マシーナリーとも子EX 〜高円寺の高Tier銃篇〜
「あははははははっ。ウヒッ! ウヒヒヒヒヒヒ!」
「もぉ~、錫杖ちゃんそのへんにしときなよぉ。パンダさん困ってるよお」
「だって黒いまんまるがキョロキョロ動いてるのおっかしくて……ヒヒヒ!」
パンダはまだキョロキョロとしていた。その真っ白でなにも無い──レジカウンター以外は──空間ではまったく遠近感がつかめず、足元を見てみても自分の影がほとんど見えない。床も多少発光しているのか? かと思えばまわりの女子たちを見てみても「下から照らされている」ような雰囲気は感じない。そういえばこの部屋の光源はどこにある? そこまで考えたところでパンダは苦笑して目をつむった。
「やめるか」
「ウッヒヒヒヒヒ……。え? どうしたって?」
「いや、深く考えるのはやめようと思ったのよ。どうせ嬢ちゃんたちにもこの不思議空間の仕組みなんてわからねぇんだろ」
「知らなーい。私たちバイトだもんね。知ってるのは入り方と出方だけ」
「でものぉ。世の中ってそんなもんじゃろ? 例えばこのレジだって」
錫杖が古ぼけたレジの会計ボタンを押す。いまどきPOSレジでも無いってことはどんぶり勘定の店だなとパンダは思った。レジはチーンと音を立てながら金が入ったトレイを飛び出させる。
「なんでボタンを押すとトレイが飛び出てくるのかはわからないし」
「いや、バネで飛び出してくるんだろ」
「あぁそうなの? まあでもこういうことってよくあるよなって言いたいんだな。わかる?」
「まあな」
ふうとパンダはため息をついた。とっとと用件だけ済ませよう。
「そろそろ商品を見せてくれないか。この不気味な空間にもウンザリしてきたぜ。なにか物体を見ないと不安になってこないか?」
「私もそー思う。んじゃ棚出すねー」
言いながら鎖鎌は右手で3回、左手で2回指パッチンをする。
空間の地面がゴゴ、と少し揺れたかと思うとパンダの傍らに2メートルほどの高さのウェポンラックが飛び出した。ラックは網のようになっており、そこにかかったフックに武器が懸架されている。
パンダはその最上段に提げられているアサルトライフルのようなものを手にとった。
「なんだふつうの武器も置いてるんじゃないか。妙なものばかり置いてる店と聞いて来たんだが」
「ん~。パンダさんの求めてるものにもよるけどそれはあんまりふつうの武器じゃないと思うけどなあ」
鎖鎌は地面から飛び出してきたマニュアルをつかみ取り読むと眉をしかめた。
「なんだと? こいつは鉛玉を撃ち出すライフルだろ? あまり見覚えの無い型だが銃にしか見えないぜ。ハンドメイドか……それともマニアックなカスタムか……」
「えーとその銃の名前は『サブマリンライフル』だって……」
「サブマリン? 潜水艦? 潜水艦のなかで撃つにしちゃあ大ぶりすぎるが……」
「いや、えっと……あ~~試し撃ちしてみます?」
鎖鎌がレジカウンターの脇に儲けられた怪しげなスイッチをダブルタップすると空間の地面に畳一枚ぶんほどの穴が現れウイーンと中から音を立てた。エレベーター? パンダが訝しんでいると果たしてエレベーターが上がりきり、そこには紙風船のような質感の小さな象が鎮座していた。
「試し撃ち用のデコイです。撃ってみてもらって」
「……人間用だなこの銃は」
パンダは太い指をトリガーに携えるのに苦労しているようだった。
「使い心地が気に入っても俺では使えないな」
そう言いながらパンダをスコープを除き、紙ふうせんの象に狙いをつける。難儀してトリガーを弾く。パンと軽い音を立てて弾が象に飛び、その身体に穴を開ける。
少し弾速が遅い? 撃ち心地もやたらと軽いしまるで空気銃だ。実戦向きではないのか? パンダがあれこれ思案しながらスコープを覗きっぱなしにしていると目の前で奇妙なことが起こった。紙ふうせんの象がズズズとゆっくり床に沈み始めたのだ。エレベーター? いや違う。まるで地面に溶け込むように沈んでいく。
パンダは慌ててスコープから目を話して肉眼でそれを確かめようとした。象はズズズと床に溶けていき、完全にその姿を消した。
「なんだあ?」
「そーゆー銃です」
鎖鎌が横から答える。
「サブマリンライフル……。つまり撃ったものを潜水艦のように浮き沈みできるようにする銃ってことだの」
錫杖が補足する。同時に床からドボッと紙ふうせん象が姿を現した。
「沈んで消えちゃうわけじゃなくて床が水面みたいになる感じらしーです。撃たれたほうからすると。効力は30分」
「こいつぁスゲエな」
パンダはぽんぽんとライフルの傍らを叩いて感服する。
「気が早いがあるだけもらいたいね。いくらだ」
「銃が黒プリッツ8本、弾が60発で黒1の赤3」
「高ェよ」
法外な価格を要求されたパンダはさすがに顔をしかめた。できることなら十丁ほど欲しいところなのだが。そこに新たな声が入ってきた。
「わからんのかい? 一品物なんだよ爀爀。ウチはアンティークショップなんだね」
その声とともに真っ白な空間は消え失せ、一行は店内に戻ってきていた。入り口には不機嫌そうな象頭の店主……ガネーシャが2対の腕を組んで立っていた。
***
「あれ? てんちょー今日はお休みじゃん。どうなされた?」
「日記帳を忘れてね……。読んでないだろうね君等」
「日記帳? 見てないよね錫杖ちゃん?」
「あ? 日記帳ってこれのこと?」
錫杖が腰に巻いたブレザーの中から小さなノートを取り出す。
「思いっきり持ってるじゃないか錫杖ちゃん!」
「だって怪しげなノートがあったんだもんよ。ホイ」
錫杖は口笛を吹きながらガネーシャに日記を投げ渡す。読んだな……。ガネーシャは冷や汗をかきながら錫杖を睨んだ。だがオホンと咳払いをすると改めてパンダに向き直った。
「どのツラさげて……と言いたいところだが、お前のことだ爀爀。おおかた私がいないときを見計らってきたんだろう。姑息なことをする」
「そりゃあんまりですよ先生。むしろ会えなくてがっかりしてたところをこうしてお目にかかれて……」
「貴様に先生などと言われる筋合いは無いっ!」
ガネーシャの怒鳴り声が店内に響く。数秒の沈黙。
「……え? なに? ふたりとも知り合い?」
「昔ちょっとな」
鎖鎌の問にパンダ……爀爀が苦笑いしながら答える。
「帰ってくれないか爀爀。お前さんに売るものはない……というよりお前のような輩に来られると困るんだよ」
「そりゃああんまりだ。俺と先生の仲じゃあないですか」
「わからんか? 私はその娘らを預かってるんだよ。お前達みたいなガラの悪い連中とつるませたら保護者の方に申し訳が立たないんだ」
「だったら武器なんか置かなきゃいいじゃないですか」
「だからアンティークショップなんだよ。ケンカに使うなんて想定外だし撃つためのものじゃなくて飾るためのものなんだ。だから高い」
「ケンカとは心外ですな……。俺たちにとっては立派な戦争です」
「ケンカだよ……私の立場から見ればね」
「…………」
爀爀は黙り込む。鎖鎌と錫杖はしばらく入り込む余地がなさそうなのでスマホを弄り始めた。
「帰ってくれんかね爀爀。できれば二度と顔を見たくないね」
「ええ、では退散いたしましょう。しかし私としては先生にはまたお会いしたいですね……。首尾よくいけば年明けにでもまたご挨拶に来ますよ」
「親切に教えてくれて助かるよ。では新年は旅行にでも行くとしよう」
「こいつは手厳しい」
パンダは頭を下げると窮屈そうにすごすごと店から出ていった。ガネーシャはその姿を見送り、深くため息をつくと鎖鎌と錫杖に向き直った。
「んもぉ〜! ふたりともさあ! 変なお客来たら連絡してよぉ〜! 危ないじゃんマジでさっ」
「いや、そんなこと言うてもこの店には変な客しか来ないんじゃが……」
「別にいままでのお客と比べて特別ヘンってことなかったよねぇ〜?」
「ダメなのっ! ああいう輩はダメっ! とにかく柄悪そうなヤツ来たら構わずに電話してよねっ!」
「柄が悪くないやつが武器なんか買いに来るかなぁーっ」
「あぁ〜、じゃあもう私がいるときだけに売ろうかなあ。おくすりみたいにさ。あぁーもうっ。危なっかしいったらありゃしない!」
***
「……来ることまでは想定済みだったがあそこまで無碍に扱われるのは想定外だったな」
退散した爀爀は閉じた扉を振り向きながら苦笑した。
「首尾はよくなかったのですか?」
表で待機していた龍人、もぐら、天狗などが気まずそうにパンダの様子を伺う。
「まあ買い物がうまくいかなかったことは想定内だ。もともとガチャみたいなもんだ」
「収穫はなかったのですね?」
「そうだ。だがここでは収穫がなかった、、というのが確定できただけでも儲けものと思おうや。今後ここを候補に頭を絞ることはなくなるからな」
「では戦力確保は……」
「第一候補の池袋に的を絞ろう。騒がしさならあそこが一番だ」
「御意」
頭を下げると龍人、モグラ、天狗は鋭い音を立てて姿を消した。それを見ると爀爀は懐から笹を取り出しひと齧りした。
「さて……忙しくなるぞ」
上野が炎に包まれるのはそれから3ヶ月後のことだった。
***