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マシーナリーとも子ALPHA 闇を照らす牙篇

 2018年、千葉。
「アウアウアウ〜〜」
「う〜ン……」
 ジャストディフェンス澤村は四肢をピンと伸ばしたまま、まどろみから目覚めた。一緒に住んでいる猫たちに起こされたのだ。
「ウアアァ、アーッ」
「なんだよ〜、まだ眠いよ。寝かせてくれよ〜」
 ジャストディフェンス澤村は猫に眠りを妨げられたからといって怒ったりはしない。これが人類相手だったら烈火のごとく怒り狂い、瞬時に彼らを炭化させてしまうことだろう。だが、猫相手にはそうしない。なぜか。それは澤村が猫を尊敬しているからだ。猫は人類に対してなにもしない。犬や馬のように、彼らの役に立ったりしない。だが猫は彼らを超える寵愛を人類から受けていた。それでいて人類に媚びることはせず、世話をされて当然だという考えを持ってふてぶてしく過ごしている。澤村はそんな猫の生き方をかっこいいと常に思っていた。将来は猫のようになりたいと考えていた。
「ンアーッ、アーッ」
「ンン……?  え、朝飯が欲しいって?」
 彼女はいま、100匹の猫と千葉にある邸宅で暮らしている。この家はもともと、とある怪しい人類の男が所持していたものだ。彼は猫を捕まえては吸収し、自分の力としていた。澤村はそんな千葉の猫たちの願いを聞き入れ、千葉にやってきて男と対決したのだ。男は最終的に猫を100匹取り込み、ライオン顔負けの力を手に入れていたが、所詮サイボーグの敵ではなかった。そうして解放された100匹の猫の面倒をみるために男の家を奪い、男は猫と自分の召使いとして使っていた。そう、本来なら猫の朝食は召使いにした男……ライオンの仕事のはずなのだ。なのに猫が澤村を起こしにくるのはおかしい。
「あのヤロ、どこ行ったんだ?」
 家のどこにもライオンはいなかった。澤村は仕方なく100匹の猫たちの朝食を用意する羽目になった。

***

 千葉市内のファミリーレストランに異様な集団が集まっていた。3人はいずれもサングラスをかけており、只者ではない気配……例えるならば、そう、まるで野獣のような威容を漂わせていた。
 ひとりは黒いTシャツを着た金髪の男。飲み物を口に運ぶときにチラリと見える歯は奇妙に鋭く、まるでピラニアのようだった。
 ひとりはクマのように大きく、筋肉質な男。カストロに伸ばしたヒゲとマタギのような服装で一際目立つ存在だった。
 彼らの向かいに座るのは赤と黒のツートンカラーにライダースジャケットを羽織った小柄な女性。見た目はチャラチャラしているが、どこか理知的だ。イルカのような知性を感じさせる立ち振る舞いであった。
「すまん、遅くなった」
 店員に導かれて彼らのもとに現れる男がいた。丸いサングラスに色鮮やかなヘッドスカーフ、ウェービーな長い髪のヒッピースタイル。だが顔に刻まれているシワは、彼が集団のなかでもっとも年齢が高いことを表していた。
「遅いぞ、ライオン。お前のために千葉までわざわざやってきたようなものなんだぞ」
「言っただろ。サイボーグに軟禁されてるんだよ」
 男は頭をかきながらイルカのような女性のとなりに座る。……そう、彼の名はライオン。1年前にジャストディフェンス澤村に撃退され、いまは彼女の召使いとして働いているはずの男だ。
 そして彼ら、異様な迫力の集団はN.A.I.L.……人類至上主義を掲げ、過激な思想のもと破壊工作を行う狂気の戦闘集団であった。

***

 ここのところ、ボスの様子がおかしい。最初に気づいたのはやはり知的なイルカだった。N.A.I.L.の首魁を務めるのは世界最強の超能力者にして、音を極度に嫌う不思議な性質を持つどうぶつ、トルーテンイルガーシカを吸収した女性。彼女はトルーさんと呼ばれていた。彼女はその卓越した能力と物腰柔らかな性格で軍団の尊敬を集めていた。
 N.A.I.L.の基本的な活動方針は地球人類がこの地球の支配者たるべしと世に知らしめること。読者の皆さんのなかには傲慢にも「それはわざわざ知らしめなくてもそうだろう」と思う方も多いことだろう。だがそれは違う。地球人類は常にあらゆる敵に脅かされ、その支配圏を揺らがされている。宇宙人、地底人、海底人、溶岩人、多次元人、怪獣、光化学スモッグ、そしてシンギュラリティのサイボーグ……。
 彼らN.A.I.L.はそうした外敵を打ち倒し、人類の支配体系を維持しつつ、ついでに最終的に自分たちが人類を管理運営しようと努力する組織である。そのために、自らの身体にどうぶつの力を宿し、すさまじいパワーを発揮するための技術を発明した。ピラニア、グリズリー、イルカ、猫……。トルーテンイルガーシカ。
 どうぶつの強大なパワーを身につけても、人類とはまったく比べ物にならない地力を持つデミヒューマンたちとの戦いには大いに苦戦を強いられた。そんなときに圧倒的な破壊力で彼らを勝利に導いてくれたのは、やはりトルーさんだった。サイコキネシスやマインドブラスト、サイオニックブラストなどの超能力、そしてトルーテンイルガーシカのミュート能力を駆使し、彼女は数多の侵略者を撃退してきた。人類の、N.A.I.L.の未来はトルーさんという絶対者のもとにこそあると考えていた。だが、近頃なにかおかしい。
 まず、侵略者に対する出撃の機会が極端に少なくなった。以前は2週間に一度は侵略者への拠点への先制攻撃、補給路を断つなどの兵糧攻め、アリの巣に水銀を流すといった攻撃的活動に伴う出撃があった。が、ここ半年以上はなにもない。
 ではその間組織はなにをしていたか……ひとつはトルーテンイルガーシカの捕獲・収集である。これは当然、トルーさんの能力増強のための施策であった。幹部たちの中にはこれ以上のミュート能力の強化は不要ではないかとの声もあったが、それでも彼らは尊敬するボスのために粛々と任務を遂行した。
 それに並行して行われた一大プロジェクトが旧神のパワー抽出である。N.A.I.L.は2016年にかつてエジプト神話に伝えられていた豚の頭を持つ獣人、セト神を捕獲していた。古くは神と崇められていたほどのその力をモノにすれば、人類至上の世界を作るのは容易いと目されていたが、強大すぎるパワーに耐えられる人間を確保できず、彼を持て余していた。そんなときにN.A.I.L.にやってきたのがアークドライブ田辺だった。トルーさんが舵をとって編入された彼女はシンギュラリティのサイボーグであった。なんらかの理由で機能を停止した彼女を奪取し、蘇生措置を施し、トルーさんの説得によって仲間に引き入れることに成功したのだ。サイボーグの強靭なボディを持ってすれば、セト神のパワーを御することもできるはずだと。
 かくして計画は実行に移された。セト神の凄まじいパワーは抽出するだけでも大変なエネルギーと時間を必要とし、取り出すのにまず2ヶ月。その後田辺にパワーを定着させるのに1ヶ月を要した。その甲斐あってただでさえサイボーグならではの強大な火力を放っていたアークドライブ田辺は、さらに悪魔的なパワーを手に入れN.A.I.L.の戦力は大幅に増強された。すべての侵略者をすり潰し、地球をその手に掴む日も近いと思われていた。だが……やはりトルーさんからは侵略者に対する出撃命令は下りなかったのである。

***

「やはりトルーさんの様子がおかしくなったのはアークドライブ田辺がN.A.I.L.に参加してからだと思う」
 ピラニアはライオンがひと息つくのを待ってから口を開いた。その場にいる全員が頷く、無言で腕を組む、ジュースを啜るなどして肯定を示した。ピラニアは続けた。
「客観的に見て、田辺はいいヤツだと思う。我々のことを人間だからとことさらに見下している様子もない。ヤツ個人ではなにかを隠している様子もない。素直な女だ。だが……」
「隠し事をしてるのはトルーさんのほうよね」
 イルカが続ける。
「なにか、地上を人類の手に納めるよりも大事な用事があるってカンジ」
「俺の家がサイボーグに奪われたっていうのに助けにきてくれないしな」
 ライオンがわざとらしくため息をついた。
「つまり……今日の集まりはそれだろ? ピラニア」
「うむ……。トルーさんは依然、行動を移そうとしない。ならば我々は……」
 グリズリーが立ち上がりながら伝票を抜き取る。
「ちょっと待て! もう行くのか?」
 ライオンが慌てる。急いで抜け出してきたのでまだ朝ごはんを食べてないのだ。
「善は急げだ。支払いはしといてやる」
「コーヒーしか飲めてないっつーの……!」
「ねえ、やっぱりこれって領収書切れないの?」
「トルーさんに秘密の出撃だからな。難しいだろう。では……」

***

 ZOOOOOOOOOOOOOOOOM! ジャストディフェンスハウスが揺れる!
「なんだァ!?」
「オアアァーーッ!!」
「グギャーッ!!」
100匹の猫も驚く! 
 ZOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!! さらに震動! これはただごとではない! その震動は……澤村と猫たちが食事を取っている、リビングの壁からだ!
 ZOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOM!!!!!!!!!! 3回目の震動とともに壁が壊れる! そこに朝日とともに現れたのは……4人のサングラスの集団……N.A.I.L.の面々だ!
「なんだテメエらーッ!!!」
 ジャストディフェンス澤村が右肩のニ連装ミサイルを斉射! ピラニアの顔面目掛けて襲いかかる! このままでは頭が吹き飛んで惨たらしい死体が生まれてしまうぞ! だが……。
 ガキン! 鋭い金属音が響き、爆発は怒らなかった。ピラニアの口からポロリとひしゃげたミサイルが床に落ち、キンキンと音を響かせた……。その超人的なアゴの力と牙で、ミサイルを噛み砕いて無効化したのだ! 恐るべきピラニアの能力! 澤村があっけにとられているとグリズリーが猛ダッシュでタックル!
「ンギャーッ!」
 たまらず澤村が吹っ飛び、反対側の壁にズンとクレーターを作る! ピラニアはめり込むサイボーグを確認すると右腕をあげ、指示を出した。
「行け。イルカ、ライオン……。目標は地下だ。このサイボーグは……俺たちが相手をする!」
 残忍にピラニアの牙が輝く! 果たして澤村の運命は!?

***

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マシーナリーとも子
読んだ人は気が向いたら「100円くらいの価値はあったな」「この1000円で昼飯でも食いな」てきにおひねりをくれるとよろこびます