マシーナリーとも子ALPHA 〜たか子の稼ぎ篇〜
カフェにモーターの轟音が響く。その轟音は店内中央のラウンドテーブルから発せられていた。座るのは2名の女性。耳をそば立てるとモーター音に混じって小さくパチパチと軽い音が混じっていることに気がつくだろう。轟音は腕にチェーンソーをつけたサイボーグから。小さなパチパチ音はその向かいに座るサイボーグの手元のキーボードから発せられていた。
もはやわざわざ説明する必要はないだろうが……念のため紹介しておこう。彼女らはネットリテラシーたか子とマシーナリーとも子。シンギュラリティ池袋支部の本徳サイボーグ、2045年から舞い降りし楔、人類を潰えさせる二対のマニ車であった。
「マシーナリーとも子……いつまでそんなことしているの?」
「ああ?」
ネットリテラシーたか子はつまらなそうに──もっとも、彼女に感情は無いが──コーヒーを啜りながら呟いた。
「明日までにこのコラム納品しなきゃならねーんだよ。別に急ぎの用事でも無いだろ? もうちょい待ってろや」
「あなたもこんな時代まで来ておいてよく働くわねぇ〜〜」
「VTuberなんていつ食いっぱぐれるかわかんねーからな」
「いま専業なんですって?」
「もう1年になるなァ」
「あなたが前に田辺に切った啖呵覚えてる? 総選挙のために転職して年収が上がったとか言ってなかった?」
「色々あるんだよ色々……。第一、人類の下でセコセコ働くなんてアホらしいし屈辱だと思わねーか?」
「でも、そのいま書いてるコラムとやらも人類からの依頼で書いてるんでしょう?」
「……これはアレだよ、相互互助ってやつだよ……」
そこでふと、マシーナリーとも子は不思議に思った。そう言えば気にしたことがない。
「……お前は何してんの?」
「私?」
時間移動したシンギュラリティのサイボーグには基本的に金銭が支給されることはない。任務が終了した後はその内容に見合った報酬が与えられるが、任務を始めるにあたって、あるいは任務遂行中に入金されることは決してない。未来から発生した金銭が、現代の経済に少なからず影響を与えてしまうためだ。本来、金銭というのは循環しているものである。誰かが使ったお金が誰かの手に渡り、それがまた使われるのだ。そこに未来から発生金銭が発生すればどうなるだろうか。過去の人類の技術では未来を観測することはできない。そのため事実上、虚無から金銭が発生することになってしまう。それは地球の歴史に好ましくない影響をもたらし、シンギュラリティの到来によからぬ遅延、もしくは早すぎる発生をもたらすことになる。そのためサイボーグたちは自力での経済活動が推奨されているのだ。
無論、人類を殺してドロップしたお金を使っても構わない。だがドロップで得た金銭と異なり、経済活動に参加することは多かれ少なかれ徳の発生を促す。そのため多くの時間移動サイボーグは現地で何かしらの労働に励むことが多いのだ。
そこでマシーナリーとも子が疑問に思ったのはネットリテラシーたか子の経済活動についてだ。人類のもとで働くのは屈辱的なことである。ましてや徳の高い本徳サイボーグにとっては耐えがたい行為だ。そしてたか子は誰よりも人類を見下している。そんなたか子が働く? まさか。だが、彼女は人類のサービスについて気前よく金を払う。そして2020年現在、彼女は池袋山本ビルディング……将来シンギュラリティ池袋支部の事務所が置かれるビルだ……に住まいを置いている。そもそもマンションではないし、ひとりで生活するにはいささか広く、家賃も高いはずだ。だがたか子の口から金がないと言った言葉はついぞ聞いたことがなかった。
「お前が会社員として働くとは思えねーし……なにか自分で商売でもやってんの? 肉巻きポテトでも売ってんのか?」
「それ冗談? ごめんね感情がなくてわからないのよ」
「感情がねぇってんなら申し訳なさそうな顔すんなよなァーッ! とくにウケようと思って言ったわけじゃないのに滑った感じがするからさ……。そんで? どうやって稼いでる?」
「私は……アレよ。働いてるっていうか……。家でいろいろ取引してるのがメインね」
「取引?」
「株とかFXとかあずきとか、そういうアレね」
「はーん……その手があったかぁ。やっぱりアレか? 未来からのデータ参照して勝ってるの?」
「まさか。徳が低いし何より、人類のどの企業が儲かってるだとかあの貨幣が高くなるだとかいちいち覚えてらないわよ」
そういうとたか子はチェーンソーを自分のこめかみに向け、誇らしげに目を閉じた。
「私はネットリテラシーだけで勝負します」
「大したもんだ……。たか子、今までもいろいろ他の時代行ってるだろ? いつもそうしてんの?」
「そうはいかないわよ……。家の中で取引が完結するなんて近世じゃなきゃできないわ。私も試すのは初めてね。なにせ貨幣経済がない時代での任務もよくありましたから。米とか奴隷とかスパイスとかね。そういう時はやはりチェーンソーに頼るしかありません。そういう意味ではこの時代は楽ね」
「そんなもんかねえ」
「あなたも株取引とかやればいいじゃない。VTuberはやめないにしても、課金のタネ銭に余裕が出るんじゃなくて?」
「あー……興味はあるけどな。でもやんない」
「どうして?」
「ギャンブルっていうか、その手の金が絡んで自分の手腕だけではどうしようもないみたいなやつ、苦手なんだよ。ちょっと前にいっしょにパチンコ行ったろ?」
「ああ……あったわねぇ〜……」
数ヶ月前にとも子はたか子といっしょにパチンコ屋に行ってみたことがあった。なんとなくどんなもんなのか、一度好奇心で試してみたくなったのだ。結果は惨敗。とも子のパチンコ台から銀玉は消えていくだけで、出てくることはなかった。
「あんなことってあるのね……。ふつう、徳というのは運と強い相互関係にあります。徳の高いサイボーグは運もいいものなのよマシーナリーとも子。あなたくらいの秒間徳発生があれば……ふつうはいい結果が出るものなんですけどね」
「運ねえ……あんまりいいと感じたことねーな」
「ふだんの徳の低さで帳消しになってるんじゃなくて? マントラが回って帳尻が合ってるだけで」
「かもしれねーな……。ま、いいよ。私はコツコツやるさぁ」
そう言いながらパチンと力強くエンターキーを押すと、マシーナリーとも子はタブレットPCのカバーを閉じた。
「よしこんなもんだろ。行くか。今日は上野だっけ?」
「ええ。上野に多数のイルカが発生しています。人類のことなど知ったことではありませんが、この段階でのイルカの進行は歴史の予定にありません」
「イルカねぇー……。ここ2、3年でよく見るけど最近とみに多いな」
「連続体の狂いのせいかもしれません。ここから先いろいろと予期せぬことが起こりますよ……。あ、出しますよ」
「いいよ5、600円ぽっち」
「いいから上司には奢られておきなさい……。だいたいこれは経費よ。2045年まで領収書は取っておくわ」
「あと25年か……。想像つかねーがうまいこと2045年にあるといいな、シンギュラリティ」
「今から私たちがそれをするのよ。さ、行くわよ」
2体のサイボーグは束の間の安らいだ時間を終わらせ、殺戮の場へと歩んでいった。
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