マシーナリーとも子EX 〜寅の力の悩み篇〜
元旦……池袋……N.A.I.L.本部!
「これがブリのオゾーニでスかぁ……。あ! ウマい! 私は鶏よりだんぜん好きでスねこれ」
雑煮に舌鼓を打つ左腕にワニをくっつけた女性……バイオサイボーグ、ワニツバメ! ブリを箸を器用に使って切り分けると、そのかけらを腕のワニ……セベクに分け与える。セベクもむしゃむしゃとブリを咀嚼し、ガウガウと身を捩った。
「そりゃよかった。今年は博多風ってのを試してみたんですが……。うーん味が重厚ですねえ」
台所からタタと小走りにコタツにつくと、ズッとつゆを飲みながら答える、腕にビームライフルを取り付けたサイボーグ……アークドライブ田辺! トンカツ屋を経営する彼女はこの家の食事係でもある!
(私はすまし汁しか飲んだことがないのですがいつか味噌入りというのも食べてみたいですねえ。地方によってはあんこ入りの餅を使うところもあるんだとか)
テレパシーで会話に加わるのは地上最強の超能力者にしてN.A.I.L.の首魁、トルーさんだ! 元日、いつも通りN.A.I.L.最高幹部陣はおせちにお雑煮に酒を嗜み、正月を満喫していた。とはいえ実際のところトルーはロシアの、ワニツバメはイギリスの出身である。田辺に至っては日本出身ではあるもののサイボーグだ。なぜそんな彼女らが日本の様式に従って元旦を過ごしているのか? それは彼女らの、N.A.I.L.の、「郷に入っては郷に従うこと」というモットーが強く存在しているからに他ならない。そして郷に入らない異郷の民たちを人類のために排除するのが人類史上組織N.A.I.L.の活動目的なのだ!
(さて元旦といえばそろそろ来るはずですが……)
そのとき、ピンポンとチャイムが鳴る!
(鍵はいまサイコキネシスで開けました……。遠慮なく入ってきてくださいタイガー)
「おじゃまし……いえ! あけましておめでとうございます!」
入ってきたのは金髪丸メガネの女性……。150cm足らずと控えめな身長ながらそのシャツの襟からは発達した僧帽筋が見えていた。見れば冬だと言うのにノースリーブ……、いやもはやブラに近いトップスにパンツスタイル……。まるでジム用のトレーニングウェアのような格好をしている。だがそこから露出する腕、腹、脚はサイボーグも感心するほどに引き締まっており、彼女の日々の鍛錬の様子を伺わせた。
「エンハンサーのタイガーです! 持ち回りにより新年のご挨拶に参りました!」
タイガーは緊張した面持ちで勢いよく腰を90度に折る。
元旦! N.A.I.L.では最高幹部陣のもとにその年の干支どうぶつ人間がやってくるのが数年前からの慣例になっている。どうぶつ人間たちはそれぞれ自分の能力を活かしたかくし芸を披露し、トルーたちを楽しませるのだ。
(よく来てくれましたねえ。ではお年玉をあげましょうねえ)
「あっ……恐縮です! うえっ、こんなに……」
トルーがサイコキネシスで浮遊移動させたお年玉がタイガーの手の中に落ちてドスンと音を立てた。
(では芸を見せてもらいましょうかねえ)
「はい! タイガーやります! とりゃーっ!」
タイガーがふところから木の板を取り出す! その大きさはA4の紙を少し寸詰まりにしたくらいだろうか。タイガーは木の板を天上に当たるギリギリの高さまで投げる。
「オォ!?」
「いったい何が始まるんでしょう!?」
(楽しみですねえ!)
「ウオォォォーッ!! ドリャアー!!!!」
パカーン!
乾いた音を立てて木の板が真っ二つに割れた。虎の剛力を用いた必殺技、タイガーチョップだ!
「スゥーっ……」
タイガーはバッバッと拳を握り込んだ腕を胸の前で交差させ、すぐに腰の位置まで下ろし、残心する。両断された木の板がカランと乾いた音を部屋に響かせた。
周囲を沈黙が包み込む。
「………あれ? 終わりでスか?」
「えっ? はい! 終わりです! これが私のタイガー能力です!」
「…………」
(ふつうですね)
「えあっ!?」
トルーの素朴な感想がテレパシーとなってタイガーの頭に染み込んでいく! だがそれについては田辺、ツバメも疑問を挟み込む余地はなかった。
「あの、タイガーさん……失礼ながらほかになにか能力は……」
「えっ、あっ、はい! ちょっと見せ方に迷うんですが瞬発力があります! 息最高速出せるんですよ!」
(ふつうですねえ……)
「えあっ!?」
タイガーが二度悶える。ワニツバメはコタツから這い出すと床に落ちていた木の板を拾い上げ、ポイと投げた。さして落下してきた木の板に右手で正拳突きを喰らわせる!
「ドリャアーッ!」
バシコン! 激烈な破壊力を持つバリツストレートが炸裂! 木の板は粉微塵になり、田辺を咳き込ませた。
「……とまあ、この程度は私にもできまスからねえ……」
「ヒェーッ!」
タイガーはピピピと涙を飛ばし、膝をついた。
「あっ……! いや! ソの! 別にケチをつけたいわけじゃなくてでスねえ!」
「ごめんなさい! ごめんなさい!」
タイガーは額を床につけて平謝りをする。オロオロとするのはトルーたちのほうだ。
(い、いやいやいや別にですね! 無理しなくてもいいし謝ることもないんですよ! というかよく考えたら特殊な能力を持ってるエンハンサーの方が少ないわけで……)
「そうですねえ。私だって豚の怪力ですからねえ。むしろ一昨年来てくれたカソさんとかのほうがおかしいんですよ。なんで火? 伝承でしょ?」
(こういうのは想いの強さですから……。できると心から思い込めばできるものなんですよ。もちろんそうと心から思い込むには"根拠"が必要です。生態や伝承といった根拠がね。カソは火鼠の伝説を調べ尽くし、心から信じることで体内のネズミ細胞を活性化させ、あの能力を得たのですよ)
「あ……それだ!」
ツバメがパチンと指を鳴らす。タイガーは不思議そうな目でツバメを見上げた。視界には大きなワニしか映らなかったが。
***
「それだ……と言いますと?」
「タイガーさんの能力開眼に役立つような虎の伝承を探セばいいんですよ! それで新たな能力に目覚めることができれば私たちはおもしろい芸が見られるしタイガーさんは強くなれるしいいことづくめじゃあないでスかあ」
「なるほど……しかし伝承……と言うと?」
「だから言い伝えとか物語でスよ。虎の能力が存分に発揮される物語……」
「うーんうーん、何かあるかなぁ〜……」
「フィクションでもいいんでスよ?」
「うーん」
タイガーはしばらく空を見つめ考える。その様子をツバメは腕を組んで見つめていた。田辺は雑煮を頬張り、トルーはグビリと日本酒を呷った。
「あー……山月記とか?」
「それ役人が詩人になろうとしてなれなくて虎になっちゃう話でシょう!? 虎の能力とかじゃないから! なんかもっと他に無いんでスか!?」
「うーん……」
タイガーは顎に手を当てて周囲を見回す。他にと言われてもなぁ……。そのとき、部屋の片隅に飾ってある1枚の絵が目に入った。
「トルーさん、あの絵はなんでしょう?」
(あぁ……前に付き合いがあった高名なナントカとかいう画家の風景画でしてねえ…。私はこういうのに疎いんですが雰囲気が良くなるかなと思って飾ってあるんですが……。アレが何か?)
「へへへ」
タイガーは一転、歯を見せて笑った。
「私、思いついちゃいました!」
いうが早いかタイガーは風景画に向けてその瞬発力を持って頭突きをおこなった。
(ええーっ!?)
「なんでス!?」
額がぶち割れ絵がグジャグジャになるっ! 誰もがそう思った! だが意外にも衝突音はせず、絵もバラバラにはならなかった。唯一奇妙だったのは一同の目の前からタイガーが消えたことだ。
(こ……これは!?)
「タイガーさんが消えた……! どういうことですかこれは!」
「これが新しい"能力"!?」
狼狽えるN.A.I.L.最高幹部人をよそにタイガーの上機嫌な声が響き渡る!
「あははは……みなさん! ここですよ! 私はここ!」
「どこです!?」
声のするほうに田辺が振り返る! そこには!
「あっ……あぁーっ!!!」
そこにあるのは風景画! いや違う! 何かがおかしいっ! さっき見た風景画とは違う……そこにはタイガーが! つい先ほどまでこの部屋にいたはずのタイガーが描かれていたのだ!
「これはっ!?」
「ふふふ……」
ニュルンと風景画からタイガーがまろび出てくる!
「これが私の新しい能力……絵に入り込む能力です」
(10点!)
トルーはポスポスと袖を叩き合って拍手した。
***
「なるほど……つまり……ミスター・イッキュウというブディストのモンクが……」
「そう! そのお話の中で屏風の中から虎を出してくれと言うんてます! つまり……虎なら屏風に出入りができるのではないかと!」
「考えまシたねえ」
(拡大解釈がものすごい気もするんですが……まあさっきも言ったようにこういうのは思い込みですからねえ大事なのは…)
おおはしゃぎで新聞やCDジャケットに入り込むタイガーとそれを見て笑うツバメ。トルーはそれを見ながらグビリと酒を呷った。
(おや? そういえば田辺は……)
「すいませんちょっと外してましたぁーッ!」
バン! とリビングの扉を勢いよく開けて田辺が入室する。その腕にはB5のさほど厚くない本が山ほど抱えられている! よほど急いでいたのか田辺は肩で息をし、頰を赤らめていた。
(一体どうしたんですかそんなに焦って……)
「タタタタタイガーさん! この本に入ってみることはできますか!?」
「え? そりゃあできると思いますけど……なんですそれ?」
「あーっ! 田辺さんそれはもしかシて……!」
「マシーナリーとも子が作った同人誌ですっ!」
「うわぁーっ! 反則!!」
「え? え? なんですかそれ?」
「さあさタイガーさん! 細かいことは抜きにして試してみてくださいっ!」
「え? 怖い話とかじゃないですよね? 大丈夫ですか?」
「大丈夫ですから! むしろかわいいですから! さあ!」
(やれやれ……新年早々煩悩に満ちてますねえ……)
鼻息を荒くする田辺とツバメを眺めながら、トルーは笑って酒をまたグビリと飲んだ。
***
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます