マシーナリーとも子ALPHA ~池袋市街の殺人篇~
「ここか……最近噂のトンカツ屋は」
4人の男たちはのれんの前に立つ。「とんかつ処田なべ」。池袋新進気鋭のトンカツ屋としていまにわかに話題の店だ。
「なんでも揚げ方が違うらしい」
「どう違うんだ?」
「店主の左腕が銃なんだと」
「腕が銃?」
4人の中で一際長身で垢抜けた印象の男は素っ頓狂な声をあげた。なんで腕が銃なんだ?
「とにかく入ってみよう。味は間違いないらしい」
「よし」
のれんをくぐり、ガラガラと引き戸を開ける。
「……しゃあ〜い」
ランチタイムはもうすぐ終わりだというのに6分ほど席が埋まっている。厨房の真ん中で忙しく調理をしていた店主が顔をあげた。その左腕には……大きなワニがくっついていた。
「あれ?」
「銃じゃないじゃん」
「おかしいな?」
「いやなにがおかしいってワニがついてるのはおかしいだろ……」
店主らしきワニを腕につけた女性はチラと座敷の方を見てから話しかけてくる。
「お客さんたち、4名様で? いまちょうど座敷が空いたのでそちらへ」
「あ……はい」
4人はワニについてツッコミたくて仕方がなかったが、とりあえず座敷に座った。
***
「じゃ、ツバメさんお願いね」
「あーい。ごゆっくり」
ダッシュして店を後にするアークドライブ田辺を見送りながら、バイオサイボーグ・ワニツバメはとんかつ処田なべのユニフォームに袖を通した。
少し前、ワニツバメが2046年から2019年に転移して間もないころ、N.A.I.L.を殲滅せんと燃えるウェアウルフの集団が爪ハウス(これはトルーとアークドライブ田辺とワニツバメが住んでいる、実質上の現N.A.I.L.の本部であり、マシーナリーハウスの隣に部屋を借りていた)を襲撃した。
ふだんなら簡単に勝負をつけられる相手であったが、今回は屋内であるということが災いした。10人以上のウェアウルフが侵入した爪ハウスは完全に手狭となり、またプライベートな自分たちの住居ということもあってトルー、田辺、ツバメの3者は対処に苦慮した。そして狭い家の中でドタバタの戦闘が行われた結果として田辺はうっかりウェアウルフに腕を噛まれ、サイボーグウェアウルフと化して狼の本能でワオワオと鳴きながら外に飛び出してしまったのだ。しかも、狼の本能が発揮されたのにフライトユニットを用いて空を飛んで出ていってしまった。困ったのは残されたふたりである。田辺がいなければとんかつ屋を開けることはできない。そしてしばらく閉まってしまえば開店してまだ間もないとんかつ処田なべはたちまち客を失うだろう。
仕方無しにふたりが出した結論はこうだった。トルーは超能力を使ってウェアウルフ田辺を追跡し、狼化を超能力で解く。そのあいだツバメはとんかつ処田なべ店主代行として店を開けておく。最初は自分にトンカツが揚げられるのか不安だったツバメだったが、田辺得意のビームライフルを用いた高温揚げはなんとか再現することができた。彼女は左腕に元エジプト神のセベクであるワニを同化させており、そのワニの口からは高温のクロコダイルブラストを放つことができるのだ。あとはシャーロキアンならではの優れた観察力と洞察力を持ってすれば、田辺ほどの経験とセンスは持ち合わせていないものの似たような水準のトンカツを揚げること自体は可能だったのである。
3日後、田辺はもとに戻って帰ってきたがそのあいだツバメはなんとかとんかつ処田なべを回すことができた。田辺はツバメが店を維持できていたことに感動し、また、もともと厨房役が自分ひとりで店をやっていくのは無理があると思っていたことを吐露し、ときどきツバメに店を代わってもらえないかと切り出した。ツバメもN.A.I.L.の食客としてボンヤリ過ごしていることに軽い後ろめたさを覚えていたことを述べつつ快く承諾した。
こうしてとんかつ処田なべには、ときどきビームライフルの腕を持つ店主の代わりにワニの腕を持つ弟子が揚げ役として立つことになったのである。
***
「じゃあこちら、お座敷の席に持っていって~」
「はい」
ホールスタッフのN.A.I.L.モブ構成員に4人分のロースカツを渡す。今日の昼営業はあの4人の客で最後だ。ツバメはとりあえずの今日の自分の役割が一段落したことに安堵の息を吐き、クイと水を飲んだ。ふと座敷のほうに目をやる。4人はどうやらこちらで言うところの大学生かなにかのようで、そこそこ若く、またそれでいて平日だというのに昼間からビールを飲んでいた。軽いものを肴にもう5本……ひとり頭1本以上を開けている。かなりできあがっているようだ。まぁ飲食店的にはお酒をたくさん飲んでくれるのは儲かるんでありがたいンですけどね。時折笑い声に混じって軽い言い争いのような声も聞こえるが、ほかの客は全員会計を終えて帰ったしそう極端に騒々しくもない。トンカツを食べたら帰るだろう。ツバメはホールスタッフに休憩してくることを告げると店の外に出た。懐からパイプポーチを取り出し、パイプにタバコを詰める。パイプはツバメの趣味のひとつだ。もともとはホームズに影響されてはじめたのだが、いまはホームズのことを考慮しなくても好きな趣味だ。楽しいし美味しく、気持ちが落ち着く。田なべ店内は禁煙なので、吸いたいときはこうして表に出なければならないのが少し面倒だ。2045年には禁煙という文化そのものがなかった。もしかしたらサイボーグとの戦いでそれどころではなかったのかもしれないが……。
ツバメが2回、3回とタバコを吸い、ぷか~と煙のリングを浮かべて心からくつろぎ始めたそのとき、店内から悲鳴が聞こえた。
***
「ウギャアーッ!」
ツバメが悲鳴に気づいて急いで店に戻ると、なぜか座敷にいたはずの男たちが3人、厨房にはいっていた。最初は怒鳴ろうかと思ったがどうも様子がおかしい。目を凝らすと3人の男たちの足元にもうひとりの男が倒れている。
ドアをガラリと開けてホールスタッフのモブ構成員が入ってくる。右手には箒。空き時間を利用して掃除をしていたのか。
ツバメは男たちの元に割って入る。倒れている男は顔を大やけどして絶命していた。そしてその傍らにはひっくり返った鍋。
「こ、これは一体……なにがあったんです!?」
「こ、こいつが酔っ払って厨房に入って……俺たち止めようとしたんですけど鍋をひっくり返して頭から被って……」
「なんですって!?」
まずいことになった。自分が店の留守を任されてるあいだに客が死ぬなんて。ツバメの脳の半分はこのトラブルにどう対処しようと慌てふためいていた。だがもう半分の脳は……この死体の不自然さを冷静に観察していたのである。
「ど、どうしよう。とりあえず警察を呼びましょうか」
「そうだな……。息があるなら救急車だけどもう死んでるもんな」
「待ってください」
ツバメは電話しようとする男たちを呼び止めた。
「え?」
「スタッフさん、入り口と勝手口閉めて」
「はい」
ホールスタッフがドアを施錠する。密室! これでは男たちは帰れないし警察が来ても入れない!
「な、なにをするんですか店長さん!」
「あなた達をこのまま帰すわけにはいきません」
「エッ! どうしてですか! そりゃあ警察がきたらこいつが死んだときの話はいくらでもしますけど……」
「ビークワイエット!」
「ヒッ」
口答えする客にワニの鼻先を向ける! ワニがパックリと口を開けて威嚇! あまりのおそろしさに客は立ったまま小便を漏らした!
「これはうっかりから生まれた事故ではありません……殺人です! そしてッ!」
ツバメは万感の想いを込めて目を閉じ、グッと溜めてから言い放った。
「犯人はこの中にいるッッッ!!!」
***