マシーナリーとも子EX ~発つ土屋篇~
「わひゃ!」
エレベーターの中で後ろからツンツンとガンランチャーをつつかれダークフォース前澤は声をあげた。上野から来た客ロボ……ターンテーブル水縁がニヤニヤしながらランチャーをいじっていたのだ。
「だいぶ馴染んできたみたいだねえダークフォース。買った時ほど重く感じないだろ?」
「は、はあまあ確かに…。最近は空中でも撃てるようになってきました」
「慣れてきたらスタビライザーは切り詰めてみてもいい。ただし少しずつにしなよ。後戻りできない加工だからね」
「ちょっと怖いスね……。ところで今日は何用で?」
「すこしシンギュラリティのみんなと相談したいことがあってね。ま、落ち着いてからにしようや」
エレベーターを降り、支部のドアを開ける。すると前澤はメイン照明が消されていることに気づいた。はて?
「あれ……みんな出かけちゃったみたいですね」
「えぇ〜。タイミング悪いなあ」
「まあ、そこに応接スペースあるんで座って待っててくださいよ。いまお茶入れてきますから」
「お! だったらダークフォース」
水煙が武装マントの下から紙袋を差し出してきた。
「来る時上野で買ってきた馴染みの店の茶だ。こいつで頼むよ」
「はぁ……緑茶ですか? これ」
「中国緑茶だ」
「なにが違うんスか」
「日本の茶は蒸すが中国じゃ炒るんだ。少ぉーし砂糖を入れるとウマいぜ」
「はぁ……じゃ、なんか適当に淹れてきますわ。茶菓子は……あー、バウムクーヘンでいいか」
前澤が給湯室へと姿を消すと同時に事務所の出入り口が開き、サイボーグたちが現れた。池袋支部のメンバー、即ちドゥームズデイクロックゆずき、エアバースト吉村、パワーボンバー土屋だ。
「あれー? 水縁さんじゃん」
「ゲッ!」
「何!?」
思わぬ知り合いを認めて顔を綻ばす土屋。対して吉村は青ざめ、ゆずきは口を歪ませた。
「ようちょうど帰ってきたな。お見限りだねモレキュラーシールド」
「その名前で呼ぶな水緑! 何しに来たんだい」
珍しく上司が怒りの感情を出したので土屋はおややと思った。どうやらこの2機は知己の仲らしい。
「みんなと相談したいことがあってねえ。別に高田馬場でも良かったんだが、あっちは再編成直後だしこっちは知り合いだらけだからね。エアバーストもずいぶん顔を出さないじゃないか? ナリタが寂しがってたぜ?」
「アイツから金を回収できてないのは惜しいけどさ、アタシが上野に近付いてないのはアンタが怖いからだぜ水縁」
「おやあ? 嫌われたもんだ。私はあんたのこと嫌いじゃないぜ。上野でもぶいぶい言わせる勝負強さがあったじゃないか」
「そのカモが集まる店ごとアンタに蜂の巣にされるとこだったんだっつーの」
吉村もずいぶん因縁があるらしい。土屋は揃って嫌そうな顔をしているゆずきと吉村を見て、少し寂しいような気持ちを覚えた。2機とも水縁に悪態をつけるほどの仲なのだ。自分にはそういう相手が前澤くらいしかいないなあと唐突に思ったのだった。
「ね、ね、水縁さん水縁さん! 前澤には会ったの?」
「だから勝手に入れさせてもらってるのさ。元気にしてるかパワーボンバー?」
「元気元気。N.A.I.L.のどうぶつ人間いっぱい殺してるしー」
「ほう。今月の成績は?」
「5人!」
「そりゃ大したもんだ。お前さんすぐ大物になれるよ。休職が長がったらしいが気にするなよ」
水縁はマントから手を伸ばし土屋の肩をポンポン叩いた。土屋はそのことがとても誇らしくなり胸を張った。
「あれ…皆さんお帰りですか? お茶まだいるなこりゃ」
遅れてお盆を持った前澤が現れ、ここに池袋支部のメンバーが全員揃った。
「ああ前澤くん! あんみつ買ってきたから食べな。水緑の分は無いよ。まったく、来るのならひとつ連絡くらい入れたらどうだい」
「仕方ないだろ、さっき思いついてすぐに来たんだ」
「それで……何の用だい?」
「なーに単なる近況報告さ」
***
池袋支部の応接スペースは簡素なものだ。入り口すぐの受付から数歩行ったところに簡単なパーテーションがあり、その中にテーブル、それを囲むようにソファがふたつ置かれているだけ。機密性が高い情報を扱ったり、人数が大所帯になる際は会議室を用いる。
今回は扉側のソファに水縁とゆずき、反対側のソファに吉村、前澤、土屋という配置になった。水緑は引き続きとくに中身のない話を繰り出しながらちびちびお茶を啜っていたが、やがて飲み干すと前屈みになり、ようやく本題を切り出し始めた。
「ところで最近上野もなにかと物騒でね」
「物騒ぉ? 上野の名物みたいなもんだろ」
頻繁に行き来する吉村が話の腰を折る。水緑は気にせず続けた。
「池袋もなにか変わったことがないかと思ってさ」
「変わったことって……あったばかりだよ。バイオサイボーグの話は上亜商にだって届いているだろう」
ゆずきは呆れて水縁にジト目を送る。水緑はニカッと歯を見せた笑顔を返した。
「もちろん。ああなるほど、確かに大いに物騒だな。だがありゃああくまで単発の事件だろう? その後何かほかの……なんつーかな、まとまった動きは何か無いかなあ?」
「まとまった動きといえば……」
顎に手を当てながら前澤が応える。
「最近N.A.I.L.の襲撃が増えています。これはワニツバメが攻めてきたこととモロに関連があると思いますが…。おそらくあちらの狙いはここのタイムマシンかな、と」
「N.A.I.L.ぅ?」
それまで常にうっすらした笑顔を浮かべていた水煙が眉をひそめ口角を歪めた。どうやら意図していた答えではなかったらしいと土屋は感じた。
「そうか、そっちねえ……そっちもまあ……」
「水緑さんは結局なんの話がしたいの?」
土屋が身を乗り出す。水縁は反対に腰を深くソファに預け、武装マントの下で腕を組んだ。やがて空の湯呑みを前澤に差し出し、またニカッと笑った。
「ダークフォース、お茶のおかわりをもらえるかな」
「はいはい」
「おかわりが来たら話そう。これはまだ大いに憶測混じりの話でね。むしろ君たちに聞くことで話の確度を上げられればと思っていたんだがその点では期待はずれだったかな…」
代わりのお茶を啜りながら、水縁はぽつぽつと上野の現状について話し始めた。
***
「魚が…?」
「そう…何かが起きてる」
水縁は上野に魚の姿が増えていること、鮮魚店や寿司屋が数を減らしていること、豊洲にたどり着けないことなどを共有した。
「ゆずき、アトランティスについて聞いたことがあるかい?」
「アトランティス?」
ゆずきは急に話者自ら話を逸らしてきたような気がして高い声を出した。
「あの、伝説の大陸だろう? そのことについてはシンギュラリティでは結論が出てる。パンゲアやルルイエと違ってありゃ人類の作り話だよ」
「そっちじゃない……。やはりシンギュラリティではそういう認識か」
ふぅと水縁はため息をついた。
「あるいは本会議なら……いや、やめておくか」
「気になる口ぶりだな」
身を乗り出したのはエアバースト吉村だ。
「上野のほうじゃもっとわかってるってのかい」
「そうだな……上の方で止めてる可能性もあるし…そうなると私の立場上、上野で得た情報をあまりシンギュラリティに流しすぎるのもナンなんだよな」
水縁はしばらく渋い顔をして考え込む。
「水縁、君の仕事は…」
「わかってるわかってる。私が上亜商に出向してるのはあくまでシンギュラリティの利益のためだ。それは肝に銘じてるよ」
水縁はまたニカッと笑った。
「だが考えてもみてくれよ。私が上野で得た情報をいちいち流してたらあっちで信用ってもんを失うだろう? スパイみたいな振る舞いしてるやつを、上野の奴らはどんな目で見るかな?」
「それは…そうかもしれないが」
ゆずきも水縁を攻めあぐねる。果たして応接スペースは押すも引くもできず沈黙に包まれた。
10秒。20秒。
誰もが腕を組み、考え込む。そもそもこの集いはなんのために?
やがて沈黙に耐えかねた土屋はおずおずと挙手した。
「あのー、それで水縁さんは結局ここに来て…何がしたかったんですか?」
「いや、だから君たちから聞き込みをしたかったんだが空振りだった…。結局足で稼がなきゃならんかなと考えてたとこだよ……。あっそうだ」
水煙は武装マントの下でパンと手を叩いた。その音が存外大きく響いたのでゆずきはあからさまに不快な表情を浮かべた。
「私から上野で得た情報をスイスイ流すわけにはいかないが……。作戦上、行動を共にしたものが見聞したものは仕方がないよねえ?」
「…どういうことだい?」
「うむ。ドゥームズデイ、パワーボンバーを貸してくれないか?」
「「はあ???」」
ゆずきと土屋は同時に声をあげた。
「あのなあ水縁、さっきも行ったがいまここはN.A.I.L.に襲われているんだよ」
「なら代わりに上野から亜人をよこそうか?」
「外警備ならこないだ増やしたし内部には入れたくない。上野にタイムマシンの情報は与えたくないんだ」
「じゃあなんとかシンギュラリティでやりくりしておくれよ。これは組織としても有用な提案だぜ?」
「急にそう言われてもなあ…」
「私行きたい!」
土屋は立ち上がって叫んだ。
「水縁さんについて行ってみたいよ! ダメかなゆずきさん?」
「土屋くん…」
ゆずきは困った。こうも土屋が乗り気だとは。
友がやたら元気なのに当初は戸惑いを見せていた前澤は、やがて頷き、口を開いた。
「私からもお願いしますゆずきさん。土屋の穴は私が埋めますし…。それに水縁さんの言う通り、サイボーグを回してもらうべきです。たとえば強力な本徳の方とかを」
「前澤〜!」
土屋はパァッと顔を明るくさせる。
「お前さんがこういうときに聞かないのはよく知ってるし…。それにテンション高い時にポテンシャル出すタイプだからな、お前は」
「うんうん! さすがわかってるねぇ〜!」
「…前にも相談した通り、あまりサイボーグの頭数を増やしてはかえって敵に注目されます。そんななかで人数合わせという体裁で強力な戦力を組み込めれば結果的にこの場所の防衛能力も上がるのでは?」
「それはそうだけど……ハァ〜〜…」
ゆずきは参ったな、と思いながら水縁の方を見た。水縁はまたも歯を見せて笑うのだった。
「…一応聞こう、吉村くんはどう思う」
「私は…まあ前澤と同じ意見ッスかね」
「決まりだな」
水縁は満面の笑みを浮かべながらゆずきの肩をパンパン叩いた。
***