マシーナリーとも子EX ~サンタ線切り篇~
「あなた達……サンタっていると思う?」
「「はあ???」」
鎖鎌と錫杖は目を丸くした。思っても見なかったことを神妙な口ぶりで問いかけられたからだ。しかもそれを聞いてきたのはあのシンギュラリティ最強のサイボーグ、ネットリテラシーたか子だったのだ。
「たか子よぉ、ウチの若ぇ衆に変なこと吹き込まないでくれっかなあ」
マシーナリーとも子が呆れながらお茶をテーブルに置く。今日はクリスマス。そんななか、たか子がやってきたと思ったらこんなことを聞いてきたのを訝しく思っているのだ。
「なに? アンタ信じさせてる系の教育する派?」
「いや、たか子さん……ウチらアホじゃないんで」
錫杖がムスッとしながら答える。鎖鎌もそれに乗じて「そうだよ~!」と話し出す。
「そもそも私らこの時代来る前から高校生だし……。いや、なんかちょっとこの時代とトシの数え方違うみたいだけどさァ~。それくらいもうとっくに通過してるって!」
「そう……。そうよね。それは確かに失礼なことを聞いたわ。でもここくらいしかアンケートする場所が思いつかなかったのよ」
「どうしたい?」
とも子の問いかけにたか子はしばし目を閉じ、お茶を一口啜る。ハァ、とため息をつく。こめかみから流れる冷や汗をファンネルが拭った。
「私がこんなことを聞きに来た理由ですが……その、結論から言います。サンタはいるのよ」
鎖鎌と錫杖はピンと来ない顔を見合わせる。とも子は微動だにしないまま口を開いた。
「その、いるってのはぁ〜……。そういえばお前、キリストに会ったことあるんだっけ? そういうレベルの話?」
たか子は首を横に振った。
「今は聖ニコラウスの話はしていません。いわゆる都市伝説の……クリスマスにプレゼントを配る、あの赤い服の男のことよ」
「何言ってんだお前ェ~! そりゃいるだろ!」
「は?」
その声の主はズカズカと部屋に入ってきたベルヌーイザワみ! そしてジャストディフェンス澤村だ!
「なんだたか子もいるのかあ? メリークリスマス!」
「メリークリスマス……ザワみ、あんたサンタ信じてるの?」
「そういう信じない心が良くねえってんだよなぁ〜! 徳が低いと思わねえのか? サンタさんはいる! これはこの世に燦然と輝く真実だ……。信じてねえバカどものせいで私たちはいつも迷惑してるんだ。目を開けバカども。メディアに騙されずに本当の真実を掴み取るんだ」
「おォっと風向きが変わってきたぞ」
とも子が焦りながらザワみの肩を掴んで座らせ、たか子に続きを促す。
「とりあえず話がややっこしくなるからザワみは黙っててくれる? えー、で、サンタは……いるのよ。これはおとといのことなんだけど……」
***
……そうね、事の発端は2ヶ月ほど前かしら。私の住んでいるマンションの隣室に新しく入居してきた人類がいるのよ。それ自体はなんの問題もないのだけど……。それから時折シャンシャンと鈴を鳴らすような音が聞こえるようになったの。最初は我慢していたんだけど段々耳障りになってきてね。そこでまず、私はマンション管理組合でそのことを議題に挙げたのよ。でも誰も取り合ってくれなくてね。
「お前のチェーンソーのほうがうるさいからだろ……」
黙りなさい。ロボの身体の特徴をとやかく言うなんて徳が低いわよ。とにかく、埒が明かないと思った私は、おととい、ついに耐えかねて部屋のドアを破壊して中に入り、蠢いていた中年男性を線切りにしました。
気づいたのはそれからよ……。シャンシャンと鳴っていた鈴は、男が飼っていたトナカイが首から提げていたもので、クローゼットのなかには白い縁取りがされた赤い服があったの……。プレゼントがいっぱいの袋もね。
***
「え……たか子さんサンタ殺したの?」
「とんでもねえ野郎だな!!!!!」
鎖鎌はドン引きし、ザワみは激昂した。
「別に……サンタだろうが人類は人類。シンギュラリティである私たちが殺してなんの問題がありましょう。それに奴らは複数人いる勢力なようですし……。ですが! これは放って置けなかった!」
ファンネルがふよふよと袋を運んでくる。ゴツゴツとしたものがいっぱいに入った白く大きな袋……。サンタクロースのプレゼント袋だ!
「お前それ、奪ってきたの!?」
「さすがにヤバいだろ、ウワー」
澤村は無断でプレゼント袋を漁り、無造作に取り出したプレゼントをザワみに投げつける!
「やったー! プレゼントだ!」
「それでええんかザワみちゃんは」
「サンタを殺してしまった以上、代わりにこれをなんとかしないと本徳サイボーグの名が廃ります」
たか子はファンネルに付け髭を装着させ、サンタ帽を被る! ネットリテラシーたか子サンタクロースフォーム!
「まあ……そんなわけでもし鎖鎌と錫杖がサンタを信じてるならコレをあげようと思ってたんだけど……信じてないなら、まあいいわね」
「えっ!? いやくれるなら全然欲しいよ!?」
「タダでもらえるもんは全部欲しい!」
「バイト代で買いなさい、健全学生……。じゃあ身内にプレゼントを欲しがるやつはいないということで、もういいわね?」
「あ、待てよたか子ぉー」
立ち去ろうとするたか子を澤村が呼び止める。
「なに? ザワみへのプレゼントならひとつだけよ」
「いやそーじゃなくてさ、身内ってんなら……ホラなんか最近田辺のとこにガキが来たらしいじゃねーか」
「あ……」
あのあーちゃんとかいうガキか! すっかり忘れてた。
「最近田辺がよくザワみに会いにくるからよぉーっ。ついでに色々聞いてんだよ。あのくらいの年頃はまだ信じてるもんなんじゃねーか?」
「ふん、確かにね……。例を言うわ澤村。私としたことが盲点でした」
***
「だからってなンで私までサンタやらなくちゃいけないんでスかセンセイ〜!」
サンタ姿にさせられたワニツバメが嘆く!
「あんた自体よりもトナカイ役が欲しかったのよ……。ワニの方、悪いけど扮してもらうわよ」
(ウググ〜! 私はエジプトの神なのになぜキリスト教の行事に参加せねばならないのだ〜!?)
たか子はファンネルに命じて素早くセベクにトナカイのツノカチューシャと赤い花をつけさせる! ワニながら強烈に主張するトナカイさ!
「あんたこれ外れるんでしょ? 外しておけばソリ轢かせなくてもまぁトナカイよ。室内でソリはまあ……狭いし」
「じゃあトナカイの格好させる必要ないし私もいらなくないでスか!? あとまあ外れますけどあんまり長時間別にしとくと私死ぬんで!」
「ほんの5分や10分くらいよ……あーちゃんの部屋はここでいいのよね? 田辺は?」
「お店でスよ。って言うか夜にプレゼント配るもんじゃないんでスかサンタはぁ」
「もう12月25日なのよ? 夜になったら26日、もうクリスマスのクの日もないわ世間は正月よ、しょうがーつ。善は急げよ!」
たか子は勢いよくドアを(ファンネルで)開ける!
「ホーホーホー! メリークリスマス!」
「……こんにちはたか子、さん」
1ヶ月ぶりほどに会ったあーちゃんは冷めた目でたか子を見つめ返した。
「……あんた、サンタ信じないクチ?」
「いや、信じるも信じないもチェーンソーでわかるし……。ワニの人もそのまんまだし……」
「確かにまったく隠す気がない格好でシたね……」
たか子は困った。せっかく来てやったのに。
「なんかどうでもよくなってきた感がある……。プレゼント全部やるわ、あーちゃん。どうせこの辺のマセガキもろくにサンタのことなんか信じてないでしょうし、親が勝手に配るでしょう」
「え……それはうれしいけど……あ、ありがとう」
たか子は横目であーちゃんを見る。ファンネルに命じ、プレゼントの小箱をひとつ持ち上げさせ、あーちゃんの眼前に運ばせる。
「ちゃんと私の言ったように練習してるの?」
「ああ……あれ?」
ファンネルは小箱を落とす! あーちゃんはそれを前腕で挟むようにして受け取った。
「腕や肘を使え! ……でしょ? こんなの軽い軽い……。でも流石に開けるのは無理だね」
「……そういえばあんた、靴下は劣化しないのね。足を使えば開けられるんじゃないの?」
「無茶言うなー……。でも確かに、能力が発揮されるのは手だけだね」
「ふん、練習する価値はあるわね。……ツバメ! 今日のところは開けてあげなさい」
「あいーーーす……。なんかこうやって開けてると私がプレゼント貰っちゃったみたいでスねえ。エート中身は……」
「……指輪?」
一同に沈黙が訪れる。
「……あー……」
「ははっ、これは私には無用だよね。つけらんないもん」
室内にあーちゃんの乾いた笑いが響く!
(き、気まずい……!)
「あ~! わかった! わかりました! 手を使わないコツと言わずなんとかしてやるわよ! その手!」
「……なんとか?」
「そうです。要はあなたの能力は制御が効いてないだけなのよ。それを私たちの未来のノウハウだとかなんとかでコントロールできるようになれば生活で困ることなんて無くなるのよ! そうでしょうトルー!」
たか子は振り返り、酒瓶を携えて入室しようとしていたトルーさんに話を振る。
(なんで私に振るんですか……)
「超能力の制御なんてアンタの管轄でしょうが。それにこの子の超能力を解明することは……私たちシンギュラリティにも有益なはずです。なにせ"回転"と"時間"を司っているのですから……。まさに私達がいま、困っていることよ」
(フン……。ま、その子を保護したのは我々です。救うことに異論はありませんよ)
「と……まあそういうことよあーちゃん。来年あたりから覚悟なさい」
「え……あ……。うん!」
あーちゃんは初めてたか子に笑顔を見せた。因果なものだ。殺人サイボーグである私が、人類を助けることになるとは……サンタは殺したけど。
「じゃ、せっかくだからクリスマスパーティーにしまシょうか! センセイもご一緒に」
「私が? アンタらN.A.I.L.と? ……ま、たまにはいいでしょう」
(では田辺にカツをいくつか揚げて持って帰ってくれるよう頼みましょう。クリスマス感は少ないかもしれませんがね)
あーちゃんはまたニコリと笑った。これまでと違って大変奇妙だが、にぎやかなクリスマスだった。
***
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます