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マシーナリーとも子EX ~大艦巨砲主義のロボ篇~

 パワーボンバー土屋が帰ってきてから3日後の朝……。

「ふぅ〜っ……」

 今日も1日が始まるなぁ〜と考えながらダークフォース前澤が池袋山本ビルディングの自動ドアを抜ける。すると眼前に異様な光景が広がっている。いつもはこのドアを抜ければまっすぐ前にエレベーターが見えるはず……。だがその日は、何かが目の前を遮っていて全くエレベーターが見えなかったのだ。何だこれは? 巨大な、塊がエレベーターの前に鎮座している。それは金属でできているようで……まるで戦車のような威容を放っている。前澤はしばらくそれが何なのかを理解するのに努めたが、やがて塊だけでなく筒がこちらに向かって伸びていることに気づいた。金属の塊の端っこからは3本の筒……その先端にはコルクのようなものが詰まっている……が、こちらに伸びて根本から回転している……。いや、よく見れば「塊」そのものが回転しているのだ。

「何だこりゃ?」

 そこまで確認してもなお、それが何なのかわからなかった前澤はとうとう声を上げた。すると「塊」はピクンと跳ね、今度は前澤に向かって水平方向に回転を始めた……。すると「塊」は少女が背負っているものだと気づいた。

「あ……!」

 サイボーグ! ようやく朝のモヤっとした頭が覚醒を始めた。ドレッドノートりんご……! 今日から池袋支部にやってくるという本徳サイボーグ! よく見れば謎の金属塊に見えていたそれは戦艦の砲塔! 砲塔の側面にびっしりとマントラが刻まれている! そしてその長大な砲身は、砲塔を回転させる際に地面とぶつからないよう折り畳まれて地面と水平になっているのだ。巨大な砲塔がグルングルンと回転する様子は見るからに迫力があり、前澤はツバを飲み込んだ。

「あ……あの、ドレッドノートりんごさん……ですね?」
「そう。あなた……池袋支部のロボ?」
「はい。ダークフォース前澤です。よろしくお願いします」
「よろしく……」

 前澤は握手を差し出し、りんごも応える。その手は特に機構のない、人類タイプの柔らかな手だった。ただしその手首には小型の単装砲が備え付けられ、その砲塔側面にもやはりマントラが刻まれ回転していた。
 前澤は改めてりんごのことを観察する。背丈は前澤より少しだけ大きい。吉村と同程度であろうか。黒い髪の毛は腰まで伸び、前髪は右側だけ伸ばし右目を隠している。小さな丸いレンズの眼鏡をかけ、その目は妖しく赤く輝いていた。トップスは黒い半袖のジャケットを身につけ、ボトムスにはラフな印象のサルエルパンツ。全体の印象としては物騒にすぎる武装はともかく、どこか大人しいような印象を前澤は覚えた。これが、都道府県を一つ消滅させたサイボーグ……?

「あの…」

 りんごがおずおずと口を開いた。

「なんです?」
「池袋支部、何階かわからない……」
「ああ、だったら私も乗るんで……。ほら、先に乗ってください」
「え……」

 りんごは困ったような顔を見せる。前澤は不思議に思った。何を困って位いるのか。エレベーターのドアはすでに開いている。前澤はりんごに先に乗ってもらい、その後自分でコンソールを操作すればいいと考えていた。なのにりんごが乗らない。

「さあさあ、遠慮なさらず」

 言いながら前澤は少し変なことを言っているなと思った。エレベーターに乗る程度で何が遠慮だ。

「じゃ、じゃあ……」

 りんごはおずおずとその場で回転し、後ろ歩きで背中側からエレベーターに乗り込む。すると、エレベーターの扉ギリギリに達したところでその歩みをやめてしまった。

「……? りんごさん、もうちょっと奥に詰めてくれませんか。私が乗れませんので……」
「む、無理……」
「なんで……ってあっ!!!!」

 できないんだ。
 りんごは背中側に砲身を折り畳んでいる。つまり後方に向かってグイーンと砲身が伸びている形になる。だからこれ以上は砲身が引っかかって後退できないのだ。

「そ、それどうにかならないんですか?」
「無理……」
「それ撃つ時はどうするんですか? お辞儀したり四つん這いになったりすうるんです?」
「いや……背中からアームが伸びて……砲塔を前に向けて……あっ」

 りんごははっとした顔をすると背中からウイーンと音を立てる、背中からアームが展開し、背負われていた砲塔を前に向け空中へと持ち上げた……。巨大な砲塔は水平にするとエレベーター内に収まるギリギリの大きさではあったが、前澤は何とかりんごと同乗することができた。前澤は頭上の砲塔を見上げ、まるで鉄でできた傘みたいだと考えながら4Fへのボタンを押した。

「あの……ありがとう……」
「……もしかして今までずっとアーム広げずにああしてたんですか?」
「なぜか思いつかなかったの……」

 大丈夫かこのロボ……と前澤は少し心配になった。

***

「ドレッドノートりんご……です。よろしくお願いします」

 パチパチパチパチ。池袋支部一同のやる気のない拍手が響き、りんごは恐縮した会釈を返した。

「しかし…でかい大砲だねえ」

 ドゥームズデイクロックゆずきが感心しながらりんごの背中を凝視する。

「ていうかそんなかさばるもんついてて引っかからないのかい? りんごさんよ」

 そう言うのはエアバースト吉村だ。りんごは慌てて吉村の方向に向き直した。その時、ガン! と方針に引っかかってゴミ箱が倒れた。

「あ…!」

 慌ててりんごが今度はゴミ箱の方向に向き直る! ガン! 吉村のそばにあった観葉植物が倒壊!

「あわわ」
「あー、あー大丈夫ですから」

 すかさずパワーボンバー土屋のロケットパンチが出勤し、こぼれたゴミや土を片付ける。

「あー……大変だろうって事はわかったよ」
「あ…! あ……! でも、こうすれば大丈夫……」

 りんごはエレベーター内でそうしたように背中のアームを伸ばし、砲塔を空中に逃した! おー、というゆずき、吉村、土屋をよそにりんごがムフーッと鼻息を鳴らしながら前澤は混乱した。

(まさか……本当にマジで今まで全く戦闘中以外アレやってなかったのか……)

 前澤はりんごのこれまでの日常生活に想いを馳せ、気が遠くなった。

***

「じゃ、じゃ、そういうわけでね。りんごくんにはこれからガンガンその大砲で敵を吹き飛ばしてもらってね」
「あ……それ、できない」
「N.A.I.L.とかいうクソどうぶつ人間もだね……何?」
「できないの、吹き飛ばすの」
「できない……? なんで?」
「偉いロボから止められてる……」

 りんごはアームを伸ばして背中の大砲、腕の単装砲の砲身をゆずきに見せる。その先端にはコルクのようなもので栓をされていた。先ほど前澤が見たのと同じものだ。

「危なすぎるから許可が出るまでは撃つなって……」
「……そーいうことか」

 前澤は三日前、ゆずきと吉村から聞いた話を思い出していた。
 ドレッドノートりんごは本徳昇格後、富山県へと赴任した。そこに住み着いていた宇宙植物と戦闘に入ったりんごは徳の詰まった榴弾砲を背中のキャノンから乱射。宇宙植物はもちろんのこと、富山県の人類、自生動物らももろとも吹き飛ばし、しまいには富山県の表面を7割クレーターと化してしまう圧倒的な破壊力を発揮。富山県では人類をはじめとしたあらゆる文明が途絶え、日本政府は同県を都道府県登録から削除した。2046年の日本に富山県はもはや存在していないのだ……。1体のサイボーグによって!
 想定を遥かに超えた破壊をもたらしたりんごに激しい遺憾の意を示したシンギュラリティ上層部は、その戦闘力を惜しみながらも彼女に無期間の謹慎・封印処分を下したのだった。

「なぜ封印されていた君がウチに出向になったのか不思議に思っていたけど……ずいぶんな扱いではあるねえ」

 ゆずきは大砲をしげしげと眺めながら眉を顰めた。

「で、でも砲塔回せるから徳は出るし……あと、私、喧嘩強いから……大丈夫、です」
「……まあサイボーグに飛び道具が必須ってことはねーけどさ」

 エアバースト吉村がフォローを挟む。

「しかしアンタ、それはそうだとしてもデッドウェイトがデカすぎやしないか?」
「わ、私力持ちだから大丈夫、です……」
「力持ちねえ……」

 池袋支部にふんわりとした不安が広がる。こいつ、大丈夫なのか?
 一方、前澤は不思議なりんごからの視線に戸惑っていた。今もりんごはゆずきや吉村と会話しつつも、時折ふんふんと鼻息を荒くしながら前澤の方に視線を向ける。その目は妙にキラキラと輝いていた。

(な、何なんだ……?)
「前澤前澤!」

 パワーボンバー土屋に肩を叩かれて前澤ははっとする。

「な、なんだ…?」
「どーしたのボーッとして! バウムクーヘン焦げてるよ!」
「うわ……ヤッベ!」

 焦げたバウムクーヘンを急いでパージする。たるんどるな……と前澤は自省した。

***



読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます