マシーナリーとも子EX 〜西口の古書篇〜
池袋では駅前の公園や百貨店にて定期的に古本市が開かれる。神田と違って池袋には古本屋が溢れている訳ではない。なのにどうしてこんなに古本屋が集まるのか、彼らはどこから来るのか……。それがワニツバメには不思議だったがまあどうでもいいことだ。今はただ……digるのみ。
(ツバメ! ツバメ! もっと写真集とか図鑑がある店に行くのだ。私は爬虫類の写真がいっぱい載っている本が欲しいぞ)
「ンもう。私は小説を読みたいんでスよぉ。そんなに図鑑が見たいなら分離して1匹で見にいけばいいじゃないでスかぁ」
(こんなところで分離したらおお騒ぎになるだろうがあ! それに私の言葉は人類共には通じないのだあ)
「ンモー、ちょっと待ってくだサい。じゃあこの本棚を見たら……」
そう言いながら適当な本の背表紙に指をかけようとする。その時、ポンと肩に手を置かれた。耳元に響くジャラッとした金属音──
「おぉ〜ワニさんじゃないかぁ」
「オッ! ワニやろー、奇遇だな」
「え……」
振り向くとそこにいたのは……褐色にドギツいマゼンタの髪色が派手すぎる錫杖を持った少女……名前も錫杖……と、その母親(?)であり憎き宿敵であるマシーナリーとも子だった。今日も憎たらしい薄ら笑いを浮かべている。その笑いはなんだ? わざわざ話しかけてきやがって。
「ウワーッ。考えうる限りサイアクの知り合いに会っちゃいまシたねえ。なんで接触してきたんでス? 私が逆の立場だったら見なかったことにして反対側に歩き出しまスよ」
「そう冷たいこと言うッなよワニさぁ〜ん。私とアンタの仲じゃないか」
そう言いながら錫杖は馴れ馴れしく肩に手を……肩というかセベクなんだけど、に手を回してくる。なんなんだこいつは?
この錫杖というガキは徳の塊……理屈はよくわからないんだけどとにかくそうで、私は以前、本徳の力を得るためにこいつを相当な期間、セベクの中に吸収していた。そのことで恨まれてもおかしくはなさそうなもんなんでスが、なぜかこいつは吐き出してからも妙に懐いてくる。ヘンなやつでスよ! あの親にしてこの子ありといったところなんでシょうか?
「おうちょうど良かったぜワニ。錫杖のこと頼ま」
「はあ……。えっ!? なんでスって!?」
「しばらくそいつの子守りしててくれよぉ〜っ。私おもちゃ屋とか家電屋見たいからさぁ〜」
「はぁ〜? なんで私がそんなことシなきゃいけないんでス? 私になんの得も無いじゃあないでスか! ましてやお前のためになることなんか1ッミリもやりたく無いんでスけど!?」
「でも錫杖が嬉しそうだからさ」
「はぁ〜〜?」
視線を横に送ると頬がくっつかんばかりの距離で錫杖がニコニコと笑みを浮かべていた。
「私は一向に構わんぞぉ〜? 行ってらっしゃいママ」
「勝手に決めないでくだサいよっ!」
「まあまあそう言わずに」
錫杖が首の後ろに回した腕をギュウと締めてくる。ウゲぇっ! なんてパワーでスか!? これが徳人間の力?
その力に驚いてるすきに、マシーナリーとも子はヒラヒラと手を振って去っていってしまった。
***
「はぁ……まあいいでシょう。いや良くは無いけど。どっちみち本を漁ってまシたし……」
「ワニさんどんな古本買ってんの?」その問いに私は適当に持ってきたマイバッグの中身を見せる。
「ハードカバーに文庫本に……全部小説じゃん」
「ただの小説じゃあありまセん。推理小説でスよ。それもホームズものが大半でス」
「推理小説?」
錫杖は首を傾げる。
「アンタもここより未来から来たんでシょう?」
「んー、何度かその話ママとか鎖鎌としたけどのう、私たちがいた2050年とワニさんの時代結構環境が違うっぽくてなぁ。それに2045年では私、ほとんどワニさんに飲み込まれてたから外の環境知らねーし」
そうなのか? 5年でそんなに変わるもんか?
「……2045年ではシンギュラリティの手によってシャーロック・ホームズは規制されていたんでス。奴らがバリツを恐れてね。もっとも、シンギュラリティの勢力が強大なイギリスと違って日本ではそうでもなかったようでスが……」
「へぇーー」
「私としてはやはり英語版が欲しい、それでもこうやって読んだことのない本や、昔は読めた本を手に取れるだけですごく嬉しいんでスよ」
「ふぅーん。まるで禁酒法時代だのう」
「はぁ?」
何を言い出すんでスかこいつは。母親とは違ったベクトルで良くわからないやつだ。
「なーんかピンと来ない顔しとるのうワニさん。私、禁酒法時代が好きなんだけど、知らない?」
「名前くらいは……という感じでスが」
「19世紀のはじめに、アメリカで酒を飲むのは良くないとされる運動が大規模にあったんよ。今では考えられないことだけどの。けど当然国民はそんなこと聞かなくてな。各地でギャングが運営する違法の酒場屋や密造酒が氾濫して悪い奴らは強かにお金儲けしてたンだな」
「野蛮な時代って感じでスねえ。そんな時代の何が好きなんでス?」
「金の匂いを的確に嗅ぎ取ってちゃっかり儲けちゃってるギャングたちがだよー! なんだろ……かわいいというかかっこいいというか……モチロン悪い奴らなんだけどさ、その根性は見習いたいものがあるっつーかさー」
「アンタがどう育とうか私の知ったこっちゃあないでスけど、あんまりそういう連中をリスペクトするのが感心しまセんよ……」私は眉間に皺を寄せながら言った。
私は気を取り直して古本を漁る。表面のセロハンが剥がれかけた古い本を取り出す。こいつはホームズじゃあないがなかなかのレアものだ。
「電人M! ポプラのじゃあないでスか。江戸川乱歩は趣味じゃないでスがあ、これは流石に確保したくなっちゃまスねえ」
「ん……? 待てよ……? 禁酒法、禁酒法かあ……。のうワニさんや。2045年では……ホームズものは規制されてると言ったのう。実際にどんな感じなのだ?」
「ン……? そうでスねえ、イギリスでは基本的には発禁でした。日本ではサイボーグの影響力がそこまでではないので発禁というほどではありまセんが、シャーロキアン対策として動いていたサイボーグ一派もいたらしく、出版社が脅されたり潰されたりしてあるのは流通在庫のみでシた」
なぜか錫杖の鼻息が荒くなっていく。どうしたというのか。
「ふむ! それでどうやってその……ホームズファンたちは交流してたんだ? ワニさんもそうだったんだろ?」
「そりゃあ、シャーロキアン同士で昔から持ってる本を回しあったり、貸し借りしたり、時には売ったり……。時々オークションとかに出ると、これが高いんでスよねえ。レアだから仕方がないけど……。私もね、おじいちゃんが持ってた本を読ませてもらって……」
「それだぁ!」
途中まで聞いて錫杖は走り出した。
「あ?」
(なんだ、どうしたのだヤツは?)
わからない。でも猛烈に嫌な予感がする──!
***
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます