マシーナリーとも子EX ~雀将荘の用心棒篇~
池袋の中華料理屋。そこで松木は冷や汗をかきながらグラスのコップをグビリと飲んだ。
その目の前ではまたカランと音を立てて空き皿が重なる。本当に遠慮しないで食うよな……。ある種の感心の気持ちが自分の中に芽生えていることに松木は気づいた。
皿を空にしているのは彼の前に座る2体のサイボーグ。1体は腕に南京錠をつけ、ブロンドの髪を首の長さで切り揃えたサイボーグ。小さな蒸籠から桃まんをポイポイと口に投げ込むと一瞬で空にしてしまった。
もう1体は黒い髪の毛で硬めを隠したサイボーグ。背中には巨大な大砲を背負っており、見るたびに嵩張って邪魔そうだと不安になる。店の中に入ってきたときは店内の照明を4つは壊していた。彼女は圧巻のスピードで焼きそばをかきこむと、まだ咀嚼しているうちにチャーハンの皿を手に取った。
「むぐむぐ……。それじゃ店長。整理しようかね」
桃まんを口の中で転がしながらブロンドのサイボーグ……エアバースト吉村が話し始める。吉村は松木のことを店長と呼んだが、彼がこの中華料理屋を経営しているわけではない。彼はあることを相談するためにこの店に吉村を招き、接待も兼ねて食事を奢ることにした。が、やってきたのは吉村だけではなかった。彼女の傍らには大砲を背負ったサイボーグ……ドレッドノートりんごが立っていたのだ。最初はまあひとり奢るもふたり奢るも同じか、と単純に考えていた。が、それが松木の過ちだった。りんごはとにかく食べる。凄まじい勢いで食べるのだ。いまや机の上に積まれた皿の高さは天井にまで届きそうな勢いだ。その3/4をりんごが食べた。吉村もよく食べるが、りんごに比べればかわいいものだ。デブの人間だってこれくらいは食べる。だがこのりんごとかいうサイボーグはなんなんだ。そもそもこいつは役に立ってくれるのか?
「店長? おーい。聞いてっか?」
「絵……あ、ああ! すまん吉村さん。続けてくれ」
「つまりこうだろ? オタクの店の賭場荒らしをアタシに退治してほしいと」
「う、うむ。要点を言えばそうだ」
松木は雀将をプレイする店を経営している。店自体は卓も2卓のみ用意された小規模な店だが、吉村をはじめとした著名プレイヤーの常連客に恵まれ、経営は好調だった。2週間ほど前までは……。
店に賭場荒らしが現れ、常連客を食い物にし始めたのだ。雀将にはある程度のレートでの点数の現金化が認められている。それはポーカーなどと同様で、金のかからないルール下で遊ぶのではあまりにゲーム性が違ってきてしまうからという理由に基づいているのだが、つまるところこのゲームは国内では稀有な、法で認められたギャンブルのひとつなのだ。それは3パイント100円と、雀将の本場であるルーマニアに比べればかわいいものであるが、ある種のプレイヤーにとっては十分に魅力的な金額ではあった。
賭場荒らしは毎晩のように来店し、松木の店の常連客から金を巻き上げた。それが腕前によるものなのか、なんらかのイカサマによるものなのか松木にはわからなかった。だがとにかく賭場荒らしは勝ち続けた。原因がわからなければ彼を出禁にすることもできない。彼のやっていることは……何かがあるとすればその何かを突き止められない限り……完全に合法なのだ!
このままではすべての常連客の財布をカラにされ、また碌でもない奴がいるという噂も広がり松木の店は潰れてしまう! その前に手を打つ必要がある。だから常連の中でもっとも腕が立つ吉村に声をかけたのだ。
「ま、こーしてうまいメシも奢ってもらったし、店長にはふだん世話になってるし手伝ってやるよ」
「あ、ありがたい! 成功報酬は……」
「いらねーよ。そいつからたんまり巻き上げてやるさあ。今夜も来るんだろ? てっぺん超えたあたりに行きゃいいか?」
「よ、吉村さんアンタ神さまダァ!」
松木は瞳に涙を浮かべ、思わず両手を合わせた。相談して良かった。
「ところで……」
りんごを見る。彼女は相変わらず豆苗炒めを貪っている。
「え……。今度は五目ラーメン頼んでも、いい?」
「いや、いやいいけど! いいけどちょっと待ってくれ! なあ吉村さん、彼女も戦ってくれるのかい?」
お茶を啜ろうとしていた吉村は急に話を振られて「へ?」と戸惑いの表情を浮かべていた。
「え……りんごさん、雀将できんの?」
「ん……」
りんごはモグモグと肉まんを頬張っている。
「あと……アヒルの丸煮も食べてみたい……」
「店員さ〜ん! アヒル追加ね!」
「いやいやいやいや! だから! 雀将はできるんですか!?」
松木は机を叩きながらりんごに問い直す。りんごは中華スープを飲み干して答えた。
「私……。ルール全然わからない。雀将は……」
「そうなんだ」
「えーーーーっ!!!! じゃあなんで連れてきたんですか吉村さん!!!」
「え……いやなんか事務所でヒマそーにしてたしメシ食わせてもらいに行くって行ったらついてくってゆーから……」
「中華料理、おいしい……。すき」
「おゲーッ!!!」
松木は机に突っ伏した。なんでそうなるんだ? だがサイボーグに逆らえるわけはない。
「ま、ま、成功報酬払ってくれるつもりだったんならいいじゃねーか。前払いみたいなモンだよ……。りんごさん、まだなんか食う?」
「水餃子」
***
その日の夜、エアバースト吉村はダークフォース前澤を伴って雀将荘「マサカリ」にやってきた。
「雀将荘なんて初めて来ますよ、私」
少し緊張した面持ちで前澤が漏らす。なぜだかしきりにガンランチャーの角度を整えているが、吉村はなぜたかが雀将ごときに身なりを整えようとしているのかと呆れた。
「そうなのか? 付いてきてくれたってこたぁーそれなりに打つんだろ?」
「嗜む程度ですよ! それに知らないロボや人類と打とうとなんて考えたことないです。第一緊張するじゃあないですか……。なんだろ、入っていいんですか? 合言葉とかいらないんですか?」
「だから合法だって言ってんだろ! ほら入るぞ」
扉を開けて吉村が入り、続けて前澤がおずおずと後を追う。
ガチャンと扉が閉まったかと思われたその時!
「グワーーーーーッ!!!」
轟音と共に悲鳴!
「なんだ!?」
異常を察知した吉村と前澤は猛然とダッシュし卓のある部屋に向かう!
「ゲッ!」
「これは……!」
異常は部屋に入るまでもなく察知できた! 卓が置いてあるプレイルーム、その扉が廊下まで吹っ飛ばされ、その上では人類が痙攣している! 一体これは!? 吉村が部屋に入ると正面に乱れた和装を整える眼鏡の男が立っていた。
「おやおやこれは……」
「吉村さん!」
脇から顔を出したのは昼に食事を奢って貰った松木店長だ。その目には涙が浮かんでいる!
「店長、こいつぁ……」
「見ての通りだよ……。いま吹っ飛ばされたひと見てごらんよ」
促されて吉村は後ろを振り向く。ドアと折り重なっているその姿、よく見れば人類ではない! 緑色の肌、ウロコ、長く伸びた尻尾……。屈強な肉体のリザードマンだ!
「ヤマさん!?」
馬鹿な。吉村は驚愕していた。ヤマさんが人類に肉体的に負けること自体ももちろん驚きだ。でもそれ以上にこの界隈でガチでやってヤマさんに雀将で負ける奴がどれだけいるってんだ?
そもそも吉村が雀将の腕を上げたのはこのリザードマンに目をかけられたからというのが非常に大きい。リザードマンの長命を活かし、戦後から朝鮮特需、バブル、長い不況……そのすべての時間を雀将に当てたこのヤマさんという男には圧倒的経験値があった。並はずれた運があったわけではない。超人的ゲームメイクのセンスがあったわけではない。ただ彼は知識量が凄まじかったのだ。
ある日、暇潰しにこの店に現れた吉村の荒削りながらグイグイと前に出るゲームづくりの巧みさに、ヤマさんは長い舌を巻いた。自分にはないセンス……。その可能性に惹かれた彼は、吉村に自分の経験から来る知識、セオリー、ルーチンなどをすべて叩き込んだ。いわば吉村にとっては師匠のような存在だったのだ。そのリザードマンがいま、雀将に破れ廊下で伸びている……。
吉村はドスンとドアから一番近い椅子に座った。
「ルールはボクアリキチアリの7ゲームマッチでいいんだな?」
「やる気だねえ。まだ挨拶もしてないのに」
「フリーの雀将で挨拶なんかいるかよ?」
「違いない……。そちらのもう1人も打てるんだろ? 人数が足りなくて店長に入ってもらってたんだ。座りなよ」
「……。お手柔らかにお願いします」
前澤も遅れて吉村の上家に座る。吉村の対面に先程ヤマさんを吹き飛ばした和装の男が着いた。
「……ヨッちゃんよ、正直安心したぜ」
吉村の下家に座っていた中年男性が汗だくになりながらタバコに火をつける。その手は震えていた。
「ミシェル。お見限りだな。ヤマさんはどうだった」
「あんなの初めてだぜ! ヤマさんが手も足も出ないなんて……こいつはやべえよ!」
「やばい? オメェーの物差しでどんだけやばいか知らねェーけどよぉー。所詮人類は人類だろ!」
吉村はゲーム開始の合図となる山札めくりを行う!
「こちとら殺人サイボーグなんだぜっ!」
卓からファンファーレが鳴り響く! ゲーム開始だ!
***
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます