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マシーナリーとも子EX ~チェーンソーの音色篇~
「データがない?」
「そうなんだ……自分では千葉から来たと言っているけど……」
横須賀データセンター内に無数にある会議室、そのうちのひとつ「オパビニア」で2機のサイボーグが会談していた。ルチャドーラますみとドゥームズデイクロックゆずき。いずれもシンギュラリティ内で高い地位につく本徳サイボーグである。
「マシーナリーとも子……そういう名前のサイボーグはシンギュラリティのデータのどこにも存在してないんだよ」
「どういうこと?」
スパァン!
質問しながらますみは受け身を取った。彼女は全身にマントラが書かれた本徳サイボーグであり、投げ技を敵に繰り出すことで本徳を得る。だが当然会敵していないときは投げるものが無いため、定期的に受け身を取ることで己のマニ車を回すのだ。
「いま……我らの数はどのくらいまで行ってるのですか?」
「ひと月前の段階でサイボーグの数は138。支部数は20、進出した国は4と行ったところだね。まだまだ伸ばさなきゃならない数字だが……逆に言えば調べはすぐにつく数字なんだよ。にも関わらずマシーナリーとも子が登録されている支部はない」
「そもそも……千葉に支部なんかあった?」
「無いよ。池袋すら手にできてないんだから当然だろう」
現在、日本のシンギュラリティは横須賀を中心に活動している。ここはかつて人類の通信関係を司る施設だったが、中に勤めている人類は8割が惨殺され、2割はロボットに改造されていまはシンギュラリティのためにお茶くみやコピーを強いられている。また、本格的に活動を起こすまではなるべく穏便に活動したいというシンギュラリティの活動方針に則り、通信関係の業務は引き続き継続し、死んだ人類の口座を抑えることで日本での活動資金の一貫としている。ゆずきはそうしたデータを収集・管理し人類に関する情報を集めるという仕事もしていた。
「じゃあ口から出任せの怪しいヤツってことになるわね。スパイかもしれない……」
「だが、不自然なのは経歴だけなんだよ。身体構造は我々と同じだったし、徳に不自然なところもない。検査にもかけたが嘘はついていないようだし、君もとっくに感じているだろうが徳の質や量は申し分ない」
「……そうね」
ますみはひと目見たときからマシーナリーとも子に不快なものを感じていた。その自らも超える徳の高さ、太さにだ。それはたか子から感じていたものと同じことだった。
「そしてもうひとつ……これも興味深い点なんだが、とも子のマントラだ」
「マントラが、何? なんか彼女のマントラへにょへにょしてるけど……」
「ウン、それがね……マシーナリーとも子のマントラの筆跡、切削痕、残留徳……その何れも、やはりシンギュラリティのデータベースに存在してないんだ」
「え……それって……」
「彼女は生まれながらの本徳の可能性が高い……。いわゆるアバタールというヤツさ」
スパァン!
ますみは歯を食いしばりながら受け身を取った。その表情は憤怒に燃えていた。
***
「……と、いうわけで今回の作戦は前回より隠密性を重視します」
「なるほど」
ますみの説明に、隣に座ったカシナートさなえが頷く。
「単純な殲滅戦は手間取りますし、作戦終了後に見ていた人類の認識を操作するのも一苦労です。それに前回の作戦である程度池袋の人口は減らせましたしね。よって必要な施設のみを占拠します……。とはいえ今回は、まだ池袋の重要な地点がどこなのか特定しきれてないのでその調査が目的です。なので余計に気をつけること」
「なんかめんどくさそうだなぁ~」
「マシーナリーとも子、今回は風来坊のあなたがどれだけ私達の作戦に適応できるかどうかのテストも兼ねています。もっと気を引き締めなさい」
「言うてこんな移動中に気ぃ張っててもしゃーないだろ」
そう言うとマシーナリーとも子は調整豆乳をすすった。続いてガサゴソと手元のビニール袋からカツサンドの包みを取り出す。
「ちょっと……マシーナリーとも子……! 電車内での飲食はネットリテラシーが低いわよ」
「ンだよぉ~。別にいいだろ。ごはん食べそこねちゃったんだよ。それによぉ~」
「なによ」
「ネットリテラシーってんなら電車のなかでギャーギャーモーター音立ててるお前のほうが低かないか?」
「えっ」
一同のあいだに沈黙が流れる。そのあいだも車内では電車のガタゴト音が聞こえないほどの勢いでネットリテラシーたか子のチェーンソーの音が轟いていた。
たか子は首を巡らせる。一同の周りからは人が引いており、彼らは遠巻きにこちらを見ている。だがその表情はサイボーグという非日常に対する恐怖ではなく、物騒なものを持って大きな音を立てている者への迷惑そうなしかめっ面だった。
「グッ……!! ククッ……!」
「プッ……」
たか子は唸りながら紅潮し、さなえは吹き出した。たか子が図星を突かれて恥をかくなんて珍しい。このマシーナリーとも子とかいうサイボーグ、素性はよくわからないが案外おもしろい奴かもしれない……。
「ま、ますみさん……。ご許可を……この車内の人類を殺すご許可を……」
「ダメですよ、たか子。今回はなるべく目立たないようにと言ったでしょう?」
「どうなのかね~? 私達目立ってないのかな?」
とも子が他人事のようにつぶやきながらゲップをする。食事は終わったようだ。いっぽう、たか子のチェーンソー音の不快感は倍増していた。たか子から生じる恥、悔しみ、人類への殺意などが合わさり、チェーンソーのモーター音をよりゴキャゴキャした不協和音へと変えていたのだ。
「フーッ フーッ」
「おいたか子ォ~~、さすがに私らにもうるせーぞ」
「じ、自分を抑えられないのよ……! あんたに指摘されたことも、それを恥ずかしいと思っていることも、人類から見下されていることも……! すべてが合わさり合って……! フーッ!」
「ん~~~~……」
とも子はビニール服をガサゴソやると、また紙パックを取り出した。そしてストローを挿すと、無造作にたか子のマフラーの中へと突き刺したのである。
「ングッッッ!!!!」
「やるよ。これでも飲んでろ」
「ンンンン??? ……ンン~~~…………」
たか子の舌に液体が広がる。
甘い。味蕾に染み込むような甘さと芳醇な香りにたか子は目をパチクリとさせた。パックをファンネルに保持させ、とも子に手放させながらたか子は聞く。
「これは……?」
「うめーだろ。バニラアイス味の豆乳だ。最近ハマっててデザートに飲もうと思ったんだけどな……やるよ。全部飲め」
「バニラアイス味……。そうですか、覚えました」
さなえは目を大きくして一部始終を見ていた。とも子が豆乳をたか子に飲ませたその瞬間、チェーンソーが一瞬止まり、ついで穏やかにコトコトと音を立て始めたのだ。そこに不快な不協和音は無かった。
(これは……)
たか子が手綱を握られている……?
こんな姿は一度も見たことがなかった。いちばん彼女と付き合いが長いであろう自分でさえも。これもアバタール同士という特殊な事情からなのだろうか。それとも……。
マシーナリーとも子、何者……?
「次は、池袋、池袋──」
さなえの至高を遮るかのように車内アナウンスが鳴る。仕事だ。サイボーグたちは立ち上がった。
***
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