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マシーナリーとも子EX 〜高円寺の武器庫篇〜

「今日も暇だのォ〜」

 錫杖がハァーっと壺に息を吐きかける。光沢ある壺の表面が曇ると、錫杖はそれをきめ細かいなのでキュッと拭いた。

「暇だねぇー……」

 鎖鎌は目を向けずに返事をしながら船を漕いでいた。座っているのは店のレジカウンター。といっても昨日は店を開けてから3時間、一度もレジを使ってはいない。
 高円寺の古着屋街の一角。細い路地を抜けた薄暗い隅っこにアンティークショップ「ムンバイ」はあった。ここで週4日、鎖鎌と錫杖はバイトをしている。時給は2000円。勤務時間は12時から18時まで。そのうえ客は滅多にやってこない。小遣い稼ぎとしてはうってつけの店ではあったが、その退屈さについては如何ともし難かった。
 バイトに加え週に1日は、店主のガネーシャが勉強を教えてくれていた。これは学校に通ってない鎖鎌と錫杖について憂いたマシーナリーとも子がバイトをする条件として提示した折衷案であり、鎖鎌と錫杖もこれには素直に従った。学校に通うよかはマシだ。幸いにしてガネーシャは学問の神でもあり、その授業は非常に理解しやすくふたりはするすると吸収し、いつしかマシーナリーとも子も勉強については文句を言わなくなった。だが今日はそれも無い。客は来ない。

「なんかまた店のものでも引っ掻き回すかぁ?」
「もー! こないだそれでひどいめにあったじゃんさ〜! やめとこうよ!」

 先日はおもしろそうな戦略ボードゲームが埃をかぶっていたので遊んでみたところゲーム内に取り込まれ戦争に巻き込まれた。幸いにしてゲーム内時間とリアル時間は時の流れが異なるようで、鎖鎌と錫杖は戦争に3週間付き合うハメになったがゲームから出てきた時にはまだ入りこんだ日の夕方で、マシーナリーとも子から叱られることは無かった。だがもう雑兵を日に300人も殺すのはウンザリだ。兵士を運ぶ車は汗臭かったし……。

「こないだのはハズレだっただけかもしれんじゃろ? 取り込まれても気楽に過ごせるゲームもあるかもしれないし……。あ、禁酒法時代のゲームはないかな……」
「そのポジティブさいるかなぁ〜!? ほんと次は死んじゃうかもしれないよーッ!」

 カランカラン……。
 そのとき、ドアに据えられたベルが鳴る音がしてふたりは出入り口を見た。そこには巨大な影。身をかがめてはいるが身長は3メートルはありそうな高さ。そして体の幅も厚みも人間のそれではない。まるで熊だ。いや、改めてよく見てみるとそれは確かにクマだった。白地に黒の耳と目まわり……。巨大なパンダがそこに立っていた。

「いらっしゃいませ〜」

 パンダだな、と確認すると鎖鎌は物おじせず応対した。この手の客は慣れっこだ………というかそもそもこの店にまともな人間は来ない。店主からして頭が象で腕が何本も生えてるようなヤツなのだ。地球種であればいい方で、アメーバ状やガス状の異星体がくることも決して珍しくなかった。ある時に来たガス状の宇宙人などは入店したはいいが日本語が話せず、そのうえなにやら怒りだしたので錫杖が掃除機で吸い取ってそれっきりだ。それに比べればパンダの客のなんとまともなことであろうか。

「なにか武器は無いか? 特に目当てのものがあるわけじゃあねえがおもしろいものがあるなら買いてえ」

 パンダは中国風のスーツいわゆるマオカラー……に身を包んでいたがその服はところどころが裂け、砂や血で汚れていた。錫杖はぼんやりと床に座る混んでいたがゆっくりと立ち上がり、殺気を立てない程度に警戒体制を取る。いざ危なそうなやつだったらすぐに叩き出さなければならない。

「武器って……ほんとうになんでもいいの? 銃とか刃物とか〜」
「ああ。俺が使うとは限らないからな。ネタがほしいんだネタが」
「ええっと、ちょっと待ってくださいね〜」

 ムンバイはアンティークショップだがその実、扱っているのはただの骨董品ではなく不思議な力が備わったアーティファクトである。そのなかにはもちろん武器としての効力を発揮するものも多くあり……。ガネーシャはそれらを頓着なく売っていた。とはいえさすがに棚に置きっぱなしにしてはおらず、客の申し出に応じて取り出すかたちをとっていた。鎖鎌はその手順が書かれたメモをレジの引き出しの下から取り出す。

「えーとお客さんちょっとカウンターの前まで来てくれます? あ、錫杖ちゃんも」
「? なんだ?」
「いいからいいから」

 パンダは釈然としない顔をしながらも言われたとおりにする。その巨体はすっかり鎖鎌の視界を覆い尽くしてしまった。

「んで次はみんなで私の言うとおりに動いてね……。右に3回、左に4回回転!」
「これはなんだ? 合言葉かなにかか?」
「うーん、まあ似たようなもんです。かったるいだろうけどやってもらわないと困るんですよ〜。ほら回って〜」

 鎖鎌の合図をもとにふたりと一匹はくるくると身体を回す。パンダはその巨体を天井で回るファンやカウンター周りに置かれたガムやクッキーが置かれた棚にぶつからないようにするのに苦労していた。

「はい! そんで2回軽くジャンプ、1回は膝を曲げて大きくジャンプ!」
「ジャンプ?」

 パンダはいよいよ眉間にシワを寄せた。

「お嬢さん、俺の身体が見えてるよな? こんなところでジャンプしたら天井を破っちまうぜ」
「うーん。じゃあ多分やってみせる演技だけでもいけるんじゃないかな〜。ほんと、軽くぴょんでいいんで。しっかり膝を曲げて」
「俺もパンダがいいよな……。こんな茶番に素直に付き合って」

 パンダは素直にぴょんと跳んだ。

「いや実際助かってますよ〜。お客さん素直に聞いてくれるんで。これふざけてンのかって怒り出すお客さんけっこういるんですよ」
「そういう客はどうしてるんだ?」
「やっつけちゃいます。てんちょーからそうしていいよって言われてるんで」
「はは……」

 パンダは笑った。

「なるほど。なんでお嬢ちゃんたちが俺に物怖じしないのかわかったよ。単純にあんたら強いんだな」
「物怖じ?」

 錫杖は不思議そうに眉をひそめた。

「なにを怖がる必要があろうか。人間の立場からすればパンダはアイドルみたいなもんだし」
「実際に目の前にしながらそう言える人間はそうそういねえよ」

 パンダは本当に愉快そうにニヤニヤ笑った。少なくとも機嫌を損ねてはいないようだ。

「んじゃ最後に、せーのでみんなで手を叩くよ〜。準備はいい?」
「いつでもいいぜ」
「せーのっ!」

 パン!

 次の瞬間、パンダは自分の目を疑った。頭がおかしくなったのかと思った。

「なに?」

 遅れて驚嘆の声が出た。さっきまで古ぼけたアンティークショップにいるはずだったのに、いつのまにか果ての見えない、真っ白な空間に立っていたのだ。パンダのほかには店員ふたりとレジカウンターのみ。空間はあまりに白すぎて地面と空はいちおうあるようだったが地平線すら認めることができない。油断してると思わず宙に浮いているような感覚に陥る。

「ここがウチの武器庫でーす。驚いた? パンダさん」
「あははははははは! うひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」

 店員のひとり、ピンクの長髪が涙を流さんばかりに笑い始めたのでパンダは驚くのもそこそこに不思議に思った。

「なにがおかしい? 俺がびっくりしてるのがそんなに珍しいのか? ほかの客はもっと落ち着いてるもんなのか?」
「違う違う……あー、おかしいのう」

 錫杖はいよいよ瞳からこぼれた涙をていねいにハンカチで拭きながら答えた。

「まっしろな空間にパンダがいると黒いまんまるが浮かんでるみたいでおもしろくて……あははははは」

 馬鹿にされてるような気もしたが、パンダは怒る気にもなれなかった。まだこの奇妙な空間に驚き続けていた。パンダは久々に自分が手玉に取られているかのような感覚を味わった。

***

読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます