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マシーナリーとも子EX 〜羊の店の同盟篇〜

 ジュウとグリルの上で串に刺された肉が音を立てる。その表面には真っ赤なスパイスがたっぷりとまぶされている。

「辛そうって思うか? でも見た目からは想像できないけど全然辛くないんだよなこれが。それ、もう食べごろだぞ」

 そう言ってターンテーブル水縁は串を手に取りフーフー息を吹きかけながら口に運んだ。釣られてゆずきもサブアームを伸ばす(彼女の本来の腕では嵩張りすぎてテーブルの上のものをぜんぶひっくり返してしまうのだ)。

「なるほど……。確かに美味しいね」
「別に羊串が好物ってわけじゃ無いんだがちょっとおもしろくて美味しいからね。外から誰か呼ぶときにゃあよく食べるんだ。……ああでもこういう店は池袋にもあるか」
「あるね。まあ入ったことはないけど。あと最近はファミレスにもあるよ」
「そうなのかい!」

 水縁はわざとらしく驚いたそぶりをしながらテキーラが並々と注がれたショットグラスをガッと呷った。

「ところでそろそろ本題に入ってもいいんじゃないか?」
「本題? 本題とはなんだい? 私は上野でメシでも食おうじゃないかと誘っただけだぜ」
「君がそんなフランクに遊びに誘うようなタマか! なにか相談しようってんだろうが」
「ドゥームズデイクロックよぉ、君はもっとロボの好意を素直に受け取るべきじゃあないかなあ。大人になればなるほど遊びたいから遊ぼうぜって誘ってくれる友達はいなくなっていくモンだよ」
「相手が君じゃあなけりゃ素直に受け取れるんだがねえ!」
「ま、一献」

 水縁はゆずきにそれ以上返事せずテキーラをグラスにドボドボと注ぐ。ホントにこいつは食えない…! ゆずきは眉をぎゅっと逆はの字に潜めながらショットグラスを呷った。

「まぁーったくそうだ。そのロボはなにを考えてるのかわからない。でもロボ同士でもそうなるんだな」

 突然側面から低く気怠げな声が飛び出してきたのでゆずきはびっくりして振り向いた。店内は薄暗く、隣の客のテーブルの様子も、グリルの反射くらいでしか伺えない。だがそのときは隣のテーブルのグリルすら見えなかった。闇。
 と、思っていると闇が蠢いた。視界いっぱいの何かがいる! ゆずきはその正体が掴めず少し冷や汗をかいた。闇がグッとかがみ込むような気配がするとグリルの反射でその輪郭が……屈み込ませてきた頭が見えた。

「熊!?」
「違うな」

 熊……のように見えた輪郭が否定する。その瞳の周りには大きな黒い模様があった。暗闇とグリルの朱で色彩は乱れ、ゆずきは一瞬困惑したがすぐにその正体を掴んだ。そしてそこから推察される次なる事実に驚愕した。
 噂には聞いたことがある。かつて亜人たちの蜂起を促し、圧倒的力で人類による支配から上野を解放したうえに外部のものからはほとんど目撃情報がない幻の男……。「最強の天然記念物」の名を欲しいままにする上亜商のボス……!

「あ、あなたが外部のものの前に姿を現すとは……」
「別に隠れてるつもりは無いんだがね。爀爀(フアフア)だ。よろしく頼む。

 パンダは会釈をしながら羊串を1本取った。

***

「この用心棒はどんな話でも引き伸ばしちまう。だから手短に俺から話そう」
「おやあ? 私は全然そんなつもりは無いんだけどなボス。私がいないところではふだんそんなことを言って回ってるのかい? 陰口ってのは本機がいないところでやるモンじゃ無いのかい?」
「お前がそのターンテーブルを着てなけりゃあこの爪で粉々にしてるところだ、水縁」

 爀爀が味方に送るとは思えない容赦なき殺意の眼光を水縁に送るのを見てゆずきは震え上がるような思いをした。この殺伐とした環境に水縁さ四六時中身を置いているのか……! いや、それともこのやり取りを見せることこそ彼らの目的? シンギュラリティへの、私に向けての牽制だろうか?

「……結論から言おう。アトランティスの件に関しては上野はシンギュラリティと積極的に協力し、情報を共有することを約束する」
「それは……ありがたいことです。しかし……」

 ゆずきはペースを取り戻そうとテキーラを呷った。

「……意外と言えば意外です。こういうことにあなた達が協力体制を取るイメージが私にはありませんでした。なんというか……なんでも自分たちでやってみせ、その姿を周りに見せつけるのが上野のスタイルなのかと」
「そういうときも無いわけじゃあない。だがこう見えて俺は商売人なんだ」

 爀爀はグリルから一本串を取って頬張る。それを見てゆずきは笹を食わないのか、とどうでもいいことを考えた。水縁は手早くタブレットから新しい串を注文した。

「踏ん張る割が合わねえと思った時はなるべく手っ取り早く終わってくれる手段を取るさ。なにせ海は広い」
「なるほど。確かに海は広い。奴らの規模がどのようなものかもわからない」
「御徒町を見たか」
「いえ……上野で降りましたから」
「あそこにはデカい魚屋があったんだ」

 爀爀は腕を組んで唸る。

「都内のプロが集う、いい店だった。さすがに寿司屋とかは直接市場に行くけどな。イタ飯屋とかそういうちょっとだけ使う店がよ」
「はぁ」
「だが市場が止まり……3日前ついに営業を停止した」
「…………」

 そういえば土屋から報告を受けていた。豊洲はイルカに占拠されていたと。

「奴らは……何が目的なんでしょう。いや、魚たちが魚屋が困ることをするというのはなんとなく理解できるんですが……。それがとりあえずの牽制としての行動なのか、大目的と直結してるのか。それがわからない」
「そうかい? 俺には結構すんなり理解できるがな。アンタたちロボにはピンと来ない感覚かね」
「と、言いますと……」
「例えばだな……」

 爀爀は焼き上がってグリルから上げられていた最後の羊串を手に取ると一口ですべての肉を頬張った。

「羊はこうして店で食える。でもパンダは食えねえ。どうしてだと思う?」
「……そもそもパンダを食うなんて聞いたことはありませんが……」

 ゆずきはパンダがこういう話を振ってきた意味を慎重に噛み砕きながら言葉を選んだ。

「パンダは、つまり熊だ。食うために狩猟をするのは危なくて割りに合わないから……とか」
「本当にそう思うか?」
「……いや」

 ゆずきは口にしながら自分がおかしなことを口にしていることに気づいた。だって熊は狩られるし、食用肉が流通しているのだ。

「熊は食べられる……からこれは成り立ちませんね。困ったな。わかりません。なぜパンダを食べないんだろう。やはり珍しいからかな」
「それもある」

 爀爀は新しく店員から供された羊串をグリルに並べながら言った。

「だがいちばんの理由はもっと単純だ」
「その理由とは?」
「誰も食おうとせんかったからさ」

 ゆずきはあっけに取られた。そんなことが理由と言えるのか?

「変だと思うか? だがそんなもんだ。だが魚は……獣も人も宇宙人ですらも誰でも食べる」
「あ……」

 確かにそうだ。牛や豚に比べて魚の食べられようと言ったらどうだろう。

「そしてヤツらはいま、その風潮を変えようとしているのさ」
「それがアトランティスの狙い……?」
「食う食わないだけじゃ無い。あいつら海から出られないことで陸にナメられてると思ってるのさ。そうした認識を変えたいと考えているんだ」
「……そしてそれを唆しているのは……」
「イルカだよな」

 ニヤニヤ笑いながら水縁が口を挟む。爀爀は結論を先取りされたので少しムッとしたようだった。

「そうだ。よりによって海には奴らがいる。この地球上で三指に入る頭脳派がだ。奴らが魚どもを扇動し、武器を与え、兵士として使っている」
「しかし……そうなると次の謎が出てくる。イルカ自体の目的だ。なぜ彼らはそんなことを?」
「フム……正直それはわからん。捕虜が捕まえられりゃ良かったんだがな」
「自爆しちまったからねえ」

 水縁がケラケラと笑う。豊洲にいたイルカは尋問中に核爆発を起こし、証拠は残さず汚染を残した。その被害は甚大だ。

「地上に上がってきたイルカすべてが核爆発するというのならこれは大変な事態だ。それを防ぐ具体案を手に入れてからじゃあないと次の作戦には移れないかもしれないねえ」
「そういうのはアンタ達が得意だろう。サイボーグ」

 なるほど……とゆずきはようやく合点が行った気がした。ようするにカネがかかりそうな気配がしたから協力体制ということにして体よくシンギュラリティの技術のみを利用しようというわけか。

「ま、なんとかなるでしょう。あなた達の"協力"を得られればね」
「無論タダとは言わん。カネなら出す。必要ならな」
「結構。我々も情報なり人手なりを必要とすることがあるでしょう……。ぜひ手を組みたいものですね」
「だったらなるべく早く上からの許可を得て書類を送って欲しいね。デカいヤマになりそうだ。ダンドリはキチンと取ろうじゃないか」
「結構。返事は……来週になりますね」
「来週?」

 爀爀は高い声を上げた。ゆずきはもう驚くことはなかった。相手の腹のうちがわかればいくらコワモテだろうと気を揉む必要はない。

「そんなにシンギュラリティの手続きは時間がかかるのかサイボーグ? 今日は木曜日だぞ。ロボットの判断力で手続きすれば明日……いや、今にだって手配が始められるはずだ」
「そうですね。特別な場合を除けば」
「特別な場合とはなんだ?」
「私は今日、有給だったんですよ」

 ゆずきは席から立った。これ以上貴重な時間を使いたくなかった。

「だが……あなた方の尻拭いと商談のおかげで見てください。もう19時だ。これではまるで仕事と変わりがない……。いや! 普段より忙しかった気すらしますね。だから私は明日、改めて有給を取らせてもらいます」
「ムムーッ!」

 爀爀は唸る。経営者は労働者の権利を行使されると弱い!

「今日はこのあたりで失礼させていただきますよ爀爀氏。もちろん今日のことは上に報告させていただきます。色良い返事をご期待ください。水縁もごちそうさまだったね」
「あれぇー!? 私オゴるなんて言ってないぜドゥームズデイクロック!」
「こういうのは呼びつけたほうが払ってくれるもんだろ。それにそこに君のボスもいるんだから」
「私、出向してるだけでシンギュラリティなんですけどぉ〜」
「都合のいいときだけそうだな君は! サイボーグじゃなくてコウモリとしてやっていけるんじゃないか。じゃあ今日はこれで。次はプライベートで誘えよ」

 ゆずきは大きな腕をガシャンガシャンと鳴らしながら店を出た。
 爀爀はグリルに並んでいた串を5本いっぺんに取ると一口で肉を頬張った。

「あ……私まだ食べてないのに……。そんだけ食べるってことは会計はよろしくお願いできるんですよねぇ、ボス」
「俺は仕事をする部下はちゃんと評価する男のつもりだ水縁。シンギュラリティひとりその気にさせるのに手間をかけたな」
「いやあ苦労したよ本の虫! あんなデカい蜘蛛を滞りなく彼女の元に誘導するのはね。しかもこんな時に限ってドゥームズデイクロックは池袋界隈じゃなくて自然公園なんかにいるもんだから」
「取引にあたって手綱を握るコツはな……。主導権は持っている、と相手に思い込ませることだ」
「ごもっとも。ところでもう帰ってもいいかな? 上司と二人きりで食事なんて緊張するからねえ。1秒でも早く店から出たいんだけど」
「理解できる。会計は済ませておくからもう帰れ。仕事は来週からだ」

水縁を見送ると改めて爀爀はどっかりとソファに座り、テキーラの瓶を持ち上げて一息に飲み干す。グリルの火に反射してパンダの目の黒の中で、その瞳がツヤツヤと反射を受けて妖しく光っていた。

***





読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます