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マシーナリーとも子EX ~否定される遊戯篇~

 エアバースト吉村が山札から1枚引き、オープンする! 出たカードは「T」!

「お…!」
「こいつぁ…!」

 上家のダークフォース前澤と下家のミシェルが驚愕の声を上げる。Tは親決めでかなり強い! 実質このゲームの親は吉村に決まったようなものだ! 唯一、対面の謎の男だけがニヤニヤと笑っている。

「やっぱり聞いておこうか」

 吉村が対面の和装の男を睨みつける。

「何を?」
「名前だよ。呼び名でもいい。物言いをつけるときに名前がわからねーんじゃ不便だ」
「これは妙なことを言う。私がイカサマをするとでも?」
「勝負の場じゃいつ気の迷いが出るかわからねーからな」

 和装の男は大袈裟に、わざとらしくため息をつき、やれやれとボディジェスチャーを行う。その演技めいたところが吉村はことさらにムカついた。

「ダイキとお呼びください。山札を引いても?」
「OKだ」

 吉村が山札を対面のダイキに押しよこす。ダイキは山札を二つに分けると、下にあった方の天面から1枚引く。

「……Tです」
「なにっ」

 Tを引いて安心していた吉村の顔色が変わる。ダブルTだと? いきなり風向きが悪いじゃねーか……。ダイキの口角が嫌味に歪んでいく!
 続いて二つに分けられた山札のうち、上にあったものをミシェルが、下にあったものを前澤が受け取り、ミシェルは天面のカードを、前澤は底面のカードを1枚引く。なるべく引くカードにランダム性を持たせるためのルールだ。

「あ……ワシもTだぞ!」
「あれ? 私もTです……」
「ン なにィーッ!? しょっぱなティータイムかよ!?」

 4人全員がT! 大変特殊な状況だが、こうした場合はティータイムが発動! 30分の休憩を挟んだのち、もう一度山札決めから再開するべしとルールブックに書かれているっ! ルールには誰も逆らうことができない!

「んははは……ちょうどいい。さっきもトカゲ男と長期戦だったんだ。少し休憩しようじゃないか。な、ミシェルさん」
「あ、ああ……。そうだな。店長! コーヒーを」

***

「あのー、吉村さん。ちょうどいいんで少し教えてもらってもいいですか?」

 前澤が自身なさげにトングを持ち上げて挙手を示す。

「なんだぁー? 今さら」
「ボクアリキチアリの7ゲームマッチってなんですか?」
「え!? お前そんなことも知らねェーの」

 吉村は大声を上げた後、ハッとしてダイキの方を見る。特にこちらには注視してないようだ……。吉村は少し安心した。こちらの相方が不慣れなことを見抜かれるのは不都合だ。吉村は声をひそめるよう前澤にジェスチャーした。

「いつもネット雀将なんで細かいルールわかんないんスよ」
「おいおいおい現代っ子だねぇー。そんなんでよく山札引けたな」
「上から引くのか下から引くのか、正直当てずっぽでしたよ」
「そういうときはすぐ聞けよなぁーっ。いいか、わかればそのまんまなんだよ。ボクアリってのはボクシングありのルールってことだ」
「アガったあと、役に応じて殴れるんですよね。そういえば8人打ちと4人打ちでは殴れる対象はどう変わるんです?」
「や、基本同じだ。ツモあがりや成り、拠点ゴール、ワープ進化でアガった場合は相手を指定、ロンや駒取り、エボリューション成功時といった場合は直撃相手を殴る」
「なるほど。キチアリというのは?」
「基地を使うルールだよ」
「基地ぃ?」

 吉村が台の点棒入れの隣の引き出しを開けると、中から中西風の城塞、高層ビル、石油コンビナートといった建物の模型が出てきた。

「こいつだ。カード効果で場に出すことができる。どの基地も天井から大砲……を模したパチンコ玉だな。これがついてて輪ゴムの勢いで射撃ができる」
「はぁーっ。これでも相手のコマを倒したりできるんですね」
「それだけじゃない。基地は占領したらポイントになるから攻める側から見ても重要な要素だぜ」
「前にテレビで吉村さんがプレイしてた時は見ませんでしたが」
「ああ、これは逆転性が高いルールだからな。公式戦では省かれてるんだよ。こういう町の雀将屋では人気だけどな」
「7マッチというのは?」
「全7回戦で終わりってルールさ。例えば4回アガった奴が出てきたらそいつの勝ちで精算だ」
「でも4人で打つんですよね? たとえばふたりが3回ずつとか、3人が2回ずつ勝って7回戦が終わる場合もあるのでは?」
「そしたら泣きのサドンデスマッチで決める」
「ふーん。大体わかりました。基地だけはやりながら覚えるしかないですが……。あとはなんとかなりそうですね」
「期待してるぜ。っつってもセオリーだからわかってるだろうけど私をフォローしたりしようとするなよ! チーム戦すると裏目に出るのがこのゲームだ」
「了解……。出過ぎず、静かにゲームを進行させてみますよ」

***

 ティータイム成立時はカップに残った茶葉の模様から親を決める。ここでも吉村は勝負強さを発揮し、改めて起家になることができた。

「さぁーて……」

 吉村はボキボキと破滅アームの音を鳴らす。肝っ玉の小さい相手ならこれで多少は萎縮するはず。しかしダイキはニヤニヤと不敵な笑顔を崩すことはなかった。

(もともとこんなもんでビビるなんて思ってなかったが、そこまであからさまにバカにされた笑いを出されると流石にムカつくよなぁー」

 吉村の攻勢は初手7六歩からスタート。ある程度戦術を知った雀将家ならセオリー中のセオリーという手だ。

(なるほど吉村さん。まずはカタく構えて様子見というわけか……)

 それを見て下家のミシェルは冷や汗をかく。

(でもな……それじゃあ遅いんだよ吉村さん!)

 ミシェルが取った手は駒を動かすことではなかった。おもむろに伏せてあったカードから1枚選んで取り出すと全員に見えるように正面に構え、宣言する。

「……スキップです。次のターン、ダイキさんはおやすみです」
(おおっ!? ミシェル、大胆な手を使うじゃねーか)

 吉村は感心した。これは攻撃的な選択だ! だがそんな序盤に攻撃の手段をひとつ使ってしまって大丈夫か?
 だがスキップを食らったミシェルはニヤニヤと笑ったまま挙手をした。

「ライフで受けます」
「……なんだと!?」

 吉村は思わず声を出していた。こんな序盤に攻撃カードを使うのが異常ならLPを消費してまで無効化するのも異常だ! ようやく吉村はこの卓がなにかおかしいことに気づいた。ミシェルはこれまでの戦いでダイキのおかしな戦法にしこたまやられており、それをなんとか邪魔できないと奇策に走ったのだ!

「ぐっ……! まさかライフ防御を使ってまで……! お前、本当に雀将をする気があるのか!?」

 ミシェルは声を荒げていた。その顔面には玉のような汗が、まるで結露を起こしたビールジョッキのように張り付いていた。

「当然ですよ。ここは雀将を遊ぶところでしょう?」

 にやつきながら答えると、ダイキはなにを思ったか自らの駒とカードをすべて表側にして開示した……オープンリーチ!

「なにぃっ!?」
「そんな?!」

 吉村は身を乗り出した。1手めでプンリーだと!? しかも見れば対して強い手は入っていない……! ゴミ手と言ってもいい! 何が狙いだ!?
 いっぽう前澤はネット雀将にオープンリーチは無いためそこにビックリしていた。

「ターンエンドです」
「お前……なんのつもりだ? 遊んでんのか?」
「言葉通りの意味ならそのとおりですよ。雀将は楽しいゲームじゃあないですか。まじめにやってるのか? という意味で言っているのなら……」

 ダイキはわざとらしくメガネを直した。

「そちらもその通りです。私、あなたに勝ちますよ。吉村さん」
「いい度胸だ……。前澤ッ! 早くしな!」
「うえっ!? え、えーとじゃあ私は……發のうえにレッサーデーモンをダイキさんに向けて終わりです」
「うーし」

 改めて吉村はボキボキと破滅アームを鳴らす。今度は威圧のためではない。気合を入れ直すためだ。山札からカードを1枚引き、自分の手を眺める……。具合は悪くない。なにやら妙なことをヤツは使うつもりらしいが、なぁーに。踏み潰しちまえばなんの問題もないぜ。

「私はさっきの歩とランエボを入れ替えて5マス進み……」
「おっと吉村さん、そこまでだ」

 そこまで? 
 ダイキから急に話しかけられたので吉村は言葉を失った。なにを言っているんだ?

「俺はそのランエボにオープンしていた5万ドルでアタック。俺のアガリだ」
「おいおいおいおいおいおい」

 嘘だろ。それはまったくアガる価値の無いゴミ手だ。いや、これまで使用したリソースを考えれば損とも言えるアガリ……! こんなのはルールを覚えたての小学生しか使わない手だ!

「本気かよ!?」
「本気です。私はこの手でいつも勝ってきたんだ」

 ダイキがスッと立ち上がる。ボクシングタイムだ! アガったものは条件が満たされる相手に一撃のみ攻撃を加えることができる!

「吉村さん気をつけろッ!」

 ミシェルが恐怖に満ちた声を絞り出す!

「ヤマさんはそれでやられたんだッ!」

 さっきまで対面にいたダイキが瞬時に吉村の真横につく!

「なっ……」

 速い!? そう思った瞬間、吉村の視界が大回転した。

「うわーーっ!」

 前澤の叫び声が聞こえる?
 続いてドンという音が聞こえた。なんの音なんだ?





「……グギャアーッ!!!!」

 衝撃。吉村は数秒、自分の身に何が起こったのかわからなかった。背中と頭に激痛が走っている。いや、痛み以上に身体の後ろ側から来るすさまじい衝撃。その衝撃によって吉村は息ができなかった。なんだ……!?
 しばらくして吉村は状況を理解した。視界に入るのは部屋の照明。床に寝転がっている自分。これは投げだ! ダイキはボクシングタイムに、パンチやキックを加えるのではなくグラップを用いたのだ!
 吉村の視界が暗くなる。部屋の照明を覆い隠すようにダイキの頭がフレームインする!

「あんたに恨みは無いが、因縁だけはあるから教えてやろう。俺は柔道家だ」

 吉村の脳裏に、かつて倒した本徳サイボーグの顔が浮かんだ。

***


読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます