な戦いでは負けた、けど次の公式戦で勝ちを拾うつもりなのよ」
「はー……色々考えてるんですね」
「吉村に一個借りだな、たか子」
「そうねえ……」

  エアバースト吉村は足で机を蹴り、ぐるりと椅子を回転させて振り向く。その表情はいかにも不満げ、悔しげである。

「ほら、勝ちましたよたか子さんっ! お望みどおりね!」
「悪いことをしたわね吉村……。あなたの徳の高い行為、覚えておきましょう。さて」

 たか子は吉村に変わって椅子に腰掛け、シンシアと向き合う。視線が交わされ、軽い緊張が走る。

「では当初の約束どおり、聞かせてもらいましょう。先日の本会議についてです」
「サンダガイラカエラについて……だったかしらね」
「というより人類保護法について色々ね。議事録はあるの?」
「いま、吉村に送っておいたわ」
「アタシィ? あっ」

 ガガーと音を鳴らしながら吉村の腰のプリンタから本会議の議事録が吐き出される。

「……人類保護法はそもそもカエラの発案だったのね」
「そう。あらかたその日の議題が片付いた後にね」
「……議事録を見るとカエラのプレゼンのあと、これと言って議論がこじれることもなく可決されてるわ…何があったの?」
「別に何も」
「シンシア、あなたは私たちと約束しました。雀将で吉村が勝負して勝てば、本会議であったことをなんであろうと話すと。その約束を反故にするのは徳の低い行為ですよ」
「たか子……。なんだか勘違いしてるようだけど、本当に何もなかったのよ。カエラが発案し、私たちは彼女の話を聞き、承認した。それだけ」
「だから何故? 人類を保護するなんて不自然じゃない」
「何故って、簡単よ。とくに反論するような内容ではなかったってこと。彼女の主張するように、確かに人類を根絶やしにしてしまってはそれはそれで困るわ。現にいまロンドンは人手不足で私たちも困っているのです」
「デミヒューマンでもなんでも雇えばいいでしょうが」
「たか子、あなたは殺しに特化してるからそういうことを考えなくてもいいんでしょうけどデミヒューマンには強力な敵対種族も多いし、そもそも人類とは身体の大きさやつくりが異なることも多いのよ。ネミョホン人ではカリーブルストを作るのひとつだって大変な苦労なのよ」
「どういうこと?」
「人類が作った設備を居抜きで使いたいんなら人類に使わせるのが手っ取り早いってこと。いちいちデミヒューマンだの宇宙人だのに合わせて作り直してたら予算がいくらあっても足りやしない」
「グムム……しかし人類がすぐに滅びるなんてことは……」
「だから、あんた達池袋支部は優秀すぎるのよ。殺しすぎ」
「そんなに?」
「あんた達が1ヶ月で殺してる人数、どれだけすごいと思ってるの? それこそカエラがいたアデレード支部の6倍くらいは殺してんのよ? 付け加えれば別にアデレードが職務怠慢してるわけじゃないからね。先月の評価は"優"」
「人類なんてポンポン産んで増えるでしょう……」
「日本の人類は30年くらい前から少子化が進んでて人口減ってんだっつーの」
「グムムムムム……」

 ネットリテラシーたか子は唸るしかなかった。確かに殺しすぎてるのか? いや、シンギュラリティは殺せば殺すほど評価される組織だったはず……。やはり原因はカエラなのだ。カエラのプレゼンが見事だったのだろう。現にシンシアは言いくるめられているし、私も反論出来ずにいる!

「……とにかく、私たちは人類保護法に反対します。苦しんでいる部下もいるのです……。私に本会議の常設議席権限はありませんが、支部長として意見を上申するために出席することはできるはずです」
「そりゃ制度としてはね。でもどうするの?」
「どうする、とは」
「たか子、会議ってのはイヤだ、ダメだでは成り立たないのよ。代替案が必要なわけ。実際にこのままだと日本から人類が死に絶えて困りそうだ、それに対して人類保護法以外にどんな方法があり得るのか、それを提案しないとダメよ」
「めんどくさ……」
「そんなことだからあなたは徳が高いのにいつまで経っても本会議メンバーに選ばれないのよ!」
「別に選ばれたくありません……。しかし人類保護法の代替案なんて……考えたくもありませんね。なぜなら人類はすべて滅びるべきだからです」
「なら人類に替わる労働力を考えるとかね。それが代替案ってもんよ」
「ほかに方法は無いのですか?」
「そうね……。例えば保護法の致命的な欠陥を見つけるとか」
「それだ! そっちの方が性に合います」
「そう……」
「ありがとうシンシア。手間を取らせましたね。また何かあったら連絡します」
「頼むから私に泥がかからないように立ち回ってちょうだいね?」
「私はそんなネットリテラシーの低い行為はしませんよ……」

***

「それで? どーするんだよ」
「シンシアの周辺を洗います」
「周辺を、洗う……?」

 アークドライブ田辺は首を傾げた。足下とかをか? そんなことしてどうするんだろう。

「でもどーするんスか? アタシらがこそこそしてたらカエラのやつも怪しむんじゃ……」
「まあ、なんとかしますよ……。保護法が気に食わないサイボーグは他の地域にもいるはずです。彼女らに協力してもらいましょう」
「そんで、私らは普段どおり振る舞うのか」
「そうです。澤村には酷ですがもう少し耐えてもらうしかありませんね」
「????」

 アークドライブ田辺にはいまいち事情が飲み込めなかった。

***


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マシーナリーとも子
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