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マシーナリーとも子EX 〜遅刻と大家とキチン質篇〜
「まずっ!」
マシーナリーとも子が思わずこぼしたのでネットリテラシーたか子は慌てた。
「おい! あんまりハッキリモノを言うな! ネットリテラシーが低いわよ」
「でもよぉ〜、いくら安ホテルの朝食ビュッフェだからってこいつぁひどすぎるぜ。パンはふにゃふにゃだしウインナーもくたびれてる。タマゴの火の通り過ぎたことといったら! 納豆ご飯にすれば良かったね。あれなら既製品だ」
たか子は自分のカレーをひと匙口にして目を細めた。
「……まあ、確かにおいしくないわ。普段ならここのシェフを殺してるところね」
「だろ?」
ルチャドーラますみ率いる池袋侵攻部隊は池袋のビジネスホテルで一夜を明かした。パワースポットである池袋山本ビルディングを見つけ出した一行だが、今回の任務はあくまで穏便気味に済ませたい。そのためビル内の人類を皆殺しにすることなく、まずはビルの大家に話を通し、ある程度合法的にこの地を取得しようというのである。もちろん彼女らに許された予算は限られている。格安で譲ってもらえないのならば殺すまでだ。
アポは本日昼。集合は朝の10時だった。
「なあ、ここの朝飯で腹一杯にするのは私のお腹に申し訳ねーや。外で食おうぜ」
「そんなこと言ったって……いま9時よ。チェックアウトの手間も考えると集合時間までまだギリギリだわ」
「約束は正午だろー? なのに10時集合ってのがそもそも早すぎるんだよ。ちょっとくらい遅れても大丈夫だよ」
「遅刻前提で動くなっ! 徳が低い!」
***
「……で、見事に遅れたと」
「はい、申し訳ございませんますみさん……」
山本ビルディング前でたか子は気まずさに脂汗を噴き出しながら頭を下げた。マシーナリーとも子に引っ張られてドーナツ屋に入った彼女はついフレンチクルーラーを食べすぎてしまい時間に注意を払うのを忘れた。結果、ふたりして30分の遅刻となったのだ。
「あなたが遅刻するなんて珍しいわねぇ〜マシーナリーとも子に引っ張られてるんじゃないの」
ケラケラとカシナートさなえがたか子をからかう。
「そ、そうなのよ。この子がね、あと一つあと一つ食べたいってなかなか離れなくて……」
「あっ! オイたか子ここぞとばかりに私のせいにしてんじゃねぇーよぉ。お前だって時間気にせずうまいうまいって食ってたじゃん!」
「えーいうるさいっ! そもそもあなたがホテルの朝食で満足してればこんなことにはならなかったのにーッ」
「なにぃ〜〜」
「シャラップ!」
ドスンと地面を踏みつけ一同を黙らせたますみはそれぞれの目を睨みつける。たか子は気まずそうに受け止めたが、とも子は視線に気がつくことなく空を眺めていた。
「……恐らく時間通りに集まれないことは予想してました。だから多めにマージンを取っておいたのです」
「でも2時間は取りすぎだろォ〜」
「遅刻したヤツが口を挟むなぁっ! ともかく! これから1時間半待機。約束の時間を待ちます」
「じゃあ空いた時間で昼メシ行こう昼メシ」
「いま食ったばかりでしょうっっ!!」
たか子は横目でとも子を見つめる。いい度胸したヤツだなあ……。呆れるしかなかったが、それを同じように見つめているさなえはどこか愉快そうだった。
***
「で……このビルを買い取りたいと」
「その通りです」
正午になり、一同は事務所へと足を踏み入れた。中はどこか西洋風……それもローマとかギリシャとかそんな感じの……装飾が施されており、入り口からよく見える位置には大きな筆で書かれた「海底」の文字が額縁に収まっていた。
「話が少し違いますな……電話連絡を受けた段階ではテナントを借りたいとの話でしたが」
「ビルを売ってくれと言ってもまともに取り合ってもらえるとは思いませんでしたので……ホホ」
ルチャドーラますみが微笑んだ。一方、相手をしている社長は不機嫌そうである。その社長もなかなか異様な雰囲気を纏っている。体躯は軽く2メートルを超えている。だがそれ以上に威圧感を与えてくるのはその幅の大きさだ。どう見ても幅3メートルは超えている。首も太い。どこから首で、どこから肩なのかがよくわからない。それほど幅広なのだ。目の前に座っていると、視界に身体が収まり切らない。そして黒づくめのスーツに身を包み、昼の室内だと言うのにサングラスをかけていた。
隣に座るカシナートさなえはお茶を飲みながら傍目で部屋を見渡す。ますみとさなえが座るソファの後ろにはマシーナリーとも子とネットリテラシーたか子が立つ。向かいには社長。そしてその応接スペースを半円状に取り囲んで(応接スペースは窓際だった)社員が立っている。ビルを買いたいとますみが口にした途端、音もなく現れたのだ。彼らも黒づくめのスーツにサングラス。どこか不気味な雰囲気を持っている。そして誰もが右手に槍を持っていた。
(覚悟はしてはいたけど、これは穏便にすみそうにないわね)
さなえが背後のたか子にチラリと視線を送ると、彼女も同意を示すかのように頷いた。とも子はあくびをしていた。
「念のため、お聞きしても良いですかな。ご予算はいくらをお考えです?」
「1000万」
ますみはわざと脚を組みながら返答した。これは明確な挑発だ! ビジネスマナー違反だし池袋のビル1棟を1000万円で買うなど無謀だ! 社長のサングラスにピシとヒビが入ったのをさなえは見た。
「……ルチャドーラますみさんと言いましたね。あなたもご存知かもしれませんが……いまこの池袋をはじめとして日本の都心内にだいぶ人類以外の住民が増えてるんですよ」
「そのようですね。治安も悪化しているとか。嘆かわしいことです」
「下の階の中華料理屋。オーナーは風中人です」
「風中人?」
「いわゆるシルフっちゅうやつですな。風がないところでは生きていけない代わりに風の中を、こう、スゥーと動けるんです。彼の求める空調を入れるのには苦労しました」
「ほう」
「先月までは上の階にサョペドュ星人が住んでいました。金融関係の会社だったってことなんですがまあそれも一種のカモフラージュでね。実際は色々、ソンブレロの方面からくる奴らの家やら仕事やらあっせんしてやってたそうなんですよ。ただやり口が汚かったらしくてね。入居して3ヶ月と経たないうちにしょっ引かれていきました。迷惑な話です」
「おやまあ」
社長はいつのまにか喫んでいたタバコを揉み消した。
「ますみさん、アンタも人間じゃあないね」
社長の不機嫌そうな目線を、ますみはニコニコと受け止めた。さなえはその隣でじんわりと汗をかいていた。
「それはお互い様じゃないですか? 事務所に入った時から気づいてましたよ。こんな磯臭い匂いを漂わせて……人間のふりができてると思ったんですか?」
「……野郎ども! ぶち壊せ!」
社長のスーツがバリと破け飛び、中からキチン質が飛び出した。
***
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